本記事は、アメリカ医師会の倫理学誌「AMA Journal of Ethics」に掲載された論文「Depression’s Problem With Men(2021)」の内容をもとに、男性のうつ病に関する社会的・医学的課題をわかりやすく解説する日本語記事です。
男性はうつ病と診断されにくい一方で、自殺による死亡率は女性の3〜4倍にも上ります。
なぜ男性のうつは見逃されやすいのか?その背景には、社会的な「男らしさ」や診断基準の偏り、支援の届きにくさがあります。
Swetlitz, N. (2021). Depression’s Problem With Men. AMA Journal of Ethics, 23(7), E586–E589.
PubMed
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第1章:なぜ男性のうつは気づかれにくいのか?
(対応章:Abstract / Depressed and Alone)
🧠 男性のうつ病に関する“意外な事実”
うつ病と聞くと、「女性に多い病気」というイメージをお持ちの方も多いかもしれません。
実際、統計上はうつ病と診断される女性の数は、男性の約2倍とされています。
しかしながら、ここに大きな落とし穴があります。
自殺による死亡率は、男性のほうが女性よりも3〜4倍も高いのです(Swetlitz, 2021)。
この深刻なギャップは何を意味しているのでしょうか?
それは、男性のうつが「気づかれにくく、助けを求めにくい」構造の中にあるという現実です。
😶「自分はうつなんかじゃない」と思っていた
この論文の筆者は、米国の医学生であり、自身が大学時代に重度のうつ状態にあったことを率直に語っています。
彼はこう振り返っています。
「怒りが自分の中に渦巻いていた。でも、なぜ怒っているのかもわからなかった。教授の話す声が、頭の中の叫び声にかき消されて聞こえなかった。」
「ふと、交通量の多い道路にふらっと飛び出したら楽になれるかもしれない、と思ったこともあった。」
しかし、そんな状況でも彼は「自分はうつではない」「助けを求めなくても乗り越えられる」と信じ込んでいました。
このエピソードは、男性のうつがいかに“内に秘められてしまいやすい”かを象徴しています。
📊 見逃されやすい男性のうつ症状チェックリスト
多くの人がイメージする「うつ病の症状」は、以下のようなものかもしれません:
典型的なうつ症状 |
---|
憂うつな気分が続く |
意欲や興味の低下 |
食欲の変化 |
不眠または過眠 |
自分を責める気持ちや無力感 |
ところが、男性ではこのような“典型例”が当てはまらないことが少なくありません。
代わりに、次のような形であらわれることがあります。
✅ 見逃されやすい男性のうつのサイン:
- イライラしやすくなり、怒りっぽくなる
- 仕事に異常なほど没頭する(過剰な残業や休日出勤)
- アルコール・タバコ・ギャンブルなどへの依存が強まる
- 無気力・無関心・他者との断絶
- 「俺は大丈夫」「誰にも頼らない」という態度を貫く
こうした症状は、医療機関でも“うつ病”とはみなされにくいため、適切な支援が遅れやすいのです。
🙈 「男は泣くな」「我慢しろ」が心を閉ざす
男性がうつに気づきにくい理由には、社会的な価値観やジェンダー規範が深く関係しています。
👨💼 多くの男性が幼いころから浴びてきた言葉:
- 「男のくせに泣くな」
- 「弱音を吐くな」
- 「つらくても黙って耐えるのが男だ」
こうしたメッセージは、感情を表現する力や助けを求める力を“封じ込めてしまう”ことがあります。
