働き方の多様化やメンタルヘルスへの関心が高まるなかで、企業に求められる健康経営の取り組みは年々広がりを見せています。

なかでも「ストレスチェック制度」は、労働安全衛生法に基づき義務化された重要な制度のひとつです。

しかし実際には、「どう対応すればいいのか分からない」「中小企業にも義務化されるって本当?」といった疑問や不安を抱える人事担当者も多いのが現状です。

本記事では、

  • 制度の基本概要の解説
  • 違反した場合の企業リスク、未実施の場合の対応方法
  • 実施の基本フローとスケジュール
  • 費用のシミュレーションや助成金の情報
  • 高ストレス者への対応義務と注意点

までを網羅的に解説し、安心して導入できるようサポートします。

ストレスチェック義務化の背景 / 法改正の施工スケジュール

働き方改革や職場の多様性が進むなか、従業員のメンタルヘルス対策は企業にとって重要な経営課題となっています。

とりわけ「ストレスチェック制度の義務化」は、法令対応としてだけでなく、職場の健康経営を実現するうえでの起点とも言えます。

本章では、制度化の背景から、2025年に拡大された義務対象、違反時のリスクまでを網羅的に解説します。


なぜ制度化されたのか?

ストレスチェック制度は、労働安全衛生法の改正(2015年施行)により導入されました。

目的は、職場における精神的負荷(ストレス)を可視化し、うつ病などの精神疾患の予防につなげることです。

背景にある社会的課題

制度創設の背景には、以下のような労働環境の変化がありました。

これらの課題に対し、国は「一次予防」的な対策として、定期的なストレス評価と高ストレス者への早期対応を義務化しました。

制度の基本的な仕組み

  • 対象者:従業員(雇用契約のある者)
  • 頻度:年1回以上の実施
  • 目的:個人のメンタル状態の把握、および職場全体のストレス状況の分析(集団分析)
  • 対応:高ストレス者への産業医による面接指導の勧奨

制度の根幹には「セルフケアの促進」と「職場環境改善」があり、従業員本人・企業双方にとってメリットのある設計となっています。


2025年に50人未満の事業場にも義務化が決定

これまでストレスチェック制度は、「常時50人以上の労働者を使用する事業場」に限り実施が義務付けられている制度でした。

このため、多くの中小企業では「努力義務」または「任意対応」にとどまっており、制度活用が進みにくい状況が続いていました。

しかし、2025年3月14日に厚生労働省が労働安全衛生法の改正案を閣議決定

このなかで、「従業員数50人未満の事業場にもストレスチェック制度を義務化する」方針が正式に盛り込まれました。

これは、精神障害による労災の増加や、小規模事業場におけるメンタルヘルス対策の遅れが社会課題として顕在化してきたことを受けた重要な政策転換です。

現時点での義務化スケジュール(2024年〜)

年度取り組み内容
2024年度モデル事業の実施(対象:一部の中小企業等)
→ 制度導入の現実的課題・実務負荷を検証
2025年度以降法令改正に基づく段階的な義務化が施行予定(具体的施行日は今後決定)

なお、この改正法は公布から3年以内に施行される見込みであり、2025年度中の早い段階で正式な施行時期が示されると想定されます。

これにより、現在「対象外」とされていた企業も、将来的には制度対応を必須とされる可能性が極めて高い状況です。

モデル事業とは?

2024年度に行われる「モデル事業」は、法令改正の円滑な運用を目的として、50人未満の事業場を対象にストレスチェック制度を先行実施する取り組みです。

具体的には、次のような内容が想定されています。

  • ストレスチェックの実施体制(産業医・保健師の確保、外部委託の方法など)の検証
  • 実施にかかるコストや人員的負担の分析
  • 小規模事業場での情報管理・プライバシー保護体制の評価
  • 制度導入に対する従業員・管理者の反応の把握

