「最近、なんだか仕事に集中できない」「いつも誰かが体調を崩している気がする」

──そんな小さな違和感が、職場に広がっていませんか?プレゼンティーズムは、見た目には元気そうでも、心や体の不調を抱えながら働いている状態のこと。

気づかれにくく、つい見過ごされてしまうこの問題は、実は企業にとって大きな損失をもたらします。

本記事では、プレゼンティーズムの原因や影響、そして実践的な改善策まで、やさしく丁寧に解説していきます。

プレゼンティーズムとは? ― 今注目される“見えない損失”の正体


「仕事には来ている」けれど「本来のパフォーマンスが出せていない」状態

プレゼンティーズム(Presenteeism)とは、心身の不調を抱えながら仕事を続けている状態を指します。

たとえば、頭痛、胃腸の不調、アレルギー症状、睡眠不足、あるいは軽度のうつ状態や強いストレスなどがありながら、出社して業務を続けている人が該当します。

この状態の厄介なところは、「出社しているから問題ない」と見なされがちな点です。

周囲からは見えにくく、本人も無理をしてしまうことが多いため、管理者が気づきにくいのが実情です。


プレゼンティーズムの具体例

  • 花粉症で集中できず、業務効率が著しく低下している
  • 慢性的な腰痛を我慢しながらのデスクワークでミスが増えている
  • 抑うつ気分により会話や報告・相談が減り、業務連携が滞る
  • 睡眠障害により午前中の生産性が常に低い状態

アブセンティーズムとの違い

指標プレゼンティーズムアブセンティーズム
意味出社しているがパフォーマンスが低い欠勤や遅刻・早退などで出社していない
損失の特徴見えにくいが深刻な損失見えやすく定量的な損失
判断の難しさ定量化が難しい勤怠記録で把握可能

プレゼンティーズムは「隠れた生産性低下」ともいえます。

日本では“真面目に出社することが美徳”とされやすい風土もあり、無理をして出勤することが逆に組織全体のパフォーマンスを損なう原因となることが少なくありません。


なぜ企業が注目するようになったのか(背景とトレンド)

かつては「休まず出社すること」が健康の証と考えられていた時代がありました。

しかし、長時間労働やメンタル不調による問題が社会課題化する中で、近年は“集中して働けているか”の中身に焦点が移りつつあります。

経済産業省が推進する「健康経営」や「健康経営優良法人認定制度」の登場により、従業員の心身の健康状態と企業の経営指標の関連性が注目されるようになりました。


数値化されはじめた“見えない損失”

実際、米国の調査によれば、プレゼンティーズムによる損失はアブセンティーズム(遅刻や欠勤)の2〜3倍に達することが報告されています。

日本企業でもこの傾向は同様で、従業員の出社状況や勤怠データだけでは測れない“質的な不調”に目を向ける企業が増加しています。

このような背景から、ストレスチェック制度の活用、エンゲージメントサーベイの導入、さらにはAIを活用したコンディション可視化ツールなど、プレゼンティーズムの早期発見と介入に取り組む企業が増えてきています。


「従業員の健康=企業の競争力」というパラダイム

人材不足が慢性化する中、健康な状態で高いパフォーマンスを持続できる職場づくりは、採用力や定着率にも直結します。

プレゼンティーズムの対策は、もはや“福利厚生”の範囲を超え、組織の持続的成長に不可欠な戦略課題として位置づけられつつあります。

まとめ
  • プレゼンティーズムとは、心身の不調を抱えたまま働いている状態を指す
  • 出勤していてもパフォーマンスが下がっており、企業にとっては“見えない損失”となる
  • アブセンティーズムとの違いは「出社しているか否か」であり、プレゼンティーズムの方が気づかれにくい
  • 健康経営の広がりとともに、この課題は経営的にも無視できないテーマとなっている

