働き方の多様化が進む中で、職場におけるメンタルヘルスへの関心が高まっています。リモートワークによる孤立感や人間関係の変化、終わりの見えない忙しさなど、現代の働き手が抱える心の負担は複雑化しています。

こうした状況を受けて、企業にとって「メンタルヘルスマネジメント」は、もはや“人事施策の一部”ではなく“経営課題”と位置づけられるようになってきました。

この記事では、企業のマネジメント層が実践すべきメンタルヘルス対策について、最新の知見やデータを交えながら、わかりやすく解説していきます。

なお、メンタルヘルスマネジメントに関する資格も登場しており、そちらについては別記事で詳しく解説しています。

【2024年版】メンタルヘルスマネジメント検定とは?試験概要から過去問の活用法まで徹底解説!

第一章:なぜ今、職場のメンタルヘルスマネジメントが重要なのか

「最近、職場での会話が減った」「急に休職する社員が出てきた」

──そうした違和感の背景には、メンタルヘルス不調が隠れていることがあります。

メンタル不調は、個人の問題としてではなく、企業全体のパフォーマンスや風土にも影響を及ぼす“経営リスク”として捉える必要があります。

この章では、メンタルヘルス不調による休職・離職の実態から、生産性への影響、そして組織風土との関係まで、なぜ今マネジメント層が本気で向き合うべきかを明らかにしていきます。

メンタルヘルス不調による休職・離職の現状

厚生労働省の「労働安全衛生調査(令和4年度)」では、仕事や職業生活に関して「強い不安やストレスを感じている」と答えた労働者の割合は 82.2% にのぼります。これは年々高い水準で推移しており、職場のストレス環境が慢性化していることを示しています。

同調査では、メンタルヘルス不調を理由とした休職や離職があった事業所は全体の約10% にものぼります。特に若年層や中堅社員の間で「うつ病」「適応障害」と診断されるケースが増えており、企業にとって重要な人材の離脱につながっています。

また、一度メンタル不調で休職した従業員が職場復帰しても、再発リスクや人間関係の再構築の難しさから、再離職に至るケースも少なくありません。これにより、採用や育成にかけた時間とコストが失われるだけでなく、チーム全体の士気低下にもつながります。


生産性損失──アブセンティーズムプレゼンティーズム

「アブセンティーズム」と「プレゼンティーズム」という言葉を聞いたことはありますか?

「アブセンティーズム」とは、病気や不調による欠勤のこと。これは業務遂行能力の直接的な喪失であり、業務停滞・生産性低下・他社員への業務負担増加など、明確な損失として現れます。

一方で、より見えにくく、かつ深刻なのが「プレゼンティーズム(presenteeism)」です。これは、従業員が出勤していても、心身の不調により本来の能力を発揮できない状態を指します。疲労感や不安、集中力の欠如、イライラなどにより、業務効率が大幅に低下しているにもかかわらず、上司も本人もその深刻さに気づきにくいのが特徴です。

公益財団法人日本生産性本部による報告では、プレゼンティーズムによる生産性損失は、アブセンティーズムの2〜3倍にのぼるという試算もあります。これを金銭換算すると、従業員1人あたり年間数十万円規模の経済損失になることもあり、企業にとっては深刻な経営課題です。


組織風土とエンゲージメントへの影響

Googleの研究プロジェクト「アリストテレス」によれば、高パフォーマンスのチームが共通して持つ要素は「心理的安全性」であることが分かっています。心理的安全性とは、自分の意見や感情を安心して表現できる雰囲気のこと。

職場にこの空気がないと、従業員は「何を言っても無駄」「相談すると評価が下がるかも」と感じてしまい、結果として沈黙、孤立、退職といった悪循環が生まれます。

従業員が安心して働ける環境を整えることは、単なる個人支援ではなく、組織全体のパフォーマンスや持続可能性を高めるための基盤づくりです。メンタルヘルス対策を“文化”として根付かせることで、社員のエンゲージメントは向上し、離職率の低下・顧客満足度の上昇といった好循環が生まれます。