このモデル事業の結果を踏まえて、正式な施行内容(例:猶予期間の設定、簡素化された実施方式、助成の拡充など)が検討される見込みです。


違反した場合のペナルティや企業リスク

ストレスチェックを実施したものの、報告を行っていない事業場は労働安全衛生法により、下記の罰則が定められています。

次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。

五  第百条第一項又は第三項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者

引用元:労働安全衛生法 第120条

50人以上の事業場において、ストレスチェック実施後の報告を行わなかった場合は最大で50万円の罰則金の支払い義務が課せられます。

ストレスチェックを実施した後は、速やかに労働基準監督署まで報告書を提出してください。

また他のリスクも見逃せません。

リスク1:労働基準監督署からの是正指導・行政監査のリスク

ストレスチェックの未実施や不適切な運用が判明した場合、労働基準監督署から是正勧告書や指導票の交付を受けることがあります。

これは「企業が法律に違反している状態」であることが行政的に認定されることを意味し、企業の法令遵守体制そのものが問われることになります

また、継続的な違反や改善努力の欠如が見られた場合には、企業名が公表されるケースや、他の労務管理全般に対する調査が強化される可能性もあります。


リスク2:労災認定時における企業責任の加重

従業員がうつ病や適応障害などの精神疾患を発症し、労災認定を申請した際に、企業がストレスチェックを適切に実施していなかったことが明らかになると、安全配慮義務違反として企業の過失が重く評価される可能性があります。

特に、職場環境や業務負荷に関する「集団分析結果」や「高ストレス者判定」の記録が存在しない場合、企業は「未然防止の機会を放棄していた」と見なされ、訴訟時にも不利な立場に立たされるおそれがあります。

これは単なる労災給付の問題にとどまらず、企業が損害賠償を請求される民事訴訟に発展するリスクをも意味しています。


リスク3:企業ブランド・採用力への悪影響(レピュテーション)

現在の求職者や従業員は、企業のメンタルヘルス対策やウェルビーイングへの取り組みを重要な評価基準としています。

そのため、制度未対応の企業は、従業員や求職者から「従業員を大切にしない会社」「健康管理に無関心」といった否定的なイメージを持たれやすくなります。

SNSや口コミサイトを通じてその評価が拡散されれば、採用活動や取引先との関係にも影響を及ぼしかねません。

実際に、「ブラック企業」としてのレッテルが貼られることで離職率の上昇や新卒採用の失敗に直結する事例も報告されています。


リスク4:従業員の定着率・エンゲージメント低下による経営的損失

ストレスチェックは、法令上の義務であると同時に、従業員の声を組織が受け止める仕組みでもあります。

これを形だけのものにしてしまうと、従業員は「会社は自分たちの健康に本気で向き合っていない」と感じ、心理的安全性の喪失やエンゲージメントの低下につながります。

その結果として、以下のような経営上の損失が発生する可能性があります。

  • 離職率の上昇による採用コストの増大
  • 長期休職者の増加による業務の属人化・生産性低下

これらは一つ一つが小さな損失のように見えても、企業全体で見ると数百万円〜数千万円単位の経営的インパクトにつながることも珍しくありません。

まとめ
  • 精神疾患の予防・職場改善が主な目的であり、「一次予防」がキーワード
  • 2025年には50人未満の企業も義務化の対象となりつつある
  • 未実施による法的罰則はないが、労災認定リスクや企業イメージへの影響は大きい
  • 人事担当者は、義務化を「経営リスクの低減」と「職場改革の機会」として捉えるべき

ストレスチェック制度が企業にとって不可避の対応項目となった今、実際にどのような手順で実施すればよいのかを正しく理解しておくことが重要です。

次章では、ストレスチェックの年間スケジュールや実施の基本フロー、必要な人員配置や外部委託の可否について詳しく解説していきます。

ストレスチェックの実施の基本フローとスケジュール

本章では、制度対応の実務に役立つ年間スケジュールの例から、調査票の扱いや記録保存まで、基本的なフローを網羅的に解説します。


ストレスチェックの年間スケジュール例

ストレスチェックは、労働安全衛生法第66条の10に基づき、年1回以上の実施が義務付けられています

これは単なる形式的な対応ではなく、従業員のメンタルヘルス状態を把握し、組織としての早期対応や職場環境の改善につなげるための仕組みです。

実務上、多くの企業では年度区切り(4月〜翌年3月)に合わせて実施計画を策定し、以下のような年間スケジュールで運用するケースが一般的です。

一般的な年間スケジュール(例)

