「引きこもり」は、単なる怠けや性格の問題ではなく、心の不調や精神疾患が背景にあることも少なくありません。

長期間にわたって家から出られない、他人との関わりがつらい

――そうした状態の裏には、「うつ病」「社交不安障害」「発達障害」など、専門的な治療や支援が必要なケースもあります。

本記事では、精神科医の視点から「引きこもりと精神疾患の関係」をわかりやすく解説し、回復や社会参加に向けた第一歩を踏み出すためのヒントをお伝えします。

引きこもりとは ― 社会的孤立の背景にある心理と現実

「引きこもり」という言葉は、多くの方にとって「怠け」「甘え」「若者の問題」といった印象を抱かせやすいものです。

でも実際には、そこには「社会的孤立」「家庭内孤立」「長期化」といった深い背景があり、年齢層も若年層だけではなく、中高年にまで広がっています。

今回は、専門的な視点から「引きこもり」の定義と現状を整理し、「怠け」ではなくむしろ心の防衛反応であることの理解を深めていきましょう。


定義と現状(厚生労働省の定義・若者だけでなく中高年にも拡大)

「引きこもり(ひきこもり)」という現象について、公的にはどのように定義されているのか、また実態としてどのような年齢・期間・社会的背景の変化があるのかを、まずは整理していきます。

公的定義と概念

まず、厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」では、ひきこもりを次のように定義しています。

「様々な要因の結果として、就学(義務教育を含む)・就労(非常勤職を含む)・家庭外での交遊などといった社会的参加を回避し、原則的には6か月以上にわたっておおむね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念」厚生労働省

この定義から重要なポイントは、「単なる怠けではない」「社会的参加が著しく縮まった状態である」「6か月以上の継続期間が目安とされる」「家庭(自宅)を中心に暮らす状態」が含まれているという点です。 

また、過去には若年層(15~39歳)を中心に語られてきたものの、近年では40歳以上、さらに中高年(40~64歳)といった年齢階層でも、ひきこもり状態にある人が相当数に上ることが、調査で明らかになっています。

実態と年齢層の変化

具体的には、2019年3月に内閣府が発表した「生活状況に関する調査報告書」によると、40~64歳の「ひきこもり状態にある人」は全国で61.3万人と推計され、人口に占める割合は約1.45 %でした。

また、ひきこもり状態が長期化している実態も見えます。

たとえば、調査によれば家族会に参加したケースの平均ひきこもり期間は12.2年という報告もあります。 

「若者の問題」から「中高年も含めた、長期化・家庭内孤立・社会的孤立を伴う状態」という構図に変化があるわけです。

年齢層が拡大している背景には、社会的・経済的な変化もあります。

就職氷河期世代、非正規雇用の増加、家庭構造の変化、独居・単独世帯の増加などが、社会的参加を阻む要因として影響を及ぼしています。

例えば、総務省の統計では、年齢階層別の単独世帯数・未婚率の増加が報告されており、これが「家庭内孤立」「社会的孤立」「長期化」の背景になり得ます。

社会的孤立・家庭内孤立・長期化という視点

「社会的孤立」「家庭内孤立」「長期化」は、ひきこもり状態を理解する上で重要なキーワードです。

以下、それぞれの意味合いを整理しましょう。

  • 社会的孤立:就学・就労・家庭外での交遊といった社会参加が制限されること。上記の定義でも「社会的参加を回避」という表現が使われています。
  • 家庭内孤立:たとえ家族が家にいる環境にあっても、対話が途絶えたり、別室にこもったり、自分だけが活動を制限することで家族と隔絶してしまう状況。これも「家庭にとどまり続けている状態」に含まれ得ます。
  • 長期化:ひきこもり期間が長くなることで、社会復帰や支援開始が遅れ、年齢が高くなるほど再参加が困難になりがちです。前述の平均12年以上というデータもその一端です。