✅「心の健康を守る文化」がある企業こそ、人が育ち、組織が伸びていくのです。

まとめ
  • 職場のストレス要因は増加しており、メンタルヘルス不調による休職・離職は年々深刻化している
  • プレゼンティーズムは見えにくいが、生産性への影響は大きく、アブセンティーズムの数倍の損失になる
  • 心理的安全性の低い職場では報連相や挑戦がしにくくなり、チーム全体の活力が低下する
  • メンタルヘルスマネジメントは、単なる「対応策」ではなく「組織づくりの根幹」である

メンタルヘルス不調がもたらす影響は、個人だけでなく組織全体に及ぶことがわかりました。

では、実際に現場で働くマネジメント層は、どのようにして従業員の異変に気づき、支援につなげていけばよいのでしょうか?

次章では、職場で見逃されがちなメンタル不調のサインや、部下の変化に気づくための観察ポイント、適切な声かけの仕方など、管理職がすぐに実践できる気づきと対応の基本について解説していきます。

第二章:メンタルヘルス不調のサインとは?職場で見逃さないために

メンタルヘルスの不調は、身体の病気と違って明確な“見た目の変化”がないため、周囲が気づきにくい特徴があります。

特に職場では、本人も「周囲に迷惑をかけたくない」「頑張らなければ」と不調を隠して働き続けるケースが少なくありません。

この章では、管理職や同僚が知っておくべきメンタルヘルス不調の代表的なサインと、それに気づくためのポイント、そして適切な声かけや対応のあり方について、臨床心理の視点から具体的に解説します。

よくあるメンタルヘルス不調のサイン

メンタルヘルス不調は、表情や言動の「小さな変化」として現れることが多いです。下記に挙げるのは、職場で特によく見られるサインです。

● 遅刻や欠勤、早退の増加

もともと勤怠に問題がなかった人が、急に遅刻や欠勤を繰り返すようになったとき、それは“気持ち”や“体の不調”の現れかもしれません。特に月曜日に体調不良を訴えて欠勤する、休み明けに出社できない、という場合は、ストレス要因が職場にある可能性を考える必要があります。

● ミスや集中力低下、業務効率の悪化

仕事の質に関わる変化も、見逃せないサインです。普段は正確な業務をこなしていた人が、急にケアレスミスを繰り返したり、報告・連絡・相談が遅れたりする場合、注意力や判断力が低下している可能性があります。これはプレゼンティーズム(出勤していても本来の力が発揮できない状態)の典型的な兆候でもあります。

● 人間関係の変化・孤立傾向

突然チームの中で話をしなくなった、休憩を1人で取るようになった、雑談に参加しなくなったなどの変化も、メンタル不調の表れであることがあります。過度な自責や他責、些細なことで怒る・泣くといった感情の揺れも要注意です。

● 見た目や雰囲気の変化

服装や髪型が以前と比べて極端に乱れていたり、表情が乏しく笑顔が消えたりすることも、エネルギーの低下を示唆するサインです。また、姿勢が悪くなったり、呼吸が浅くなったりしている場合も、自律神経のバランスが崩れている可能性があります。


上司や同僚が気づきやすい言動の変化

職場では、「普段と違う様子」にいち早く気づけるのは、同じ空間で働く上司や同僚です。以下のような変化は、声をかけるきっかけにもなります。

● 会話の内容が後ろ向きになる

「どうせ自分なんて」「ミスばかりしている気がする」といった自己否定的な発言や、「もう無理」「つらい」といったネガティブな感情の言葉が増える場合、心の疲れが積み重なっている可能性があります。

● いつもの口癖や反応がなくなる

明るい性格の人が口数少なくなった、冗談に笑わなくなったなどの変化も見逃せません。これは、気力が低下している状態のサインであり、特に抑うつ傾向がある人に見られやすい変化です。

● 「いつもと違う」こと自体がサイン

個人差はありますが、「なんとなく元気がない」「反応が鈍い」「ミーティング中に下を向いていることが多い」など、小さな違和感を覚えたときこそ、一歩立ち止まって観察することが大切です。


観察と声かけのバランス

「気になるけど、どう声をかければいいか分からない」「逆に気を悪くされないか心配」──そんな迷いを持つ管理職は少なくありません。ここでは、相手に寄り添いながら不調に気づくための基本的なスタンスを紹介します。