結果として、苦しみを「怒り」「過労」「依存」という形に変換してしまい、本来の感情に気づけなくなるのです。
💡 本人も、まわりも“気づきにくい”病
男性のうつが気づかれにくいもう一つの理由は、「自分自身でも気づきにくい」という点にあります。
うつ病は「気分が沈む」だけではなく、“感情がまひして何も感じなくなる”という形であらわれることもあります。
そうすると、「つらい」と感じる感覚さえ鈍くなってしまい、「自分はただ疲れてるだけだ」と思い込んでしまうのです。
加えて、周囲の人も「元気そうに見える」「頑張ってるから大丈夫」と思いがち。
だからこそ、本人とまわりの両方が“気づけないまま時が過ぎてしまう”という悪循環に陥りやすくなります。
🌱「静かなSOS」に気づくために
うつ病は決して「心が弱い人の病気」ではありません。
ましてや、性別に関係なく誰にでも起こりうるものです。
しかし、男性の場合は
- 感情を抑えることを良しとされる文化
- 「うつっぽさ」が見えにくい症状の出方
- 助けを求めにくい社会的圧力
といった複合的な理由によって、本人すら苦しみに気づけないケースが少なくありません。
🕊️「頑張っている男性ほど、実はつらいのかもしれない」そんな視点をもつことが、支援への第一歩です。
次章では、なぜ男性のうつ症状は「女性とは異なる形」であらわれるのか、そしてそれが医療現場にどんな影響を及ぼしているのかを、さらに掘り下げていきましょう📘
第2章:男性のうつ症状は“典型的”ではない
(対応章:Masculinities)
🎭 男性のうつは「隠れた仮面」をかぶっている
「うつ病の症状」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはこんなイメージかもしれません。
- 涙もろくなる
- 気分が沈んで何も手につかない
- 食欲や睡眠に変化がある
こうした“典型的なうつ症状”は、医学的にも診断基準に含まれています。
しかし、男性のうつはこうした表れ方をしないことが多いのです。
📌実際、ある研究では「男性特有のうつ症状(過剰労働・怒り・物質乱用など)」を評価に加えると、男女のうつ発症率の差はほぼなくなったと報告されています(Martin et al., 2013)。
つまり、「うつは女性のほうが多い」という常識は、“男性の症状が見落とされている”ことの裏返しかもしれないのです。
📊 男女で異なる「うつの現れ方」
男性のうつは、いわば「外側に出るうつ(externalizing)」の傾向が強いとされています。
比較項目 | 女性に多い傾向(内向き) | 男性に多い傾向(外向き) |
---|---|---|
感情表現 | 涙、悲しみ、不安 | 怒り、苛立ち、無感情 |
行動 | 落ち込み、引きこもり | 暴力、無謀な行動、過剰な仕事依存 |
対処法 | 話す、助けを求める | 我慢する、酒やギャンブルに逃げる |
このような違いは、社会的な性役割の影響(ジェンダー社会化)によって強化されることが知られています。
🧒「男の子なんだから泣くな」で育った結果…
小さい頃、あなたや周囲の男性はこんな言葉をかけられたことはありませんか?
- 「男なんだから我慢しなさい」
- 「泣くな、情けない」
- 「強くあれ」
こうした“男らしさ”の理想像は、子どもの頃から無意識のうちに刷り込まれていきます。
このような性別に基づいた感情の扱い方の違いが、うつ症状の表れ方にも影響を与えると考えられています(Call & Shafer, 2018)。
📌その結果、男性のうつは「怒りっぽさ」や「自己破壊的な行動」として表に出ることがあり、それが本来の苦しみを覆い隠してしまうのです。
📉 「女性=うつになりやすい」は本当?