プレゼンティーズムは、企業経営における“見えにくいコスト”でありながら、放置すれば放置するほど、組織全体の生産性や士気に影響を及ぼします。

では実際に、どのような損失が企業に生じるのでしょうか?次章では、プレゼンティーズムがもたらす具体的な経済的影響や波及効果について掘り下げていきます。

プレゼンティーズムが企業にもたらす損失とは

プレゼンティーズムは、一人ひとりの不調にとどまらず、組織全体の生産性や人間関係、そして経営の健全性にまで影響を及ぼします。

「たかが軽い不調」と見過ごしてしまうことで、企業は知らず知らずのうちに大きな損失を抱えてしまうことも。

本章では、プレゼンティーズムが実際にどのような損失を生み出すのか、経済面・組織面・人事面の3つの視点から具体的に見ていきましょう。


生産性の低下による経済的インパクト

「働いているのに成果が出ない」状態が、膨大なコストを生む

プレゼンティーズムの最も直接的な影響は、生産性の低下です。風邪やアレルギー、睡眠不足、うつ状態、月経に伴う不調など、多くの人が「これくらいなら出社できる」と思い込むような不調でさえ、集中力や判断力を著しく低下させる要因となります。

こうした状態が継続すれば、業務効率は20~30%低下し、パフォーマンスが半分以下になることさえあるのです。

金額で見ると…1人あたり数十万円の損失に

先ほども述べましたが、アメリカの研究によれば、プレゼンティーズムが企業にもたらす損失は、アブセンティーズム(欠勤)による損失の2〜3倍にもなるとされています。

日本国内でも、1人あたり年間20〜40万円の損失が試算されており、これが100人、1,000人の規模になると、数千万円から数億円規模の“目に見えない赤字”が生じている可能性があります。

特に影響を受けやすい職種

職種プレゼンティーズムの影響
接客・販売顧客対応の質が低下し、信頼損失や売上低下に直結
管理職判断力・指示力の低下により、チーム全体の効率が落ちる
技術職(エンジニア・デザイナー)創造力・集中力の低下で、成果物の品質や納期に影響

“ただ出勤しているだけ”ではパフォーマンスは測れない。

今やそんな時代になっているのです。


他の従業員への波及効果(チームワーク・士気の低下)

「誰かの無理」は、周囲の負担になる

不調のまま業務を続けている社員がいると、その影響は静かに周囲へと広がっていきます。

本人がカバーできない業務を誰かが肩代わりすれば、その人の負担が増え、チーム全体の余裕が失われていきます

一人のプレゼンティーズムが、やがて複数人の疲労と不満を生む構造です。

「我慢すべき」が蔓延すると、心理的安全性が失われる

「相談しても無駄」「弱音を吐けない」──そんな空気感が職場に広がると、心理的安全性が損なわれます。

ミスを指摘し合えず、助けも求められない職場は、閉塞感や孤立感が高まり、やがて“何も言わずに辞める”社員が出てくるようになります。

チームの士気低下が離職意向に直結する

「頑張っているのに評価されない」「一部の社員に業務が偏っている」――こうした不満が積もることで、中堅社員のモチベーションが低下し、離職意向が強まる傾向があります。

結果として、組織の中核を担う人材の流出につながり、企業にとって最も痛手となる損失が生じます。


離職率への影響:プレゼンティーズムは“休職・退職の前兆”

初期の不調を無理して働き続けることは、状態の悪化を招き、いずれ長期の休職や退職につながることもあります。

こうなると、採用・教育・引き継ぎなど、目に見える人件費とは別の“間接コスト”が企業にのしかかります。

人材ブランドや採用力へのダメージ

「働きにくい」「休めない」「相談できない」――こうしたイメージが定着すると、企業の採用競争力にも影響します。

優秀な人材から敬遠される企業になってしまえば、中長期的な事業成長の足かせとなるのは明白です。

まとめ
  • プレゼンティーズムは、1人あたり年間数十万円規模の生産性損失を引き起こす
  • 不調者を支える周囲の負担増が、チームの士気や心理的安全性を下げる
  • 離職リスク、医療費増加、企業イメージ悪化など、波及的な損失が多方面に及ぶ
  • 「ただ出勤しているだけでは十分ではない」時代に、組織としての対応が求められている

プレゼンティーズムの影響は、見えないだけで確実に企業の内部で進行しています。

次章では、ストレスチェックやパルスサーベイなどを用いてプレゼンティーズムを可視化し、効果的に改善へとつなげていく方法についてご紹介していきます。

主な原因 ― 見落とされがちな“内なる不調”

プレゼンティーズムの背景には、ただの“体調不良”では片づけられない、多様で複雑な要因が隠れています。

本人ですら「この程度なら大丈夫」と思い込んでしまいがちな内なる不調。

それが、知らず知らずのうちにパフォーマンスを下げ、心身を蝕んでいるのです。

本章では、プレゼンティーズムの三大要因である「身体的不調」「メンタルヘルスの問題」「職場環境・文化」に分けて、その本質をひも解いていきます。


身体的不調(慢性疾患・睡眠障害など)