主な対応内容
4月〜5月実施計画の立案、産業医・実施者の確保、前年の反省点の整理
6月〜7月従業員への事前説明、調査票の準備、対象者の抽出・管理
8月〜9月ストレスチェックの本実施(紙またはWeb形式)
10月〜11月高ストレス者の抽出、面接指導の勧奨・対応調整
12月〜1月集団分析、職場ごとの傾向把握、改善策の検討・共有
2月〜3月実施記録・報告書の整備、翌年度に向けたPDCAの策定

このスケジュールはあくまで一例であり、企業の業種や繁忙期、人員体制などによって調整が必要です。

たとえば、期末に繁忙期を迎える企業では、上半期にチェックを済ませる設計が現実的でしょう。

重要なのは、「調査票の配布 → 結果集計 → 本人通知 → 高ストレス者対応 → 集団分析」という一連の流れを組織的に確実に回せる体制を整えることです。

単発的なイベントではなく、毎年の業務スケジュールに組み込む「定例業務」として確立することが、制度定着の鍵となります。

実施した結果報告は翌年6月30日までにする必要がある

ストレスチェックを実施した企業が報告に使用するのは「様式第6(ストレスチェック実施報告書)」で、提出の期限は原則として翌年度の6月30日までと定められています。

たとえば、2024年8月にストレスチェックを実施した場合、その内容は2024年度の報告対象となり、2025年6月30日までに報告書を提出すれば問題ありません。

早めに提出することも可能ですが、面接指導などの対応が残っている場合には、ある程度の余裕をもって準備を進めるのが現実的です。

提出方法と未実施の場合の対応

トレスチェックの報告書(様式第6)は、所轄の労働基準監督署に郵送・持参・または電子申請(e-Gov)で提出することができます。

また、実施しなかった場合でも「未実施」である旨の報告は必須です。

たとえば「実施計画が間に合わなかった」「実施者が確保できなかった」といった理由でも、報告義務は免除されません。

未報告のままにしていると、労働基準監督署から是正指導を受ける可能性があるため、忘れずに対応しましょう。


誰が実施できる?(医師、保健師、外部委託の条件)

ストレスチェックの実施には、実施者の資格と役割が法律上で厳密に定義されています。

これにより、チェックが適切に行われ、従業員のプライバシーや安全が確保されるよう制度設計がされています。

実施できる専門職

以下のいずれかの資格を持つ者が、実施者として認められています。

  • 医師(産業医が多く担う)
  • 保健師
  • 精神保健福祉士または看護師(※ただし、医師の指導監督下にある場合に限る)

これらの専門職が、調査票の設計や評価基準の設定、実施後の高ストレス者の抽出、面接指導の要否判断までを一貫して担うことになります。

外部委託(アウトソーシング)の可否と注意点

中小企業や専門職が社内にいない企業では、ストレスチェックの運用を外部機関に委託するケースが一般的です。

主な委託先は以下のような機関です。

  • 産業保健支援機関(医師会・産業保健センターなど)→ 「費用はとにかく安く抑えたい」場合おすすめ
  • メンタルヘルス関連サービス提供会社 → 「職場改善までちゃんとつなげたい」場合おすすめ

外部委託を行う際は、以下のようなポイントを明確にして契約・運用する必要があります。

確認項目説明
実施者の資格委託先が法令に定められた実施者資格を持っているか(医師・保健師等)
プライバシー保護体制個人情報や結果データの取り扱いが適正に管理される体制が整っているか
責任範囲の明示高ストレス者の通知・面接指導対応・記録管理など、どこまでを委託するか契約書で明確化
費用・納期初期費用・1人あたり単価・レポート作成費・実施期間などが明瞭であるか