うつ病に関する多くの調査やガイドラインでは、「女性はうつになりやすい」とされています。
たとえば、ある医療機関のパンフレットでは、患者への説明として「女性であることがリスク因子」と明記されていました(Swetlitz, 2021)。
しかし、これは男性のうつが適切に拾われていない結果とも解釈できます。
さらに驚くべきことに、DSM(精神疾患の診断マニュアル)の基礎研究は、女性中心のサンプルで行われていたことも指摘されています(Hirshbein, 2006)。
つまり、うつ病の“ものさし”自体が、男性に合っていない可能性があるのです。
🧱 「男らしさ」が治療の障壁になることも
伝統的な「マスキュリニティ(男性性)」は、うつを“見えにくくする”だけではなく、治療や支援の妨げにもなりえます。
たとえば:
- 「助けを求めるのは恥」と思っている
- 「精神科なんて弱い人が行くところだ」と感じている
- 感情を言語化する力が乏しく、カウンセリングに不安を感じる
このような背景から、支援の場にアクセスしにくい男性が少なくないのです。
とはいえ、マスキュリニティは必ずしも悪者ではありません。
「自分の力でなんとかしよう」という意志や責任感が、回復の力になることもあります(Hoy, 2012)。
大切なのは、「男らしさ」に縛られすぎず、必要なときに助けを求める柔軟さを持つことです。
🔍 チェックリスト:こんな兆候、見逃していませんか?
以下のような変化がある場合、心の不調のサインかもしれません。
✅ 男性のうつ症状の見えにくいサイン:
- 最近、怒りっぽくなった/短気になった
- 仕事に異常なまでに没頭している
- 飲酒やギャンブルの頻度が増えた
- 家族や友人との会話を避けている
- 「弱音を吐いたら負けだ」と思い込んでいる
こうした兆候は、単なる性格や疲れの問題に見えるかもしれません。
でも、もしかすると心の奥にある“静かな苦しみ”の表れかもしれません。
🌱うつの“かたち”は人それぞれ
うつ病は「悲しみに沈んで涙を流す」ものだけではありません。
とくに男性の場合は、
- 怒りや攻撃性
- 社会的な孤立
- 自滅的な行動
といった一見「うつ」とは関係なさそうな行動に現れることがあります。
🧩「うつの定義」は、もっと広く、柔軟であるべきなのかもしれません。
次章では、こうした見落とされがちな男性のうつが「なぜ診断されにくいのか」、そしてその背景にある医学的・社会的な構造について深掘りしていきます🩺
第3章:診断基準が“男性”を排除してきた
(対応章:Gendering Men Out)
🧬「うつ=女性に多い」は本当に正しいのか?
「うつ病は女性に多い」といった表現を、医療機関のパンフレットやWebサイトなどで目にしたことはありませんか?
たとえば、ある医学誌には「あなたが女性であれば、うつ病のリスクが高くなります」という患者向けの説明が明記されていました(Swetlitz, 2021)。
これは一見、科学的な統計データに基づく“事実”のように思えるかもしれません。
ですが、私たちは一度立ち止まって考える必要があります。
📌 「女性に多い」という前提の背後に、“男性のうつが見落とされてきた”という問題が隠れているのではないか?
この章では、精神医学の歴史や診断基準の作られ方を手がかりに、「なぜ男性のうつが診断されにくいのか?」という構造的な課題をひも解いていきます。
📜 そもそも「うつ病の診断基準」はどう作られた?