● 観察のポイント:「変化」と「継続性」

一時的な体調不良や忙しさによる一過性の落ち込みと、メンタルヘルス不調による変化の違いは、“変化の度合い”と“継続しているか”です。数日〜数週間にわたって続いている場合や、業務や人間関係への影響が大きくなっていると感じた場合は、専門的な支援が必要になる可能性があります。

● 声かけの基本:タイミング・場所・言葉選び

声をかける際には、次のようなポイントを意識しましょう。

  • タイミング:周囲に人がいない落ち着いたタイミングを選ぶ(昼休み後、業務の合間など)
  • 場所:他人の目が気にならない場所を選ぶ(会議室や休憩スペースなど)
  • 言葉選び:「大丈夫?」よりも「最近ちょっと元気がないように感じたけど、何かあったかな?」と観察をベースにした問いかけが効果的です

● 「助けよう」ではなく「話を聞こう」のスタンス

相手のメンタルに踏み込みすぎるのではなく、まずは「話すことで安心してもらう」ことを目的としましょう。特に大事なのは、否定せずに話を最後まで聴く姿勢です。アドバイスよりも、「そう感じてたんだね」「それはつらかったね」という共感の一言が、本人にとって大きな支えになることもあります。

まとめ
  • メンタルヘルス不調は、遅刻・ミス・人間関係の変化など、行動に現れるサインで気づくことができる
  • 上司や同僚は、「いつもと違う様子」やネガティブな発言から早期に変化を察知できる
  • 声かけは、タイミング・場所・言葉選びを工夫し、プライバシーと尊重を大切にする
  • 「支援しなければ」ではなく、「まず話を聴く」ことが、信頼関係の第一歩となる

メンタルヘルス不調のサインに気づき、適切に声をかけることで、早期の対応が可能になります。

しかし、それだけでは十分ではありません。管理職には、もう一歩踏み込んだ「具体的な支援」や「対応の判断」も求められる場面が多くなってきます。

次章では、管理職が職場で担うべきメンタルヘルスマネジメントの役割──“ラインケア”の実践方法について、厚労省の指針や事例をもとに、わかりやすくご紹介していきます。

第三章:管理職に求められる「ラインケア」とは?

「部下の様子が気になるけど、どこまで関わっていいのかわからない」

──そんな戸惑いを感じた経験のある管理職の方は少なくありません。

職場でメンタルヘルス不調に気づいたとき、ただ見守るだけでなく、適切な声かけや環境づくりが求められる場面もあります。

この章では、管理職としてどのように部下のメンタルヘルスに関わればよいか、厚生労働省が推奨する「ラインケア」の基本と、実際の対応ポイントをやさしく丁寧に解説していきます。

ラインケアとは?管理職に求められる役割

「ラインケア」とは、日常的に部下と接している上司や管理職が、部下のメンタルヘルスに配慮し、必要に応じてサポートを行う取り組みのことです。厚生労働省が提唱する「職場におけるメンタルヘルス対策の4つのケア」の中でも、ラインケアは最も基本的かつ実践的な役割とされています。

厚労省が定める「4つのケア」

  1. セルフケア(本人がストレスに気づき対処する)
  2. ラインによるケア(管理職が部下を支援)
  3. 事業場内産業保健スタッフ等によるケア(産業医・保健師など)
  4. 事業場外資源によるケア(医療機関やEAPなど)

この中でも、ラインケアは日々の業務の中でこそ力を発揮するケアです。特別なスキルは不要で、「日ごろの観察」「気づき」「ちょっとした声かけ」がスタートになります。


管理職ができるメンタルヘルス対応の具体例

管理職に求められるのは、医師のように診断をすることでも、心理カウンセラーのように深く悩みを聞き出すことでもありません。大切なのは、“変化に気づいて、必要な場に導く”こと。ここでは、現場でよくある場面ごとに、対応の具体例を紹介します。

● 1)「ちょっと気になる変化」に気づいたとき

例:「最近、○○さん、少し元気がないように見えるな…」

  • 声のトーンや話しかける頻度が減っている
  • 遅刻が増えた、表情が曇っている、などの変化が続いている

対応のポイント:

  • 日常の中であいさつや雑談を交えつつ、「最近調子はどう?」と軽く声をかけてみましょう。
  • 状況によっては、「気になることがあれば、いつでも話してね」と安心感を伝えるだけでも十分です。

● 2)部下が明らかに困っていそうなとき

例:「資料のミスが多い」「指示に対する反応が鈍い」

対応のポイント:

  • 「最近、ちょっと忙しそうだけど、大丈夫?」と相手を責めない言い方で声をかける
  • 話を聞く時間を取り、「何か困っていることがあれば教えてもらえるとうれしい」と、こちらが“味方”であることを伝えましょう

● 3)自分から「しんどいです」と相談されたとき

例:「最近、気分が落ち込んでいて…」「寝つきが悪くて…」

対応のポイント:

  • 否定せず、「そうだったんですね、それはしんどいですね」と共感の姿勢で耳を傾けましょう
  • 内容によっては、「産業医や保健師にも相談できるよ」と専門機関への橋渡しを提案します
  • 「相談してくれてありがとう」と伝えるだけでも、本人の安心感につながります

傾聴・初期対応・専門機関へのつなぎ方

まずは「傾聴」から

相手が話をしてくれたときには、とにかく遮らずに聞くことを大切にしてください。「アドバイスしなきゃ」と焦らなくて大丈夫です。大事なのは、「聴いてくれる人がいる」という安心感です。

使える言葉の例:

  • 「それは大変だったね」
  • 「話してくれてありがとう」
  • 「今のままでもいいよ、無理しないで」

初期対応:職場でできるサポートとは?

メンタル不調が疑われる場合は、業務量や勤務時間の調整、無理のない業務の割り振りを検討しましょう。急な対応は難しいかもしれませんが、「調整しようとする姿勢」だけでも、部下は安心します。

また、面談の場では以下のポイントを意識しましょう:

  • 話す内容をメモに残す(本人の了解を得て)
  • いつでも相談していいことを繰り返し伝える
  • 本人の自己判断に任せすぎず、「選択肢」を用意してあげる

専門機関へのつなぎ方

自分一人で抱え込まず、「必要に応じて専門家と連携すること」もラインケアの重要な役割です。

たとえば:

  • 「産業医の先生に一度相談してみない?」
  • 「カウンセラーもいるから、話しやすい方に相談していいよ」

と、“強制ではなく選択肢”として提案するのがポイントです。

まとめ
  • ラインケアとは、管理職が日常的に部下の心の健康を支える重要な役割
  • 特別なスキルよりも、「観察」「気づき」「声かけ」が基本
  • 共感的な傾聴と無理のない初期対応が、本人の安心感につながる
  • 状況に応じて、産業医やカウンセラーなどの専門機関に橋渡しをすることも大切

ラインケアの第一歩は、難しいことではなく、日常の中で相手の小さな変化に気づくこと。管理職の気づきと関わりが、部下の心を守る大きな力になります。

しかし、本当に持続可能なメンタルヘルス対策を考えるなら、個人の努力だけでは限界があります。

次章では、管理職だけに任せず、組織全体で支えるメンタルヘルスマネジメントの仕組みづくりについて、具体例を交えて考えていきます。

第四章:組織として取り組むメンタルヘルスマネジメントの仕組みづくり

これまで、管理職個人による「ラインケア」についてお話ししてきましたが、職場全体のメンタルヘルスを守るには、組織としての“土台づくり”が欠かせません。

ひとりの上司だけが頑張るのではなく、誰もが安心して働ける環境を“組織の仕組み”として整えることで、メンタルヘルス対策はより継続的かつ実効的なものになります。

この章では、企業が取り組むべき制度や文化づくりについて、実践的な視点から解説します。

社内相談窓口やEAP(従業員支援プログラム)の導入

「困ったときに話せる場所がある」

──それだけで、メンタルヘルス不調の予防につながります。

職場で不調が表面化しにくいのは、「誰に相談すればいいのか分からない」「話すことが評価に響きそう」といった不安があるからです。

その意味で、社内のメンタルヘルス相談窓口の設置は、早期発見・早期対応の第一歩です。たとえば、産業保健スタッフ(産業医、保健師)への面談窓口や、人事部門に専任のメンタルヘルス担当を配置することで、従業員が「話してもいいんだ」と思える環境が整います。