さらに、労働基準監督署への報告や、労災発生時のエビデンスとして記録が使われるケースあるため、信頼できる委託先を選定することが極めて重要です。

委託とはいえ、人事部門は「制度の責任主体」である点は変わりません。

外部任せにせず、実施の全体像を理解し、チェック体制の構築とフォローを適切に行うことが人事の重要な役割です。


調査票の配布・同意取得・回収・結果通知の流れ

ストレスチェック制度は、単に調査票に回答してもらうだけの仕組みではありません。

法令に準じた手順に沿って、個人情報や同意を適切に取り扱いながら、対象者の心理的安全性を守る体制を整えることが、制度運用における最大のポイントです。

厚生労働省のガイドラインでは、実施プロセスを以下の4つのステップに分けて管理することが求められています。


① 対象者への周知と同意取得

ストレスチェックの開始にあたっては、従業員に対して以下の事項を事前に十分説明し、同意を得ることが必須条件となります。

  • チェック実施の目的(メンタルヘルスの一次予防であること)
  • 回答は任意であること(強制ではない)
  • 結果は本人の同意なしに事業者へ提供されないこと
  • プライバシーと個人情報が適切に保護されること
  • 高ストレスと判定された場合の対応フロー(希望者への面接指導)

この段階で丁寧な説明が不足していると、「制度が監視目的である」と誤解され、回答率が低下することがあります。

従業員の信頼を得るためにも、制度の趣旨やプライバシーが守られることを明示することが重要です。


② 調査票の配布・回収

チェックの実施方法は「紙面方式」または「Web方式」のいずれか、またはその併用が可能です。

昨今ではWeb方式が主流ですが、ITリテラシーや業務環境を踏まえた柔軟な運用が求められます。

調査票の内容については、以下のいずれかが一般的です。

配布〜回収までの工程は、実施者(医師・保健師等)の管理のもとで行われ、結果は集計時まで事業者や人事部門が見ることはできません。

③ 結果の集計と本人通知

回収された調査票は、実施者が集計・評価を行い、各従業員に個別の結果をフィードバックします。

この際、以下の点が重要です。

  • 結果は本人にのみ通知される(第三者への無断提供は違法)
  • 結果に基づき「高ストレス者」と判定された場合は、面接指導の希望有無を確認する

ここで高ストレスと判断された従業員が面接指導を希望した場合、次のステップとして産業医との面談が手配されます(この流れについては次章で詳述します)。

④ 高ストレス者対応(次章で詳細)

本人が面接指導を希望した場合、企業は速やかに産業医等との面談を調整し、就業上の措置や業務負荷の検討を行います。

なお、本人の同意がない限り、企業側がストレスチェックの結果を閲覧することは法律上認められていません

この点を遵守することで、制度全体の信頼性が担保されます。

この一連のプロセスにおいては、「匿名性」「非懲罰性(結果をもとに人事評価をしない)」という原則を徹底することが、回答率や実施後の有効性に直結します

人事・管理部門が介入しすぎると、従業員の萎縮を招き、制度が機能しなくなる可能性もあるため、実施者の独立性を尊重する運用体制を構築する必要があります。

結果の保存義務と記録保持年数

ストレスチェック制度に関する記録は、労働安全衛生法に基づき原則5年間の保存義務が課せられています。

これは法令遵守のみならず、将来の労災対応や職場改善、行政監査への対応に備えるための実務的な備えでもあります。

保存対象となる主な情報

  • ストレスチェックの実施記録(実施日・対象者数・実施者名など)
  • 高ストレス者への対応記録(面接希望の有無、実施の有無、実施日)
  • 集団分析の結果(部署別・年次別などのストレス傾向)

保存形式と管理方法

保存形式は紙媒体・電子データいずれでも構いませんが、以下のような管理が求められます。

  • 閲覧権限の制限:​結果の保存・管理は、実施者(医師・保健師等)や実施事務従事者に限定され、これらの者以外が閲覧できないようにする。
  • セキュリティ対策:​電子データで保存する場合は、パスワード管理や暗号化など、データ漏洩・改ざん防止のための適切なセキュリティ対策を講じる。
  • 保存期間:ストレスチェックの結果や関連記録は、労働安全衛生法により5年間の保存が義務付けられている。

また、高ストレス者の情報は特定個人情報に該当し、個人情報保護法の観点からも厳格な取り扱いが必要です。

人事部門や経営者といえども、本人の同意なしに結果にアクセスすることは法的に禁止されています

まとめ
  • ストレスチェックは年1回以上の実施が義務
  • スケジュール例を参考に、余裕を持った年間計画を立てることが重要
  • 実施者には資格要件があり、外部委託する場合も条件を満たす必要がある
  • 調査票の配布から結果通知まで、適切なフロー管理と情報保護が求められる
  • 実施記録・対応履歴は5年間の保存が必要で、法令違反があれば指導対象となる可能性もある