精神疾患の診断に使われる国際的な基準に、DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)というものがあります。
現在はDSM-5-TRが使われていますが、この「うつ病(Major Depressive Disorder, MDD)」の定義が確立されたのは1980年のDSM-IIIからです。
しかし、その当時にうつ病研究の中心にいたのは、女性の被験者だったことが明らかになっています(Hirshbein, 2006)。
つまり、診断基準そのものが、女性に多く見られるうつの症状を前提に作られていた可能性が高いのです。
🧱「女性基準」の診断が生んだバイアス
「診断基準に当てはまらない=うつではない」とは限りません。
しかし現実には、多くの医療現場でDSMに沿った診断が行われており、それが男性のうつを“診断の外”に置いてきた事例があるのです。
たとえば:
診断基準に含まれる症状 | 男性に出やすいが除外されてきた行動 |
---|---|
抑うつ気分 | 怒り・無感情・攻撃性 |
自責感・無力感 | 自暴自棄・自己過信 |
社会的引きこもり | 過剰労働・依存症的行動 |
こうした症状のギャップは、医師側の認識にも影響します。
Swetlitz氏は、「男性はうつになりにくい」という思い込みが医療者にも広く共有されていると指摘しています。
結果として、「男性=うつとは縁が薄い」という認識が患者にも、医療従事者にも根づいてしまっているのです。
🧑⚕️ 医師にもある“無意識のバイアス”
筆者は、自身がうつに苦しんでいた大学時代、診察を受けることすらしませんでした。
その理由のひとつは、「男性はうつにならない」という思い込みだったと言います。
この思い込みは、本人だけではなく、医師の側にも無意識に存在していることがあります。
たとえば:
- 男性患者が「疲れていて仕事がうまくいかない」と訴えたとき、
→ うつではなくストレスや不眠と診断されるケースも - 男性のイライラや怒りを「性格」として片づけてしまう
- 「男性が受診するのは重症化してから」という前提で対応する
これらの傾向は、医療機関における「ジェンダー視点の欠如」と密接に関係しています。
🔍 「女性だからリスクが高い」は危ういメッセージ
「うつ病は女性のほうがなりやすい」という表現には、男性に対して次のような“無言のメッセージ”が含まれてしまうことがあります。
- 「あなた(男性)はうつ病じゃない」
- 「男性なら気の持ちようでどうにかなる」
- 「支援は女性のためのもの」
このような空気感が、男性が自身のうつを認めたり、支援を求めたりする障壁になっているのです。
✨ 診断と支援の視点をアップデートするために
私たちは、次のような新しい視点を持つ必要があります。
✅ 男性のうつを正しくとらえるためのヒント:
- 従来の診断基準にこだわりすぎず、個々の表現や行動に注目する
- 医療者自身が「男性はうつになりにくい」という偏見に気づく
- “感情”ではなく、“行動の変化”として現れるうつにも目を向ける
- 「女性=リスクが高い」という言説の見直しを社会全体で行う
特に、精神科やプライマリ・ケアの現場では、診断の多様性とジェンダーに配慮した対応が求められています。
🌱診断からこぼれ落ちる声を拾うために
診断の歴史や制度が「女性中心」に作られてきた結果、
男性のうつは長い間“見えないもの”として扱われてきました。
- 社会的な思い込み
- 医学的な枠組みの限界
- 医師と患者、双方の無意識のバイアス
こうした複数の要因が絡み合って、「診断されないうつ」という問題が今も続いているのです。
🕊️うつの“かたち”は人それぞれ。
「今の診断がすべて」ではなく、「こぼれ落ちているかもしれない声」に耳を傾ける視点が、今、求められています。
次章では、こうした「伝統的な男性像=マスキュリニティ」が、なぜ支援や治療を妨げてしまうのか。
その心理的背景と、変化の可能性について考えていきましょう🧩
第4章:伝統的マスキュリニティが支援の壁に
(対応章:Gendering Men Out ~ Recommendations)
💪「男らしさ」は本当に守るべきもの?
