「波がある」とよく表現される双極性障害。

その言葉の裏には、毎日変わる気分や体調に向き合いながら、懸命に働こうとしている方々の姿があります。職場では、その変化がなかなか理解されず、誤解や孤立を招いてしまうことも。

でも、少しだけ“配慮の視点”を変えるだけで、仕事のしやすさも、チームとの関係性も大きく変わっていきます。

本記事では、双極性障害のある社員が安心して働ける環境をつくるために、業務設計や業務の渡し方の工夫、そして支援機関との連携まで、やさしく丁寧に解説していきます。

はじめに:双極性障害と職場での配慮の必要性

近年、精神疾患に関する職場での理解が少しずつ進んできた中で、「双極性障害」という言葉を耳にする機会も増えています。

一方で、実際にこの特性を持った社員をどうサポートすればよいか、具体的なイメージが湧かない方も多いのではないでしょうか。

単なる「気分の浮き沈み」では済まされないこの疾患に対して、適切な業務設計と配慮がなければ、本人だけでなくチーム全体に影響が及ぶ可能性があります。

まずは双極性障害の基本的な特徴を整理し、なぜ職場での対応が重要なのかを一緒に考えていきましょう。

双極性障害とは? ― 「気分の波」を伴う疾患

双極性障害(Bipolar Disorder)は、気分が極端に高揚する「躁状態(または軽躁状態)」と、深く落ち込む「うつ状態」とを繰り返す精神疾患です。

この病気の最も特徴的な点は、「調子が良すぎる」と感じられる時期がある一方で、その反動として深刻な抑うつ状態が訪れるという、周期的な波が存在することです。

日本うつ病学会によると、双極性障害の有病率は人口の約0.5〜1.0%とされており、決して珍しい疾患ではありません。

しかし、単なるうつ病と誤認されやすく、適切な理解と対応がなされないまま、職場での不適切な業務配置や評価につながることが少なくありません。

では、それぞれの状態を職場の視点から見てみましょう。

躁(そう)状態・軽躁状態の特徴と職場への影響

躁状態では、エネルギーに満ちあふれ、非常に活動的になります。

判断が早く、アイデアも次々に出てくるため、一見すると「頼りになる人」「仕事が早い人」と見えることもあります。

しかし、裏を返せばそれは衝動性や注意力の低下、他者との衝突リスクを含んでいます。

  • タスクを過剰に抱え込み、期限を守れない
  • 他者の意見を無視して独断で動く
  • 長時間働き続けて、後に体調を大きく崩す
  • 社内ルールを軽視した行動をとる

このように、「ハイパフォーマンスに見える時期」が、必ずしも良い状態とは限らないというのが、双極性障害の難しさです。

抑うつ状態の特徴と職場への影響

一方で、うつ状態に入ると、思考力・集中力・意欲が大きく低下し、以下のような状態になることがあります。

  • 作業効率が極端に落ちる
  • 朝起きられず、遅刻や欠勤が増える
  • 自責的になり、「自分は役に立たない」と思い込む
  • 周囲の配慮にも「申し訳なさ」を感じて引きこもる

この状態では、「ただ我慢していれば回復する」という発想ではなく、仕事との適切な距離感を設計し直す必要があります。

復職後の再発リスクも高いため、特に業務設計の見直しが鍵となります。

なぜ業務設計が重要なのか?