ストレスチェックを適切に実施できたとしても、その後の「高ストレス者への対応」を怠ってしまうと、制度の効果は大きく損なわれます。

次章では、高ストレスと判定された従業員への面接指導の流れや、産業医との連携、プライバシーに配慮した実務対応のポイントについて詳しく解説していきます。

高ストレス者への対応義務と注意点

ストレスチェック制度は、調査を実施して終わりではありません。

特にに重要なのが、高ストレスと判定された従業員に対する適切なフォロー体制です。

この対応を怠ると、制度の信頼性が損なわれるばかりか、労働災害や訴訟といった重大リスクにつながることもあります。

本章では、高ストレス者の選定方法から面接指導の流れ、産業医との連携、プライバシーの保護まで、実務対応で押さえるべきポイントを解説します。


高ストレス者の選定と面接指導の流れ

ストレスチェック制度においては、調査結果をもとに「高ストレス者」を適切に判定し、必要に応じて医師による面接指導へつなげることが制度の中心的な機能のひとつです。

このプロセスは、従業員のメンタルヘルス不調の早期発見と就業上の配慮を目的としており、単なる形式的な流れではなく、組織の健康状態を守る実務的な意義があります。

高ストレス者の選定基準と判定方法

高ストレス者の選定は、使用する調査票の回答データに基づき、医師や保健師、あるいは産業保健スタッフがスコアリングを行って判断します。

厚生労働省の指針では、以下のいずれかに該当する場合に「高ストレス者」と判定されます。

  • 心理的ストレス反応(不安、抑うつ、怒り、活気の低下など)が一定以上高い
  • ストレス要因(労働時間、人間関係、裁量度)とストレス反応の両方が高い

このような基準に基づき、数値的な閾値をもとに客観的に抽出されます。

なお、この選定結果は本人に通知されるのみで、企業側が直接知ることはできません。

面接指導の申出と実施の流れ

高ストレス者と判定された従業員には、まず「医師による面接指導を希望するかどうか」の意思確認を行います。

このとき最も重要な原則が、面接指導は本人の申出があって初めて実施できるという点です。

企業が強制的に面談を命じることは、労働安全衛生法に反する運用となります。

面接指導の基本的な流れは次の通りです:

  1. 実施者がスコアに基づき高ストレス者を判定
  2. 結果を本人に通知し、面接指導を希望するか確認
  3. 本人が希望した場合、面接日時・場所を調整(原則、就業時間内)
  4. 産業医等による面接指導の実施(就業上の措置も含めて助言)
  5. 面談記録の作成と、本人の同意に基づく企業へのフィードバック

面談の場では、業務負荷、勤務時間、職場の人間関係などについてヒアリングが行われ、必要に応じて就業上の措置(残業制限、配置転換など)の提案が行われます。

面接指導は従業員の不安を軽減するだけでなく、企業としての安全配慮義務を果たす場でもあります。

単なる義務対応にとどまらず、信頼関係を構築する丁寧な対応が求められます。


産業医の関与と対応手順

面接指導は、必ず医師の資格を持つ者が担当する必要があります。

多くの場合は、企業と契約している産業医がその役割を担います。

企業側が準備すべき体制は以下のとおりです。

  • 面接を希望した従業員に対し、迅速に日程調整できる運用体制
  • 産業医が面接結果を記録し、事業者に対して必要な就業上の措置を助言できる体制
  • 面談結果に応じた柔軟な労務対応(短時間勤務、部署異動など)の意思決定体制

産業医からの助言は「意見」に過ぎませんが、その内容を軽視せず、就業管理・人事措置に反映させることが重要です。特に、面談で明らかになったストレス要因が職場環境に起因する場合、企業の対応が遅れると労災リスクが高まることに留意すべきです。


改善提案や業務調整の必要性

面接指導の実施にとどまらず、実際に職場を改善する対応がとれるかどうかが、制度の成果を左右します。

産業医の助言を参考にしつつ、必要に応じて次のような業務調整を検討します。

  • 長時間労働の是正(残業の制限、時間外申請の厳格化)
  • 担当業務の一時的な軽減やタスク分散
  • 配置転換(特にハラスメントや職場不適応の兆候がある場合)
  • フレックスタイムや在宅勤務など、柔軟な勤務制度の導入