「強くあれ」「泣くな」「自分で何とかしろ」
このような“男らしさ”の価値観は、社会や家庭、学校、職場などあらゆる場所で男性に求められてきました。
この章では、そうした伝統的マスキュリニティ(男性性)が、うつの早期発見や治療をどのように妨げているのか。
そして、どんな変化が求められているのかを一緒に見ていきましょう。
😶「助けを求めること=弱さ」とされる文化
うつの最中に「誰かに相談しよう」と思っても、「弱く見られるのが嫌だ」と感じてしまう方は少なくありません。
特に、“男らしさ”に強くこだわる男性ほど、その傾向は顕著です。
Swetlitz氏も、自身が重いうつ状態にあった際、こう感じていたといいます:
「死にたいと思っていたけれど、誰にも助けを求めなかった。自分が思う“理想の男性像”を壊したくなかった。」
このように、「男は強くあるべきだ」というプレッシャーが、“支援を拒む壁”になっているのです。
📉 マスキュリニティと助けを求める行動の矛盾
多くの研究でも、伝統的な男性性がうつ病のリスクを高める一方で、助けを求める行動を抑制するという事実が示されています(Good & Wood, 1995;Addis & Hoffman, 2017)。
たとえば以下のような矛盾が見られます:
マスキュリニティの特徴 | 結果として起きやすい行動 | 影響 |
---|---|---|
自立・孤立志向 | 誰にも相談しない | 支援機会の喪失 |
感情の抑制 | 怒り・無表情になる | 本人も苦しみに気づかない |
コントロール欲求 | 弱音を許さない | ストレスの蓄積 |
これらの価値観は、必ずしも悪いわけではありません。
しかし、うつや不安など「助けが必要な状況」では、むしろ回復の妨げになることがあるのです。
🧠「本音」を話すには練習が必要
多くの男性は、感情を言葉にする練習の機会が極端に少ないまま大人になります。
カウンセリングの場面でも、
- 「何から話せばいいかわからない」
- 「感情を表現するのが怖い」
- 「泣いたら終わりだと思っている」
と語る男性クライアントは少なくありません。
これは、個人の性格の問題ではなく、社会全体が作ってきた“男らしさ”の文化の影響です。
カウンセリングにおいては、こうした文化的背景に配慮しながら、“安心して本音を話せる関係”を一緒に築いていくことが重要になります。
🌍 社会全体が変わるために必要な視点
論文では、パンデミックをきっかけにテレヘルスやオンライン支援の普及が進んだことが、
「男性が心理的ハードルを下げて支援にアクセスするチャンス」になりうると述べられています。
📌支援を広げるためのポイント:
- 対面では話しづらい人に向けたオンライン相談の強化
- 働く世代の男性が利用しやすい夜間・休日のメンタルケア窓口
- 「弱さを見せていい」ことを前提にした職場のメンタルヘルス教育
- 医療者・支援者の側がマスキュリニティに配慮した言葉かけを学ぶ
男性にとって「助けを求める」という行動は、それだけで大きなハードルです。
だからこそ、環境側が変わることが求められているのです。
✅ チェックリスト:あなたの「男らしさ」、支援の壁になっていませんか?
以下のような考えに心当たりがあれば、マスキュリニティが助けを遠ざけているかもしれません。
- 「弱音を吐くのはダメだ」と思ってしまう
- 人に頼ることは負けだと感じる
- 心療内科やカウンセリングに行くのは“特別な人”だと思っている
- 本当はつらいのに、「自分は大丈夫」と言い聞かせている
もし一つでも当てはまるなら、それはあなたが弱いからではなく、社会がそう育ててきた結果です。
🌱「男らしく」ではなく「あなたらしく」生きるために
マスキュリニティは、社会的に評価される場面も多く、時には自己肯定感の源にもなります。
しかし、その価値観が“苦しみを語る自由”を奪っているとしたら、それは見直す必要があるかもしれません。
💬「つらい時に助けを求めることは、決して弱さではありません。」
それはむしろ、自分自身の人生を守るための“勇気ある選択”です。
あなたが“男らしさ”に縛られることなく、
「自分らしさ」で支援や回復の道を選べる社会へ──
私たち支援者もその実現に向けて変わっていきたいと思います。
次章では、男性のうつ支援における新たなアプローチとして、
「診断基準の見直し」や「医療制度の工夫」について解説していきます📘
第5章:診断と支援をどう変えるべきか
(対応章:Recommendations)
🩺「見えないうつ」に届く医療と社会へ
これまでの章で見てきたように、男性のうつは、
- 気づかれにくく
- 表れ方が“典型的”ではなく
- 診断の枠からこぼれ落ち
- 支援を拒む文化的プレッシャーの中にある
という、いくつもの壁に阻まれてきました。
では、この「気づかれにくいうつ」を社会全体でどう支えればよいのでしょうか?