毎日を“普通に過ごせている”ようで、実は身体は悲鳴を上げている

プレゼンティーズムの大きな原因のひとつが、継続的な身体的不調です。たとえば、以下のような慢性的な症状が挙げられます。

  • 慢性腰痛や肩こり
  • 花粉症・喘息などのアレルギー症状
  • 消化器系の不調(胃痛、便秘など)
  • 睡眠障害(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒など)

これらの症状は、「病欠するほどではない」と思われがちですが、集中力や判断力、思考の柔軟性をじわじわと奪っていくため、業務の質に確実な影響を及ぼします。

睡眠の質は、業務パフォーマンスの土台

特に見落とされがちなのが睡眠障害です。

睡眠時間は確保できていても、途中で何度も目が覚めてしまう、朝起きても疲れが取れないといった“質の低下”が続くと、日中の認知機能が著しく落ち込みます。

睡眠不足は、私たちの脳に想像以上の負担をかけます。

実際、米国の研究では、数日間にわたる睡眠制限が蓄積することで、注意力や判断力といった認知機能が大きく低下することが示されています。

また、別の研究では、16〜19時間起き続けた状態が、血中アルコール濃度0.05%の酩酊状態と同等の認知パフォーマンスになるとも報告されています。つまり、「寝不足」は「軽い飲酒」と同じくらい、仕事の質に影響を与えうるのです。


メンタルヘルスの問題(うつ・不安・職場ストレス)

心の不調は、見えにくく、気づかれにくい。

でも確実に存在します。

プレゼンティーズムの背景として、近年最も深刻かつ見落とされやすいのがメンタルヘルスの問題です。

うつ病、不安障害、適応障害、そしてバーンアウト(燃え尽き症候群)といった症状は、診断がつくほどでなくても、軽度の状態であっても仕事の質に大きく影響を与えることがあります。

たとえば、以下のような変化が見られた場合、それは心の不調のサインかもしれません。

  • 判断に時間がかかり、決断が遅れる
  • 周囲とのコミュニケーションを避けるようになる
  • これまで楽しめていた仕事に興味や意欲が湧かなくなる
  • ミスや物忘れが目立つようになる

これらは、本人の努力不足ではなく、「心のエネルギーが下がっている」状態です。

ですが、そのことを本人も上司も気づきにくいのが現実です。

体調不良のように目に見えるわけではないため、「何か違う」と感じながらも、周囲は対応に戸惑ってしまいます。


“なんとなく不安”が、パフォーマンスを蝕む

メンタルヘルスの不調というと、うつ病や診断名をイメージしがちですが、多くのプレゼンティーズムは「診断の手前」のグレーゾーンで起きています

  • 将来に対する漠然とした不安
  • 自分への自信のなさ
  • 評価や人間関係への過度な敏感さ

こういった状態が続くと、本来の能力を十分に発揮できず、成果は出ていないのに、本人は必死にがんばっているという、非常に苦しい状況が生まれます。

特に、責任感が強く、完璧主義傾向のある人ほど、不調を周囲に見せずに抱え込んでしまいがちです。


メンタル不調の兆しに気づける職場をつくる

人事部門や管理職が早期にサインに気づければ、深刻化を防ぐことができます。

以下は、よくある初期の変化です。

  • 遅刻・早退・欠勤が以前より目立つようになった
  • 表情が乏しく、言葉数が減った
  • 服装や髪型など、これまで気を配っていた部分が雑になってきた
  • 急に怒りっぽくなったり、逆に無気力に見える

これらは、「叱るべき行動」ではなく、「声をかけるきっかけ」として捉えることが大切です。
人事ができることは、必ずしも“解決する”ことではありません。小さな変化に気づき、関心を寄せる文化を根づかせることが、最も有効な第一歩になります。


職場環境・組織文化の問題(過重労働、心理的安全性の欠如)

プレゼンティーズムは、個人の体質や性格に起因するものばかりではありません。

その人が置かれている環境そのものが、健康を損なっている可能性もあるのです。

以下のような職場環境では、心身の不調が日常的に蓄積され、プレゼンティーズムが慢性化しやすくなります。

  • 残業や休日出勤が常態化している
  • 「相談=弱音」と捉えられる風土がある
  • ミスや失敗が咎められやすく、改善より指摘が重視される
  • 数字や成果ばかりが評価され、努力やプロセスが軽視される