また、高ストレス者が特定の部署に偏っている場合は、集団分析データを用いて職場単位での環境改善を実施する必要があります。

制度を「評価のためのツール」に終わらせず、改善アクションへとつなげる“仕組み”にすることが人事の腕の見せどころです。

改善措置は法的義務ではありませんが、対応を怠った結果としてうつ病の発症や労災申請に発展するリスクもあるため、企業としての誠実な姿勢が問われます。

まとめ
  • 高ストレス者は調査票スコアに基づき選定され、本人の申出があれば面接指導を実施
  • 面接は医師(通常は産業医)が担当し、就業措置に関する助言も行う
  • プライバシー保護が制度運用の大前提であり、結果の社内共有は本人の同意が必須
  • 面談後の業務調整や職場改善への具体的なアクションが重要
  • 制度の実効性を高めるためには、データ活用と組織的対応が不可欠

ストレスチェックと高ストレス者対応の体制が整ったところで、次に問われるのは「この制度をどう職場改善に活かすか」という視点です。

単なる形式的な実施にとどまらず、制度の成果を生産性や従業員満足度の向上へつなげていく必要があります。

次章では、集団分析の活用方法や経営へのフィードバック、健康経営との連携について具体的に解説します。

ストレスチェック後の改善アクション

ストレスチェックを年1回の「義務対応」で終わらせてしまうのは、制度本来の意義を半減させることにつながります。

本来この制度は、従業員の声を組織の改善に活かし、企業の持続可能な成長につなげるためのものです。

本章では、集団分析の活用法から社内風土の改革、従業員との信頼構築まで、制度を“経営資源”として最大限に活かすための具体的なアプローチを解説します。


集団分析結果の活用で職場改善につなげる

ストレスチェック制度の運用において、個人レベルの対応と同様に重視されるのが「集団分析」です。

これは、個々のストレス状態だけでなく、部署単位・職種単位・組織単位でのストレス傾向を可視化し、職場環境の改善に役立てるための仕組みです。

制度本来の目的である「一次予防(発症を防ぐこと)」を実現するには、集団分析の結果をもとに、組織的な改善アクションのPDCAを回していくことが欠かせません。


集団分析で見えてくる職場の“構造的ストレス”

集団分析では、厚生労働省が推奨する分析ツールやスコア基準に基づき、以下のような項目が数値として現れます。

  • 部署ごとのストレススコアと全国平均との比較
  • 上司の支援感や同僚との関係性のスコア
  • 仕事のコントロール度(裁量の有無)や役割の不明確さ
  • 過重労働・残業の常態化などの業務負荷指標

これらのデータは、「職場のどこにリスクが潜んでいるのか」「どの部署に負担が集中しているのか」など、職場環境の構造的な問題点を客観的に把握する材料となります。


集団分析を職場改善につなげる具体的アクション

分析結果をもとに、以下のような具体的な改善策が推奨されます。

課題改善策の例
上司の支援感が低い管理職向けの1on1研修、マネジメント研修の強化
同僚との関係性が希薄チームビルディングイベント、朝礼や雑談タイムの導入
業務量の偏り担当業務の再分配、業務プロセスの見直し
裁量がない一部業務の自由度拡大、提案制度の導入
労働時間が長い残業管理の厳格化、ノー残業デーの制度化

また、こうした改善策は翌年のストレスチェック結果により、効果を数値で評価することが可能です。

この「データ→改善→評価→改善」のループを意識的に回すことで、制度が形式的にならず、実効性を持つ組織改革の基盤になります。


メンタルヘルス対策との連動(一次予防と二次予防)

ストレスチェック制度は、企業のメンタルヘルス対策の“とっかかり”に位置づけられる施策ですが、真の効果を引き出すには、制度単体ではなく他の予防施策と連動させることが必要です。

とくに意識すべきは、「一次予防」と「二次予防」の両輪です。

予防区分概要代表的な施策例
一次予防心の病気を未然に防ぐ職場改善、研修、働き方改革
二次予防精神疾患を抱えてしまっている人の早期発見・対応ストレスチェック、面接指導、相談窓口設置