双極性障害の社員が安定して働き続けるためには、特性に応じた業務設計が不可欠です。

以下に、その理由を3つに分けて解説します。

① 労働継続の支援

気分の波がある中でも、ある程度の「予測可能性」と「柔軟性」がある業務環境が整っていれば、長期的な勤務の継続が可能になります。

これは本人にとってはもちろん、企業にとっても戦力としての持続可能性を高めるという意味で、戦略的にも重要です。

② 自尊心の維持とチーム内での役割認識

双極性障害のある社員も、「貢献したい」という思いは強く持っています。

しかし、調子が悪いとその思いを実行に移すことが難しくなり、「申し訳なさ」や「自信の喪失」につながりやすくなります。

適切な業務設計は、その人の強みが活かせる状況をつくり、自尊感情の維持を支えることに繋がります。

また、周囲のメンバーにとっても、合理的な業務分担がされていれば、「特別扱い」ではなく「チームの一員としての役割」として理解されやすくなります。

③ 職場内トラブルの予防

好調時に過剰な業務を引き受けてしまい、後になって破綻するケースはよくあります。

また、躁状態では対人トラブルも起きやすく、同僚やクライアントとの信頼関係にヒビが入ることも。

こうしたリスクを予防的にコントロールするには、業務量と内容の可視化、モニタリングの設計が重要です。

まとめ
  • 双極性障害は、気分の波が特徴的な精神疾患であり、躁状態とうつ状態それぞれに職場への影響がある
  • 「調子がよさそうに見える時期」こそ、業務のブレーキ設計が求められる
  • 本人の安定就労とチーム全体の健全性を守るためにも、業務設計は重要なマネジメント課題
  • 適切な業務配慮は、本人の自己肯定感の回復と、周囲との相互信頼の醸成にもつながる

ここまでで、双極性障害の特性と職場での業務設計の重要性についてご紹介しました。

次章では、うつ病と双極性障害の違いを踏まえながら、それぞれに適した業務設計のアプローチについて詳しく解説していきます。

双極性障害のある人への適切な業務設計の考え方

双極性障害のある社員が安定して働き続けるためには、特性を理解したうえで、現実的かつ柔軟な業務設計を行う必要があります。

単なる「配慮」ではなく、「その人の持ち味を活かしつつ、波を前提とした合理的な設計」を行うことが、職場全体の生産性と心理的安全性の両立にもつながります。

この章では、実務的にすぐ取り入れられる設計の観点から、企業側ができる工夫を具体的にご紹介します。


マルチタスクを避け、シングルタスク中心の設計に

双極性障害のある方は、気分の波によって注意力や集中力の安定性が変動しやすいという特性があります。

特に軽躁状態やうつ状態では、「一度に複数のことを考える」ことが難しくなるため、マルチタスク型の業務設計は避けたほうがよいとされています。

配慮の方向性

  • タスクはできるだけ分解し、「一つずつ」完了できる形式にする
  • 「とりあえず全体像を掴んで、自分で調整してね」といった曖昧な業務依頼はNG
  • チェックリストや進捗ボードを使い、「終わった/まだ」を自分でも確認できる設計が効果的

具体的な支援例

Before(従来の設計)After(配慮した設計)
「週末までにこの資料まとめて」「水曜までにAパート、金曜までにBパートでOK」
「この3件、適宜連絡して」「今週はこの1件だけ対応し、他は来週以降」

「自分でタスクを管理する」ことそのものが負担になるケースもあるため、業務設計側が見通しを提示するスタンスが求められます。


調子の波に応じた「業務量の柔軟性」の確保

双極性障害の本質的な特徴のひとつは、気分や体調の変動が周期的、かつ予測しづらく現れることです。

調子が良い時期には意欲的に行動できる一方で、抑うつ状態ではエネルギーが極端に低下し、簡単な作業でも取り掛れなくなることがあります。

この「波」を無視して一律の業務量やスケジュールを課してしまうと、調子の悪い時期に過度なプレッシャーを与え、自己否定や離職リスクを高めてしまいます。

逆に、波を前提にした柔軟な設計を行うことで、調子の良い時期には力を発揮し、不調時には無理をせずに回復に集中できる環境が整います。

バッファ業務という考え方

調子が良いからといって、その時期に無制限にタスクを任せてしまうのは非常に危険です。

好調な時期には「もっとできる」と本人も思いがちですが、その反動で抑うつ状態が訪れたときに業務を抱えきれず、周囲との信頼関係を損なうことにもつながりかねません

そこで有効なのが、「バッファ業務(余力対応タスク)」の設計です。

バッファ業務の特徴と具体例

  • 納期に余裕があり、途中で止めても支障が出にくい業務
  • 調子が良い時に“貯金”として進めておけるもの
  • 不調期には手を付けなくても問題ない業務

例としては以下のようなものが挙げられます:

  • マニュアルやFAQの更新
  • 社内のテンプレート整備
  • 日報や業務振り返りの整理・分析
  • アイデア出しの下書き、参考資料の収集

これらのタスクは、好調時には前向きな気持ちで取り組みやすく、不調時には後回しにできる「調整弁」の役割を果たします。


優先順位の明示と、定期的な再調整

「業務をすべてこなすこと」が前提になってしまうと、体調の悪い時期に「できなかった自分」に対して強い罪悪感や無力感を抱いてしまうことがあります。

こうした事態を防ぐためには、タスクの優先順位を明確に伝えることが何より大切です。

上司やチームとしてできる実践的な配慮には、次のようなものがあります:

  • 業務依頼時に、「これは必須タスク」「これは余裕があればでOK」とランク分けを明示する
  • 口頭で伝えるだけでなく、チャットやタスクリストで書き残し、確認しやすい状態にしておく
  • 週1回程度の1on1や振り返りで、体調と業務の両面からタスクの再整理を行う

これにより、本人は「できること」に集中でき、「できなかったこと」に対して必要以上に自責的にならずに済みます。

“すべて完遂する前提”をやめ、“できる範囲で最大限を目指す”という安心設計が支援の肝となります。


午前・午後のパフォーマンス差を考慮したスケジューリング

精神疾患を持つ方の多くに見られるのが、「日内変動(日中のコンディションの揺らぎ)」です。

特に双極性障害では、午前中にエネルギーが上がらず、午後から少しずつ調子が整ってくるといった時間帯によるパフォーマンス差が明確に出るケースもあります。

実践的な業務配置の工夫

  • 午前中はルーティンワークや確認作業など、負荷の低い業務を配置
  • 午後に判断力や集中力を要する業務を持ってくる
  • 調子が上がるタイミングを踏まえて、会議や面談の時間帯を調整する

このようなタイムスケジュールの最適化は、“一日のどこで勝負するか”を見極めた業務設計とも言えます。


スライド勤務の導入と体調の可視化

場合によっては、「朝がつらい」という体調に合わせて、勤務時間そのものをスライド(例:10時〜18時勤務など)する柔軟な制度設計が有効です。

併せて、日報や簡易チェックシートに以下のような要素を組み込むと、本人もチームも状態を把握しやすくなります:

  • 「今日の体調スコア(1〜5)」
  • 「調子が良かった時間帯」
  • 「業務の中でやりやすかった/難しかったこと」

こうした記録は、個別最適な勤務モデルの設計に活用できるだけでなく、本人が自己理解を深める助けにもなります。


成果で評価するスタンスへ転換する

双極性障害のある社員に対しては、「毎日決まった時間に出社して、同じペースで働く」ことを前提にした評価軸はそぐわない場合があります。

たとえば、「午前中に来られなかった=やる気がない」と捉えられてしまうと、本人のモチベーションと信頼感の両方を損なう恐れがあります。

そのため、“働く時間”ではなく、“成果”をもとに評価する運用へのシフトが必要です。

  • 提出物の完成度
  • タスク完了までの所要時間
  • チームへの貢献度合い(報連相、支援など)

このような成果ベースの評価方法は、波のある働き方と折り合いをつけながらも、パフォーマンスを客観的に評価する仕組みとして非常に有効です。


うつ病とのケアの違い

双極性障害のある社員に対する業務設計を考えるうえで、しばしば比較されるのが「うつ病」との違いです。
どちらも精神的な負荷がパフォーマンスに大きく影響する点では共通していますが、支援や配慮の“前提条件”は大きく異なります。特に重要なのは、「気分の波」があるかどうかという視点です。