こうした環境では、「体調が悪くても出社する」ことが正義のように扱われ、無理が常態化していきます。


心理的安全性の欠如は、早期発見を妨げる

Googleの有名な研究「プロジェクト・アリストテレス」でも、チームの生産性を最も高める要因は“心理的安全性”であると示されています。

心理的安全性とは、「自分の意見を述べても、間違えても、バカにされたり罰せられない」と感じられる空気のことです。

この空気がない職場では、不調があっても「隠す」「我慢する」「助けを求めない」という選択肢しか残されず、問題は静かに進行し、見えない損失として積み上がっていきます。


「制度がある」より「安心して使える」が重要

フレックス勤務や在宅ワーク、メンタルサポート窓口など、制度は整っているのに、実際には「使いにくい」と感じている社員がいる――そんなケースも多く見受けられます。

  • 制度を使うと「周囲の目が気になる」
  • 評価に響くのではという不安がある
  • 上司が制度の意図を理解しておらず、使いづらい雰囲気がある

つまり、制度の“存在”と“活用”のあいだには、組織文化という見えない壁があるのです。
この壁を取り払うには、人事が制度を活かす文化づくりを主導し、心理的余白を育てていく必要があります。

まとめ
  • プレゼンティーズムの原因は、身体的不調・メンタル不調・職場環境の3層に分けて捉える必要がある
  • 睡眠障害や慢性疾患などの“軽度な不調”が、日々の集中力や判断力を削っていく
  • メンタルヘルスの不調は気づかれにくく、ミスやコミュニケーション低下を引き起こす
  • 職場文化が「我慢を美徳とする環境」であると、不調を抱えたまま働く人が増えやすい

ここまでで、プレゼンティーズムの原因は個人だけでなく、職場の構造や文化にも根差していることが見えてきました。

では、この“内なる不調”をどのようにして職場内で発見し、可視化し、改善につなげていくことができるのでしょうか。

次章では、ストレスチェックやサーベイなどを活用した「見えない損失の見える化」について詳しくご紹介します。

プレゼンティーズムを可視化するには

本章では、企業が現場レベルで実践できる3つの可視化アプローチ、すなわちストレスチェックの活用、エンゲージメントサーベイの導入、損失算出モデルの活用方法について、具体的に解説していきます。


ストレスチェック制度の活用 ― 「年1回の義務」で終わらせない運用とは

ストレスチェック制度は、労働安全衛生法に基づき、従業員50名以上の事業場において年1回の実施が義務づけられている制度です。(2025年の法改正により、50名以下の事業所も義務化されます)

多くの人事担当者にとっては、「法令遵守のための年中行事」のように捉えられているかもしれません。

しかし、プレゼンティーズムやメンタルヘルス対策の観点から見ると、ストレスチェックは“現場の声”を拾い上げる非常に有効なツールです。

大切なのは、結果をどう活かすかです。チェックを「受けさせて終わり」にするのではなく、そこから何を読み取り、どう動くかで、組織のコンディションは大きく変わります。


ポイント①:集団分析は“気づき”の宝庫

個人ごとの結果だけでなく、部署やチーム単位での傾向を可視化できるのが、集団分析の最大の価値です。たとえば…

  • 特定の部署だけ高ストレス者が多い
  • チームの一体感や上司への信頼に偏りがある
  • 20代や管理職層など、特定の層に課題が集中している

こうした傾向は、プレゼンティーズムの温床となる“構造的な問題”をあぶり出すヒントになります。

ここでの分析は、「誰が悪いか」ではなく「何が起きているか」を見極める視点が重要です。


ポイント②:組織改善に結びつく“フィードバックループ”を

多くの企業では「高ストレス者への医師面談実施」だけで終わってしまうケースが散見されます。

もちろん個別対応も重要ですが、それだけでは組織に横たわる問題にはアプローチできません。

たとえば、以下のような“組織全体へのアクション”が必要です:

  • 業務負荷や人員配置の見直し
  • 上司と部下のコミュニケーション機会(1on1)の定期化
  • 成果偏重の評価制度から、プロセスや協働を評価する仕組みへの移行
  • チームごとのストレススコアに基づく職場改善ミーティングの開催