たとえば、以下のような取り組みが一次予防の一環として有効です。

  • 管理職・一般社員向けのメンタルヘルス教育研修(気づきと対処法)
  • 柔軟な勤務制度(フレックスタイム、テレワーク、時間単位年休など)
  • エンゲージメントサーベイとの併用による双方向型の職場分析

ストレスチェックは「診断」、一次予防策は「治療と予防」の役割を果たします。

これらを組み合わせることで、メンタル不調者の発生そのものを減らす環境が構築できます。


社内風土を変えるための具体的なアプローチ

数値としてのストレスリスクが明らかになっても、改善が進まない企業には共通点があります。

それが、心理的安全性が低い社内風土です。

風通しの悪さ、縦割り組織、ミスを許さない文化などがあると、従業員はストレスを感じやすく、離職にもつながります。

以下のようなアプローチが、風土改革には有効です。

  • 経営層の明確なコミットメント(メッセージ発信・行動で示す)
  • 管理職向けのストレスマネジメント研修
  • ピアサポート制度(相談しやすい同僚文化の育成)
  • 感謝・承認文化の定着(ピアボーナス、称賛カードの導入など)

風土改革は時間のかかる取り組みですが、組織の根幹を変えるためには避けて通れません。

ストレスチェックの結果は「文化の温度計」としても活用できます。


従業員から率直に回答してもらうためには?

制度を機能させる最大の前提は、「従業員が安心して本音で回答できる環境」です。

チェック結果の信頼性が低ければ、分析や改善策も意味を成しません。

従業員の信頼を得るためには、以下のような施策が必要です。

  • 結果が人事評価に使われないことを明確に周知
  • 個人が特定されない設計・匿名性の担保
  • 高ストレス者対応は本人の同意を重視し、強制的な指導を避ける
  • 制度によってどのような改善が行われたかを定期的に社内へ共有

従業員は、制度が単なる“チェックのためのチェック”で終わっているのか、それとも「自分たちの声が会社を動かしている」と実感できるものなのかを敏感に感じ取ります

制度を「自分ごと」として捉えてもらうための誠実な運用が、最終的な成果を左右します。

まとめ
  • 集団分析は職場単位でのリスク可視化と改善策立案に有効
  • ストレスチェックは一次予防(発症予防)・二次予防(早期対応)の両方と連動すべき
  • 社内風土を変えるためには、経営層の発信と管理職の巻き込みが鍵
  • 制度を信頼してもらうには、プライバシー配慮と成果の社内共有が不可欠
  • 制度活用は健康経営・エンゲージメント向上の土台となる

ここまで制度の本質的な活用方法を見てきましたが、実施には一定の費用やリソースも伴います。

中小企業や初めて導入する企業にとっては、「コストをどう抑えるか」「外部支援をどう活用するか」が大きな課題となるでしょう。

次章では、ストレスチェックに活用できる助成金・補助金の情報と、具体的な申請方法、活用事例について解説していきます。

ストレスチェックの費用と活用できる助成金・補助金

ストレスチェック制度の導入や運用には、一定のコストが伴います。

特に中小企業にとっては、費用面が導入のハードルとなることも少なくありません。

そこで、本章では、ストレスチェックの実施や職場環境の改善に活用できる最新の助成金・補助金制度について、概要や申請条件、注意点を解説します。

ストレスチェック導入にはいくらかかる?費用シミュレーションの目安

ストレスチェック制度を導入する際の費用は、実施方法や規模によって異なりますが、概算としては以下の通りです。

項目概算費用(1人あたり)備考
調査票作成・集計約300〜500円Web実施・紙調査により異なる
外部委託管理費約500〜1,000円面接指導対応・集団分析含む
面接指導(1件)約10,000〜20,000円高ストレス者対応分
合計年間3〜10万円程度(50人規模の場合)実施範囲や高ストレス者の面談数による