うつ病は一般的に、「気分や意欲が低下した状態」が一定期間継続する疾患で、時間の経過とともに少しずつ回復を図っていくのが基本的な支援方針です。

一方、双極性障害は、「躁状態(または軽躁)」と「抑うつ状態」が交互に現れるため、好調そうに見える時期がむしろリスク要因となることもあるのです。

共通点:どちらの特性にも有効な業務配慮

以下のような業務設計の工夫は、うつ病・双極性障害どちらの社員にとっても有効です。

  • マルチタスクを避ける
     → 認知負荷を軽減し、集中力を一点に集められる環境にする
  • 業務指示や成果物の期待値を明確にする
     → 「どこまでやればOKか」を本人が把握でき、不安や過剰な努力を防げる
  • 勤務時間や業務量に柔軟性を持たせる
     → 体調や心理状態に応じた調整がしやすくなる

これらの工夫は、精神的に不安定な時期にある社員が安心して仕事に取り組むうえで、基本となる支援です。


決定的な違い:業務設計におけるアプローチの違い

うつ病と双極性障害では、「コンディションの変動」に対する向き合い方が大きく異なります。

以下の表にまとめたように、状態の特性が真逆であるため、業務の設計方針にも“逆方向の配慮”が必要になるのです。

比較項目うつ病双極性障害
主な傾向常に気分が低下傾向好調と不調の波がある(気分の変動)
業務量の設計方針少しずつ仕事に慣らし、無理をさせない状態に応じて「業務を増やす/減らす」を調整し続ける
好調時の対応基本的に注意点は少ない好調時ほど“ブレーキ”の配慮が必要(暴走・過集中リスク)
自己評価の傾向常に自己評価が低くなりがち抑うつ期は低下、躁期は過剰に高まる傾向がある

たとえば、うつ病の方は「自己肯定感が低く、常に自信が持てない」傾向が強いため、少しずつ成功体験を積ませながら仕事に戻っていく支援が中心になります。

一方、双極性障害では、「今日は自分は何でもできる」と感じる躁状態のときに、業務をたくさん引き受けてしまい、後から体調が落ち込んだ時に責任を果たせなくなってしまうことがあります。

このため、「好調に見える時期」こそ、周囲が冷静に業務量を管理し、ペースを抑えるようなサポートが必要になります。


ケアの方向性が「逆」であることを意識する

つまり、うつ病では「無理をさせないようにすること」が基本方針であり、双極性障害では「無理をしてしまわないように止めること」が支援のポイントです。

この違いを見誤ってしまうと、たとえば…

  • 双極性障害の社員が絶好調に見えるときに、褒めすぎてタスクをどんどん任せてしまう
  • 結果として、次の抑うつ状態で業務をこなせず、自己否定と信頼低下が生じる

といった悪循環が起こりやすくなります。

まとめ
  • マルチタスクよりも、分かりやすく分解されたシングルタスク設計が望ましい
  • 波を前提に、業務量を柔軟に調整できるバッファ業務の活用が有効
  • 午前・午後の体調差を踏まえた業務配置やスライド勤務を検討する
  • 双極性障害特有の「波」を意識し、うつ病とは異なる配慮も必要
  • 成果ベースの評価、明確な優先順位、状態に応じた1on1などの実践が鍵

ここまで、双極性障害のある社員に対する業務設計のポイントを整理してきました。

では、実際に仕事を「渡す」際には、どのようなコミュニケーションや指示が有効なのでしょうか?

次章では、指示の伝え方や成果物の期待値の共有、報連相の工夫など、実務で役立つ「業務の渡し方」のノウハウについて詳しくご紹介します。

双極性障害を持つ社員への「業務の渡し方」のポイント

双極性障害のある社員が安心して力を発揮できる職場づくりにおいて、「業務をどのように渡すか」は非常に重要なポイントです。

本人の体調や気分の波を考慮しない業務指示は、意図せずプレッシャーや混乱を生み、症状の悪化やトラブルの火種になりかねません。

この章では、業務を依頼する際の伝え方・期待値の共有・フィードバックの方法など、具体的なコミュニケーション設計を解説します。上司や同僚ができる配慮として、ぜひ押さえておきたい内容です。