チェック結果は、「やるべきことを考える材料」に過ぎません。

その結果をもとに、どう改善し、従業員にフィードバックし、再度確認するかという“PDCAの循環”が問われます。


ポイント③:「実施後」が“本番”です

制度上は、年1回のストレスチェックを実施し、産業医との面談を提供すれば法的義務は果たせます。

しかし、それだけでは現場の信頼を得ることも、プレゼンティーズムを減らすこともできません。

むしろ、チェックの「後」にこそ、人事の本領が問われます。

  • 産業医・カウンセラーとの連携体制を構築し、相談から職場環境改善につなげる導線を整える
  • チェック結果の概要を従業員やマネジメント層に丁寧に説明し、透明性と納得感を持たせる
  • 「匿名だから言えた本音」が浮かび上がったとき、その声に耳を傾け、変化の第一歩を踏み出す

こうしたプロセスを丁寧に重ねることが、ストレスチェックを「会社が本気で従業員のことを考えている」と伝える強いメッセージに変えてくれます。

2025年に義務化されたストレスチェックについて詳しく知りたい方はこちら → ストレスチェック制度の義務化対応ガイド|助成金活用や運用フロー・面接指導の流れを解説


エンゲージメントサーベイ・パルスサーベイの導入

ストレスチェックや定期健康診断など、年1回の測定で職場の健康を把握しようとしても、実はそれだけでは“日々の小さな変化”に気づくことは難しいのが現実です。

なぜなら、プレゼンティーズムの兆候は、日常の“ささいな違和感”として現れるからです。

「最近、あの人疲れているみたい」「前より元気がない気がする」――そういった変化を定量的に捉えるために有効なのが、エンゲージメントサーベイやパルスサーベイといった、高頻度で簡易的なアンケート手法です。

これらは、従業員の“心と体の温度”を定点観測するための、信頼できるセンサーといえるでしょう。


どんな項目を測ればいい? ― パルスサーベイの基本構成

パルスサーベイは、1~2分程度で終わる簡単なアンケートです。

それでも十分に、従業員の状態変化を見える化することが可能です。以下は一例です。

項目質問例
身体の調子最近、疲れやすさを感じることはありますか?
精神的ストレス業務に対する不安やプレッシャーを感じることはありますか?
人間関係チーム内に、安心して相談できる相手はいますか?
やりがい今の仕事に、やりがいや達成感を感じていますか?

このように、業務・心身の健康・関係性・やりがいといった項目を軸に、定期的に「問いかけること」そのものが、職場の安心感にもつながっていきます。


結果の“扱い方”こそが、信頼を左右します

サーベイを導入するうえで何より大切なのは、「集めた結果をどう扱うか」です。

どんなに丁寧に設計された調査でも、その後の対応が雑であれば、むしろ社員の不信感を生むリスクがあります。

信頼される運用のポイント:

  • 匿名性と安全性をきちんと担保する(とくに自由記述欄)
  • 回答内容は集計後にフィードバックを共有し、「何を感じて、どう動いたか」を明示する
  • 「聞いて終わり」にせず、継続的な改善アクション(PDCA)を明確に伝える

このような運用姿勢が、「ちゃんと見てもらえている」「意見を大切にしてもらえる」という信頼感につながります。


プレゼンティーズム損失の算出モデル – 「見えない損失」を、説得力のある数字に変える

経営層にプレゼンティーズムの重要性を伝える際、「社員がしんどいらしいです…」ではなかなか響きません。

そんなときに有効なのが、損失を“数字”で見せる方法です。

WHO(世界保健機関)が開発した「HPQ(Health and Work Performance Questionnaire)」は、プレゼンティーズムによるパフォーマンス低下を定量的に損失額として算出できる代表的な手法です。


HPQモデルの概要と使い方

HPQでは、以下のような情報をもとに、損失を推計します:

  1. 従業員本人による「通常時のパフォーマンス(自己評価)」
  2. 「最近の実際のパフォーマンス(自己評価)」
  3. 出勤日数・勤務時間・役職・給与水準などの客観データ

これをもとに、下記のような式で生産性損失を計算します:

【生産性損失額】=(本来の生産性 − 実際の生産性)× 勤務時間 × 時間当たり人件費

たとえば、本来100%のパフォーマンスが出せる人が80%しか力を発揮できていない場合、その20%分の給与が“失われた価値として換算されるという考え方です。

これを社員数全体に掛け合わせることで、「プレゼンティーズムによる損失は年間で数千万円に上る可能性がある」と、
経営層にもわかりやすいかたちで共有することができます。