このように、ストレスチェック導入には一定のコストが発生するため、助成金・補助金の活用は中小企業にとって大きな支援となります。

利用可能な補助金:団体経由産業保健活動推進助成金

「団体経由産業保健活動推進助成金」は、事業主団体や労災保険の特別加入団体を対象に、産業保健活動の推進を目的として厚生労働省が設けた制度です。

主な支給対象活動

  • ストレスチェックの実施
  • 職場環境改善の支援
  • 産業医・保健師・産業保健サービス提供事業者との契約に基づく活動

助成内容

  • 活動費用の80%を助成

申請条件

  • 事業主団体や労災保険の特別加入団体であること
  • 産業保健サービス提供事業者と契約し、産業保健活動を行っていること

注意点

  • 個別の企業単位での申請はできず、団体を通じた申請が必要です。

このように、ストレスチェックの実施には一定の費用がかかりますが、助成金制度や自治体の支援制度を活用することで、費用負担を軽減することが可能です。

人事担当者が押さえるべきQ&A

Q1:費用対効果はある?人事としての導入メリット

ストレスチェックの導入には、調査票作成・実施・集計・面接指導などを含めて1人あたり数百円~1,000円程度のコストがかかるケースが一般的です(Web実施・委託方式によって変動あり)。

一方、その費用に見合う効果があるのかという疑問を持たれることも少なくありません。

結論から言えば、ストレスチェック制度は中長期的に見た「労務リスクの低減」および「組織の生産性向上」に大きく貢献する施策です。

主な導入メリットは以下の通りです:

  • 労働災害(精神障害)の早期発見・予防
  • 高ストレス者のケアによる休職・離職リスクの抑制
  • 職場の問題点の可視化と風土改善
  • 採用広報・従業員定着率向上への寄与

また、日本国内の調査(東京大学・東京海上日動健保など)でも、

・高ストレス者1人あたりの生産性低下の損失:年間約109万〜139万円

・企業の売上の8〜10%がプレゼンティーズム(会社には来ている。でも、集中できない・本来の力が出せない状態)によって失われている引用元

という報告もあります。

このようにメンタルヘルス対策への投資は「見えにくいが重要なコスト削減施策」と位置づけられます。


Q2:どのベンダーに外注すべき?選定のポイント

ストレスチェックの実施を外部に委託する場合、信頼性のあるベンダー選びが非常に重要です。

以下のポイントを押さえておくと、選定の精度が高まります。

1. 実施者の資格が明示されているか

医師、保健師、精神保健福祉士など、法的に認められた「実施者」が在籍しているかを必ず確認してください。

名ばかり委託で法令違反になるケースもあります。

2. 情報管理体制が明確か

個人情報や結果データの取り扱いが厳格であるか、プライバシーマーク(Pマーク)やISMSなどの認証があるかなど、情報セキュリティは必須項目です。

3. 集団分析や改善提案まで対応できるか

単に「調査を回すだけ」では不十分です。

分析・報告書作成・改善提案・研修など、制度活用まで見据えたサービスをしているか?を確認しましょう。

4. システムの利便性・対応範囲

オンライン対応・スマートフォン対応・多言語対応など、従業員が負担なく利用できるかも重要な比較軸です。

また、面接指導の医師手配や予約管理が可能かも併せて確認しましょう。

5. コストと契約体系の明確性

初期費用・1人あたり単価・最低契約人数・レポート作成費用など、費用体系が明確で、かつ追加費用が発生しにくい業者を選定すると予算管理がしやすくなります。

実際には、自社の課題や体制、従業員規模に応じて「最適なベンダー」は異なるため、複数社の資料請求と比較検討が推奨されます

まとめ
  • ストレスチェック制度は、中長期的にメンタル疾患の予防や組織改善につながる費用対効果の高い施策
  • 離職リスクの抑制や健康経営のPR材料としても有効
  • 外部ベンダー選定時は、資格・情報管理・分析提案力・UI/UX・価格体系を総合的に比較する必要がある
  • 自社の状況に合わせて、複数ベンダーを比較することが重要

最後に

ストレスチェック制度は、単なる法令対応にとどまらず、従業員の声を見える化し、職場の未来を形づくる大切なツールです。

制度を正しく運用することは、従業員の安心と信頼につながり、ひいては企業全体の活力と生産性を高める第一歩になります。

忙しい日々のなかでも、少し立ち止まって「心の健康」に目を向けること。それが、これからの人事に求められる新しいスタンダードなのかもしれません。本記事がその一助となれば幸いです。

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