指示は具体的に、曖昧な表現を避ける

双極性障害のある社員に限らず、業務指示が曖昧だと誤解やストレスを招きますが、精神状態が不安定なときには、その影響がより顕著に現れます

特に抑うつ傾向が強い時期は、「これで合ってるのかな?」と不安を抱えたまま作業を進めることで、自信喪失や手戻りを招くリスクがあります。

NG例(避けたい曖昧な指示)

  • 「適当にやっておいて」
  • 「いつでもいいから仕上げて」
  • 「その辺、うまくまとめておいて」

OK例(配慮ある具体的な指示)

  • 「この資料は◯日までに3ページ程度。例は前回のA資料を参考にしてください」
  • 「重要なのは要点の整理です。正確性はあとで一緒に確認しましょう」
  • 「この作業は今日中でなくても、金曜までに手がつけられればOKです」

業務の「目的」「手順」「締切」の3点を明確にするだけで、安心感は大きく変わります。迷わず着手できる設計こそ、よい指示の第一歩です。


期日や成果物への期待値を事前にすり合わせる

「成果物の質」や「完了の基準」が不明確だと、本人は「どこまでやればいいのかわからない」と不安になったり、「100点を目指さなければ」と過剰に頑張ってしまうことがあります。

これは躁状態・抑うつ状態のどちらでも起こり得るため、事前に期待値をすり合わせる対話が非常に重要です。

期待値共有で得られる効果

  • 過剰な頑張りによる暴走の予防(躁状態)
  • 過度な不安や自己否定の軽減(うつ状態)
  • 自分の仕事が「終わった」と思える達成感の付与

実務での工夫

  • 最初の依頼時に、「このレベルで十分」「ここまではやらなくていい」と完了のイメージを言語化する
  • 複雑な業務は段階ごとに小分けし、「ここまで終わったら確認しよう」と中間確認の機会を設ける
  • 「7割できていればOK」など、完璧主義を和らげる目安を明示する

このような事前すり合わせがあるだけで、仕事への心理的ハードルが大きく下がり、自律的に動きやすくなります。


フィードバックはタイムリーかつ肯定的に

フィードバックは、業務の改善だけでなく、メンタルの安定と自己評価の補正に直結する重要な接点です。

特に双極性障害のある社員は、時期によって「自信過剰」と「自己否定」を行き来するため、上司からのフィードバックが「心の基準」として大きく作用します。

フィードバックの原則

  1. できるだけ早く伝える(タイムリー)
     → 放置は「見られていない」「無関心」と受け取られやすい
  2. まず肯定的な点から伝える(ポジティブ・ファースト)
     → 躁状態の暴走抑制にも、うつ状態の回復支援にも有効
  3. 行動・成果ベースで伝える(あいまいな印象ではなく、事実で)
     → 「●●の対応、丁寧でわかりやすかったです」など

注意すべき点

  • 躁状態で「すごいですね!」と持ち上げすぎると暴走の後押しになりかねません
  • 抑うつ状態で「もっと頑張って」と言われると、自己否定感が悪化するリスクがあります

小さな成功体験を「自分で認識できるように手助けする」という視点でのフィードバックが、特に有効です。


「報告・連絡・相談」のハードルを下げる環境づくり

業務上のトラブルや不安は、早期に共有されることで対処可能になります

しかし、双極性障害のある社員の中には、「迷惑をかけてはいけない」「こんなことを相談するのは甘えだ」と感じ、報連相を躊躇してしまう方も少なくありません。

ハードルを下げる実務的な工夫

  • 口頭だけでなく、チャットでの報告をOKにする
     → 気軽に相談しやすく、履歴も残る
  • 「困ったらすぐに声かけて」と日常的に声をかける文化づくり
  • 週1回の定期1on1を設定し、安心して状況を伝えられる時間を確保