数字を“行動”につなげることが本質

HPQやパルスサーベイは、ツールそのものが問題解決してくれるわけではありません。

重要なのは、それを通して得られた情報をどう行動に変えていくかです。

  • 「組織のどこに課題があるのか」
  • 「どこから着手すべきか」
  • 「経営層や現場に、どう伝え、どう巻き込むか」

このような問いに向き合うことで、はじめてプレゼンティーズムの対策は“形”になっていきます。

まとめ
  • プレゼンティーズムの早期発見には「見える化」が不可欠
  • ストレスチェックは、個人対応だけでなく組織分析に活かすことで効果が倍増する
  • パルスサーベイは、日常の心身の変化に気づくための有効な手段
  • HPQモデルなどを用いれば、プレゼンティーズムによる損失を金額として明確に可視化できる

ここまでで、プレゼンティーズムを“数字”として捉え、組織として課題を認識する方法を見てきました。

では、実際にその課題にどう向き合い、従業員の不調に対してどのような改善策を講じていけばよいのでしょうか。

次章では、実行可能で再現性のあるプレゼンティーズム対策について、制度・マネジメント・職場環境の視点から具体的にご紹介します。

プレゼンティーズムを改善するための実践策

プレゼンティーズムは“ちょっとした不調”から始まります

プレゼンティーズムの多くは、病気とは言えないけれど、万全ではない状態から始まります。たとえば、軽い頭痛や胃の不快感、寝不足、不安感など。

本人も「この程度で休むのは申し訳ない」と思いながら働き続け、結果的にパフォーマンスの低下やミスの増加、モチベーションの低下につながっていきます。

こうした状態を放置しないためには、「調子が悪い」と声を上げる前の段階で“不調の芽”を拾い上げられる制度設計が重要です。


制度設計①:産業医面談の“柔軟な運用”で、不調の入口に寄り添う

産業医面談というと、「高ストレス者対応」や「休職前の制度対応」といった“最後の手段”としてイメージされがちです。

しかし本来は、もっと前の段階での“気づき”のきっかけ”として活用できる仕組みでもあります。

実務での工夫例:

  • 希望制や上長の声がけによる面談誘導(義務でなく“選択肢”として提示)
  • 定期的なリフレクション面談として、1on1的に活用するスタイル
  • 心理的安全性を高める説明(「面談=評価ではない」「安心して話してOK」)

“話してもいい場所がある”という安心感が、メンタルダウンを未然に防ぐ第一歩になります。


制度設計②:EAP(従業員支援プログラム)で、社外の安心窓口をつくる

プレゼンティーズムに悩む社員の中には、上司や社内の人に相談しづらい人も少なくありません。
だからこそ、社外の専門家による相談窓口(EAP)の整備は、非常に効果的です。

  • 匿名で、心理カウンセラーや臨床心理士に相談できる
  • 家庭のこと、キャリアのことなど、仕事に直結しない悩みも受け止めてもらえる
  • メールや電話、チャットで気軽にアクセスできる

EAPは、“会社の支援ではあるが、会社から独立している”という絶妙な距離感が、相談へのハードルを下げてくれます。


制度設計③:健康相談サービスで「軽い悩みも話せる」環境づくりを

体の不調や生活習慣の悩みなども、放置するとメンタルに波及します。
そのため、医師・看護師・栄養士などと気軽に話せるチャット相談や電話サービスの導入も有効です。

  • 「病院に行くほどじゃないけど気になる」体調を、手軽に相談できる
  • 生活習慣病予防、睡眠改善、女性の健康課題などもカバーできる
  • 定期的な「健康習慣リマインド」の役割にもなる

こうした制度は、不調を“自分だけの問題”にさせない組織の姿勢を伝える役割も果たします。


心理的安全性を高めるマネジメント研修

プレゼンティーズムを防ぐためには、本人が「つらい」と言える環境づくりが欠かせません。

その鍵を握っているのが、日々接している上司やリーダーの存在です。

だからこそ、マネジメント層に対する“気づき”と“関わり方”の研修は、対策として非常に効果的です。

研修で扱いたいテーマの例:

  • メンタル不調の初期サインの見極め方(遅刻、表情、会話の変化など)
  • 傾聴・共感・承認といった、心理的安全性を育てる対話スキル
  • 注意ではなく“対話”で伝える、フィードバックの方法
  • ハラスメントを生まない/許さないマネジメント行動