またアメリカなどではEAP(従業員支援プログラム)も一般的です。EAP(Employee Assistance Program)とは、外部の専門家によるカウンセリングや相談支援サービスを企業が導入する制度です。EAPを導入することで、プライバシーに配慮しながら、従業員が第三者に安心して相談できる仕組みが整います。

EAPが提供する主なサービス:

  • 電話・オンライン・対面でのカウンセリング
  • ハラスメントや職場トラブルの相談対応
  • メンタルヘルス研修や復職支援
  • 上司や人事担当者への対応アドバイス

導入企業では「社内だけでは対処が難しいケースでも、外部の視点から支援が受けられる」として、高い評価を得ています。


ストレスチェックの活用と実効性あるフォロー体制

2015年から義務化されたストレスチェック制度(常時50人以上の事業所対象)は、従業員のストレス状態を定期的に可視化するための仕組みです。

2025年1月17日には、厚生労働省が、すべての事業所に対して、従業員のメンタル状況を観察するためのストレスチェックの実施を義務付ける方針をまとめました。

従来は従業員50人以上の事業所のみが対象となっておりましたが、今後は、50人未満の零細企業も対象に加わる見通しです。

背景には、仕事上のストレスを理由に精神障害となった人数が過去最高を記録し、職場環境の改善が急務となったことなどがあります。

しかし、実施して終わりになってしまっては意味がありません。

ストレスチェックは、あくまで“気づきのきっかけ”であり、最も重要なのはその後の集団分析と職場改善への活用です。

実効性を高めるためのポイント

  • 高ストレス者への個別フォロー(産業医面談の案内など)
  • 部門ごとのストレス傾向を分析し、職場環境改善につなげる
  • 部下のフィードバックをもとに、上司の関わり方を見直す
  • ストレスチェックの結果をオープンにしすぎず、個人の尊厳と安心感を守る

ストレスチェックは、「企業が従業員の心身に関心を持っている」というメッセージを届ける意味でも、非常に重要な制度です。

ストレスチェックのことを詳しく知りたい方はこちら → ストレスチェック制度の義務化対応ガイド|助成金活用や運用フロー・面接指導の流れを解説


上層部からの発信と「心理的安全性」の醸成

本気でメンタルヘルスマネジメントを根づかせたいのであれば、経営トップや部門責任者が、自らメンタルヘルスの重要性を発信することが不可欠です。

「健康で安心して働けることを、会社として大切にします」というメッセージは、従業員の信頼につながり、「相談してもいい」「不調を隠さなくてもいい」という空気を職場に広げます。

実際、上層部が社内報や朝礼などでメンタルヘルスへの取り組みを定期的に発信している企業では、相談件数やカウンセリングの利用が増え、“気づき”のチャンスが早まったという報告もあります。

また、心理的安全性への配慮も重要です。心理的安全性とは、「自分の気持ちや意見を安心して伝えられる環境」のこと。これが職場に根づいていると、メンタルヘルス不調も早期に表面化しやすくなります。

逆に、「こんなこと言ったら迷惑かも」「上司に怒られるかも」と感じる空気では、不調はどんどん見えづらくなります。チームミーティングや1on1の場で、「どんな話でも受け止めるよ」という姿勢を上司が示すことが、心理的安全性を醸成する第一歩です。

まとめ
  • メンタルヘルス相談窓口やEAPの導入は、安心して相談できる環境づくりに不可欠
  • ストレスチェックは「実施後の対応」が肝心。個人フォローと職場改善をセットで考える
  • 経営層からのメンタルヘルス発信が、組織全体の意識を変える
  • 心理的安全性が高い職場は、不調が見えやすくなり、早期支援が可能になる

ここまで、組織としてのメンタルヘルスマネジメントの土台について解説してきましたが、実は“支援する側”である管理職自身も、大きなストレスを抱えていることがあります。

最終章では、部下を支える立場にある管理職が、自分自身のメンタルヘルスをどう守るかという視点と、「健康な職場をつくるためのマネジメントスタイル」について考えていきます。サポートする側こそ、サポートが必要なのです。

第五章:管理職自身のメンタルヘルスにも目を向けよう

部下のメンタルヘルスに気を配り、組織の健全性を守る役割を担う管理職の皆さん。

その責任感ゆえに、ご自身の心のケアを後回しにしてしまっていませんか?