上司やチームの関わり方のポイント

  • 「何かあったら言ってね」ではなく、「今日は大丈夫?」と具体的に聞く
  • 「報告が遅れたら怒られる」ではなく、「遅れてもいいから教えてほしい」という姿勢を見せる

相談できる環境があるかどうかで、業務の質も定着の可能性も大きく変わることを忘れてはいけません。

まとめ
  • 曖昧な指示は避け、目的・期限・範囲を具体的に伝えることで安心感を提供
  • 成果物の期待値は事前にすり合わせ、完璧主義による無理を防ぐ
  • フィードバックは肯定から入り、躁・うつどちらの状態でも心の支えとなるよう意識
  • 報連相のハードルを下げる環境づくりが、トラブル回避と自律的行動を促す鍵になる

業務設計や渡し方を工夫することで、双極性障害のある社員も自分らしく活躍できる環境が整います。

しかし、それでも気分の波は避けられないもの。こうした変化に職場としてどう寄り添うべきか——

次章では、医療機関や就労支援機関との連携を通じて、業務調整をスムーズに行うための具体策を掘り下げていきます。

医療機関・支援者との連携による業務調整のすすめ

職場での対応だけでは限界を感じるとき、心強いパートナーになるのが主治医や就労支援機関の存在です。

双極性障害のような「波のある」精神疾患では、職場だけで状況を正確に把握するのが難しく、専門家との連携が、業務調整や定着支援の質を大きく左右します

この章では、支援機関との連携をスムーズに進めるための考え方と、本人との信頼関係を守りながら行う情報共有の方法、さらに状態変化に応じた業務再設計の重要性について解説します。


主治医や就労支援機関と連携する意義

双極性障害のある社員が職場で安定して働くためには、**「現在どのフェーズにいるのか」「無理のない業務負荷はどの程度か」**といった判断が欠かせません。

こうした医学的・支援的な視点を、企業の人事や上司だけで見極めるのは現実的には難しく、主治医や就労支援機関との連携が大きな助けとなります。

主治医との連携で得られること

  • 回復状況に応じた勤務時間や業務量の目安
  • 「復職可能」の判断と、職場での注意点に関する助言
  • 服薬状況や副作用による日中のパフォーマンス変化の情報(※本人同意のもと)

就労支援機関との連携で得られること

  • 本人の希望や不安、配慮点の整理
  • 職場での適応状況についての継続的なモニタリング
  • 必要に応じてジョブコーチ等が現場での支援を行うことも可能

支援者が間に入ることで、「本人に直接聞きづらいこと」「本人も言いづらいこと」が整理され、トラブルの予防と職場定着の促進につながります


本人の同意を得たうえでの情報共有のあり方

連携を進めるうえで最も重要なのが、本人の同意を得たうえで情報共有を行うことです。

これは法的な義務でもありますが、それ以上に、信頼関係を築くうえで欠かせないステップです。

情報共有の原則

  1. 何を、誰に、どこまで共有するかを事前に本人と相談する
  2. 共有の目的は「本人の就労支援」であることを明確に伝える
  3. 同意内容は文書で残すのが望ましい(支援機関の同席時に同意書を交わすこともある)

よくある誤解とその対策

  • 「体調のことはチーム全員に知らせた方がいいのか?」
     → 基本は必要最小限の共有にとどめ、本人の安心を優先
  • 「上司だけが知っていればよい?」
     → 担当業務の性質によっては、人事や産業医とも連携したほうが支援が機能しやすい

本人にとって、**「会社が勝手に主治医とやり取りしていた」**という事態は、職場への信頼を大きく損ないます。情報共有はあくまで、本人を中心に支援の輪をつくる行為であるという認識を持ちましょう。


定期的なモニタリング・調整の重要性

双極性障害は「一度安定すれば安心」ではなく、継続的なモニタリングと調整が必要な疾患です。調子の波が見えにくい場合もあるため、状態の変化を見逃さず、業務内容や支援体制をアップデートしていくことが大切です。

モニタリングの方法(職場内)