また、「上司自身も不安や孤独を感じている」ことも忘れてはなりません。

管理職を孤立させないための、支援制度やピア・サポートも併せて整備することが理想的です。


仕事の裁量や柔軟性を高める働き方改革

プレゼンティーズムが常態化している組織には共通して、「頑張り続けるのが当たり前」「常に高パフォーマンスを維持しなければいけない」という無言の圧力が存在しています。

ですが、長く働き続けるには、休む・緩める・調整する“余白”のある働き方が不可欠です。


実践例:今日から導入できる“柔軟性の設計”

施策具体的な工夫効果
フレックスタイム・時差出勤睡眠障害や家庭の事情に合わせた柔軟な出社生活リズムの安定と業務集中の向上
タスク管理ツールの導入進捗の可視化と負荷の見える化上司が過重労働を早期把握、本人も自己調整がしやすい
プロセス評価の導入数字だけでなく「努力・工夫・チーム貢献」も評価自己効力感の向上とバーンアウト防止に寄与

定期的な1on1・アンケートによる早期発見

プレゼンティーズムの兆しは、いつもはっきりとした形で現れるわけではありません。

むしろ「なんとなく元気がない」「いつもより口数が少ない」といった、微細な変化が最初のサインであることがほとんどです。

そのために有効なのが、定期的な1on1ミーティングです。

週1〜月1のペースで、上司と部下が安心して対話できる時間を持つこと

それは単なる業務進捗の確認ではなく、「最近、体調どう?」「プライベートのリズムは崩れていない?」といった、体調や感情面に自然に触れる会話ができる場にすることが大切です。

1on1での“兆し”に気づくポイント:

  • 話すテンポがいつもより遅い/速い
  • 以前と比べて、リアクションが乏しい
  • よく眠れていない/食欲がないとぽろっと言う
  • 「大丈夫です」が口癖になっている

こうしたサインを、対話のなかで拾えるかどうかが、早期対応の鍵となります。


組織全体の“空気の変化”にはパルスサーベイを

1on1で個別に話せる体制を整える一方で、**全体傾向を把握するための手段としてアンケート(パルスサーベイ)**を併用することも重要です。

パルスサーベイでチェックしたい4つの領域:

領域質問の例
メンタル面最近、不安感や落ち込みを感じることがありますか?
フィジカル面疲労感や睡眠不足が続いていませんか?
人間関係チーム内に安心して話せる相手はいますか?
業務・やりがい今の仕事に意義や手応えを感じられていますか?

加えて、「最近気になっていること」「困っていることがあれば自由に教えてください」といった自由記述欄を設けることで、言語化しづらい不安や葛藤にも気づくきっかけになります。


回答の“扱い方”が、信頼を生むか不信を生むかを分ける

アンケートを実施すること自体は、今や多くの企業が当たり前のように行っています。
しかし、その後の対応が不十分だと、「聞くだけで終わる組織」になり、かえって不信感を高めてしまうリスクもあります。

信頼される運用に必要な3つのアクション:

  1. 匿名性や安全性の担保:自由に書けるという安心感が前提です
  2. 集計結果の共有:部門別・職種別など、わかりやすい形で開示する
  3. 改善への具体的アクション:フィードバックに基づいた変化を伝える

たとえば、「サーベイの結果、◯◯という声が多かったので、今月から△△を試験導入します」といった発信は、“声が届いている”実感を社員に与える強いメッセージになります。

  • プレゼンティーズムの改善には、個人任せでなく制度や環境の整備が不可欠
  • 産業医やEAPなどの外部資源も活用し、相談しやすい制度をつくる
  • マネジメント層への研修を通じて、心理的安全性の高い職場を醸成
  • 柔軟な働き方や1on1の導入により、不調の早期発見・対応を可能にする

まとめ

プレゼンティーズムは、誰にでも起こりうる“心と体のささやかなサイン”です。

そのサインに気づける職場こそが、人に優しく、強い組織と言えるのかもしれません。

今回ご紹介した実践策は、特別なスキルがなくても始められることばかりです。

一歩ずつでも、無理のない形で取り入れていくことで、働く人が安心して力を発揮できる職場づくりにつながります。

見えない不調を「あるかもしれない」と想像することから、健康経営は始まります。

今日からできる、ちいさな気づきと声かけを、大切にしていきましょう。

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