実は、管理職自身がストレスを抱え込むことは珍しくありません。

この章では、「支える側」である管理職がどのように自分のメンタルヘルスと向き合い、チーム全体の健康を守るマネジメントスタイルを育むことができるのかを、わかりやすく解説していきます。

管理職が抱える「中間管理職ストレス」とは

● 上司と部下の板挟み

「上からは成果、下からは不満」

──そんな両方向の圧力にさらされている中間管理職は非常に多く、構造的にストレスが高くなりやすいポジションです。

経営陣の意向を現場に伝えると同時に、部下の意見や気持ちもくみ取り、調整する。そうした日々のバランスの中で、自分の感情やストレスを押し殺しているケースも見られます。

● 業務量の多さと孤独感

部下のマネジメントだけでなく、数値管理や企画推進など、プレイヤーとしての業務も担うことが多い管理職。さらに、「管理職になったら、相談相手がいなくなった」と感じている人も少なくありません。

頑張っているけど、誰にも話せない。そんな“孤独なリーダー”が、今、増えています。


自分自身のセルフケアが、部下の健康にもつながる

「頑張り続けなければ」から一度立ち止まる。支える側の人が疲弊してしまうと、周囲への配慮も難しくなります。

まずは、「自分がしんどくなる前に、自分をケアしていいんだ」と、セルフケアを許可することが大切です。

セルフケアの基本は以下の3つです:

  • 生活のリズムを整える(睡眠・食事・休息)
  • ストレスをため込まない(話す・書く・休む)
  • 自分をいたわる時間を持つ(趣味・運動・自然)

管理職の心の余裕は、部下へのまなざしにも影響します。つまり、「自分のケア=職場のケア」にもなるのです。

また、心理的な健康が保たれている管理職は、コミュニケーションの質も高まり、部下の変化にも気づきやすくなります

「最近の○○さん、どうしてるかな?」という声かけが自然に出るのは、上司自身が安定しているからこそ。無理を続けていると、そうしたまなざしを持つ余裕さえ失われてしまいます。

「上司が健やかに働いている姿」は、チーム全体に安心感をもたらす“見えないメッセージ”になります。


チーム全体の健康を守るマネジメントスタイルとは?

一人で背負わない「共創型マネジメント」を目指します。

「すべて自分で抱え込む」のではなく、「チームで一緒に解決する」スタイルへと切り替えていくことが、現代のマネジメントには求められています。例えば、

  • 「困ったことはお互いに声をかけあおう」
  • 「1人で抱え込まないことを、チームの文化にしよう」

そんな一言を管理職が発信するだけで、心理的安全性のあるチーム作りが始まります

管理職同士で“支え合う”文化も重要です。他部署の管理職と話す時間、ちょっとした雑談や情報交換も、大きな支えになります。「実は自分だけじゃなかった」と思える瞬間は、ストレスの軽減や視野の広がりにもつながります

社内に「管理職向けの振り返りミーティング」や「ピアサポートの仕組み」があると、より一層安心してマネジメントに取り組めます。

まとめ
  • 管理職は板挟みや業務量の多さ、孤独感など独特のストレスにさらされやすい
  • 自分自身のセルフケアを行うことは、部下やチーム全体の健康に好影響をもたらす
  • 無理をしすぎず、「自分の不調にも気づく力」を持つことが大切
  • チームで支えあう風土づくりと、他の管理職とのつながりもストレス緩和に役立つ

メンタルヘルスマネジメントとは、決して「誰かを助ける人になること」だけではありません。

「自分自身の調子にも気づき、整えること」から始まる、日々の対話と環境づくりです。管理職が自分を大切にしながらチームと向き合えば、それは“職場全体の健康”につながります。

まずは「ひとりで抱え込まない」。その一歩から、メンタルヘルスを育む職場づくりは始まっていきます。