  • 月1回の1on1で、「今の業務量はちょうどいいか」「困っていることはあるか」を確認
  • 人事と現場上司で情報を共有し、支援状況を点検
  • 日報などに「体調スコア」や「振り返り欄」を設ける

支援者との連携調整

  • 支援機関と月1回の情報交換ミーティングを実施(オンライン可)
  • 業務内容に変化があったときには、速やかに支援者にも共有
  • 必要があれば、主治医からの意見書や診療情報提供書を再取得して再評価する

調整の具体例

状況変化調整内容の例
遅刻が続いている始業時間のスライド/午前業務を減らす
タスクの遅延が増えている優先順位を再整理し、納期を見直す
気分の高揚が見られるタスクの量を一時的に減らし、確認頻度を増やす

業務設計は“固定するもの”ではなく、“変化に合わせて微調整していくもの”という考え方が、職場定着のカギとなります。

まとめ
  • 主治医や支援機関との連携によって、医学的・生活的な視点から職場対応を調整できる
  • 情報共有は必ず本人の同意を得て行い、信頼関係を損なわないように配慮する
  • 症状は一定ではなく変化するため、定期的なモニタリングと業務見直しが必要
  • 職場と支援機関が“チーム”として機能することで、安定した就労が実現しやすくなる

まとめ|業務設計の工夫が職場定着と生産性の鍵に

特性を理解したうえでの合理的配慮は、双方にメリットがある

双極性障害のある社員に適した業務設計は、「やさしさ」だけでなく、“合理性”に裏打ちされたマネジメントの一部です。

気分の波という特性を前提とした設計は、本人にとっては安心と自己効力感を生み出し、組織にとってはパフォーマンスの安定化とトラブルの未然防止につながります。

たとえば以下のようなメリットがあります。

配慮内容本人のメリット組織側のメリット
明確な業務指示不安の軽減・着手のしやすさ誤解・手戻りの減少
成果基準のすり合わせ過剰な頑張りの抑制計画通りの進捗管理
報連相のハードルを下げる孤立の防止・自己開示のしやすさ状況変化への早期対応

「全員に同じ働き方を求める」ことが組織の公平性ではありません。

個別の特性に応じた調整があってこそ、真の意味での「働きやすさ」が実現されます。


チームで支え、個別に合わせた業務設計を継続的に行うことが重要

精神疾患における支援は、「一度設計したら終わり」ではありません。

特に双極性障害は、気分の波という動的な変化を伴うため、業務設計も“静的な制度”ではなく“動的な運用”が求められます。

実務として心がけたい視点

  • 月1回程度のチェックイン(1on1など)で、業務量と状態のすり合わせを継続
  • 本人だけで抱えさせず、上司・人事・支援機関がチームとして情報を共有
  • 好調時にも「調子がよさそう=たくさん任せていい」ではなく、暴走予防の視点を持つ

支援の成否は、「一人のがんばり」ではなく、「チームの関わり方の質」によって決まります。“個別最適”の設計をチーム全体で支えることが、離職防止・職場定着・生産性向上すべてにつながるのです。

まとめ
  • 双極性障害のある社員への業務設計は、配慮であると同時に合理的なマネジメント戦略
  • 特性に合わせた働き方の工夫は、本人の安定就労と職場の生産性向上を両立できる
  • 一度決めた制度ではなく、状態の変化に合わせて「動的に調整」していく姿勢が重要
  • 上司・人事・支援機関が情報を共有し、“チームで支える”仕組みが定着支援の鍵になる

誰かの働きやすさを考えることは、私たち自身の働き方を見直すきっかけにもなります。

双極性障害という特性を持つ社員と共に歩むことは、簡単なことではないかもしれません。でも、一つずつ理解を積み重ね、工夫を重ねる中で、きっと職場はもっとしなやかで、温かな場所になっていくはずです。

ほんの少しの気づきと配慮が、人の可能性を支える力になりますように。この記事が、その第一歩となればうれしく思います。

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