この章では、論文が提案する4つのアプローチを中心に、
未来の支援のあり方について考えていきます。
① 心理的支援をもっと「手の届くもの」にする
うつ症状を感じていても、医療機関やカウンセリングを利用しない人は少なくありません。
特に男性は、「費用」や「時間」に対するハードルを強く感じやすい傾向があります。
📌 対応のヒント:
- 保険適用のカウンセリングの整備
- 職場・学校での無料メンタルヘルス相談の拡充
- 一時的な利用から始められる「お試し相談」サービスの導入
🗣️ 「支援を受けるのは特別なことではない」と思える環境づくりが必要です。
② チームで支える「協働ケアモデル」の活用
論文では、Collaborative Care(協働ケア)の導入が重要だとされています。
これは、精神科医・内科医・心理士・看護師などが連携して心のケアを行うチーム医療の形です。
このモデルには以下のような利点があります:
メリット | 内容 |
---|---|
アクセスのしやすさ | かかりつけ医の診察で同時にメンタルチェックが可能 |
フォロー体制 | 看護師やカウンセラーが継続的にサポート |
費用対効果 | 一貫した治療ができるため、長期的コスト削減にもつながる |
男性に多い「医療機関に通うのが面倒」「精神科に行くのは抵抗がある」という心理的ハードルを、
身近な医療の場から下げていく仕組みです。
③「女性=うつのリスク」という思い込みを見直す
現在も多くの医療資料では「うつ病のリスク要因の一つは女性である」と明記されています。
これは統計的には事実かもしれませんが、性別による一括りは誤解を生みやすい表現でもあります。
📌この固定観念がもたらすリスク:
- 男性患者が「自分はうつじゃない」と思い込む
- 医師やカウンセラーが男性のうつに気づきにくくなる
- 女性患者も「典型例でなければ診断が遅れる」可能性がある
うつは「性別」ではなく、「人のこころの状態」に基づくべきです。
リスクの捉え方を、“ジェンダー”から“個人差”へとシフトする時期に来ています。
④ 診断基準を「多様な表れ方」に対応させる
現在のDSM(診断マニュアル)に基づくうつ病の定義は、
主に「抑うつ気分」「興味・関心の喪失」など、感情中心の症状に重きが置かれています。
しかし、男性のうつは
- 攻撃的な態度
- 無謀な行動(飲酒運転や危険行為)
- 極端な過労や依存行動
など、感情の代わりに“行動”で表現されるケースが少なくありません。
🔍 だからこそ必要な見直し:
- 「男性的うつ症状」を正式な診断項目に含める研究の推進
- ジェンダーを意識した問診票やスクリーニングツールの開発
- 医療者向けの教育・研修プログラムの刷新
診断の“ものさし”を多様化することは、支援の入り口を広げることにもつながります。
💡 小さな気づきが、支援の大きな第一歩になる
男性のうつは、「症状が違う」だけでなく、
「それを見つけにくい社会の仕組み」のなかに埋もれてきました。
しかし、社会が少しずつ変わっていくことで、
- 支援の選択肢が増え
- 自分の症状に気づきやすくなり
- 周囲の理解も深まる
といった変化が起こります。
そして何よりも、「助けを求めるのはかっこ悪いことではない」という認識が広がれば、
もっと多くの人が早期に支援を受けられるようになるでしょう。
🌱支援は“やさしさ”から始まる
男性のうつを取り巻く問題は、診断、文化、制度、教育などさまざまな側面から絡み合っています。
でも、そのすべてに共通するのは、
「誰もが、安心して声を上げられる環境づくりが必要だ」ということ。
うつに限らず、こころの問題は一人で抱え込まなくていいのです。
そのための支援体制が、もっと身近に、もっと多様に、広がっていく社会を私たちは目指すべきだと思います。