これらが重なると、「中高年ひきこもり」「長期化ひきこもり」「家庭内で閉じこもったまま社会との接点がほとんどない状態」という構図が生まれます。

これは、単なる「怠け」として片付けられるものではありません。

厚生労働省による公的ガイドラインも、「ひきこもりは単一の精神疾患ではないが、実際には精神疾患の影響を受けている可能性もある」と明記しています。 


まとめ
  • 「ひきこもり」は、社会的参加(就学・就労・家庭外交遊)を6か月以上回避・家庭にとどまり続ける状態として公的に定義されています。
  • 若年層だけでなく中高年(40~64歳)にも広がっており、年齢が上がるほど長期化・家庭内孤立の傾向があります。
  • 「怠け」や「甘え」ではなく、社会的孤立・家庭内孤立・心理的防衛反応が交差する複雑な現象であり、精神的・社会的・家庭的な要因が重なっている点が特徴です。
  • 長期化を防ぎ、早期に理解・支援につなげるため、「ひきこもっている」状態を単に放置しないことが大切。

これまで「ひきこもり」という状態の定義と現状を整理しました。

次章では、このような引きこもり状態と深く関係している「精神疾患」の観点から、うつ病・不安障害・発達障害・統合失調症など、それぞれの特徴やひきこもりに至る心理的な流れを、精神診断マニュアルであるDSM‑5‑TR・ICD‑11準拠で見ていきたいと思います。

引きこもりの原因・関係の深い精神疾患 – うつ/不安障害/発達障害/統合失調症など

「なぜ外に出られないのか」「気持ちはあるのに体が動かない」――。

ひきこもりの背景には、単なる性格や意志の問題ではなく、精神疾患や心理的な不調が深く関わっていることがあります。

実際うつ病社交不安障害、発達障害、統合失調症など、いくつかの疾患は“引きこもり”という行動として表れやすい特徴を持っています。

ここでは、それぞれの精神疾患と引きこもりの関係を、臨床的な視点からわかりやすく整理していきます。


原因①:うつ病・抑うつ状態 ― 無気力と自己否定から外出が困難に

うつ病や抑うつ状態では、脳の神経伝達物質(セロトニンノルアドレナリンドーパミンなど)の働きが低下し、思考や感情、行動のすべてに影響が及びます。

精神疾患診断マニュアルであるDSM-5-TR・ICD-11の診断基準では、「持続的な抑うつ気分」「興味・喜びの喪失」「倦怠感」「集中力低下」「自責感」「睡眠・食欲の変化」などが主要症状とされています。

こうした状態では、外出や人との関わりが「負担」や「怖さ」として感じられることが多く、次第に家の中で過ごす時間が増えていきます。

特に、長期間の抑うつ状態が続くと、「自分なんて何をしてもダメだ」「人に会っても迷惑をかけるだけだ」といった自己否定的思考が強まり、社会的孤立を深めやすくなります。

この段階では、本人も「引きこもっている」という自覚が薄いまま、無意識に社会との接点を断ってしまうことがあります。

しかし、適切な治療を受けることで回復の可能性は十分にあります。

薬物療法(SSRI・SNRIなど)や認知行動療法(CBT)、生活リズムの調整、心理社会的支援の併用によって、徐々に外出への抵抗感が軽くなっていくケースが多く報告されています。


原因②:社交不安障害(SAD) ― 対人恐怖や緊張による回避行動

社交不安障害は、「人前で話す」「食事をする」「評価される」などの状況で強い不安や恐怖を感じる疾患です。

DSM-5-TRでは、「他者から否定的評価を受けることへの強い恐れ」と「そのために回避行動をとること」が診断の中心となります。

このような不安は単なる“あがり症”ではなく、心拍数の上昇や発汗、手の震えなど、身体的な症状を伴うことも多く、本人は「外出=人に会う=恐怖」と結びつけてしまいます。

結果として、外出や職場・学校などの社会的場面を避けるようになり、やがて慢性的な引きこもりに至ることがあります。

また、SADの背景には、過去の失敗体験やいじめ、家庭内での厳しいしつけなどが関与していることもあります。

治療としては、認知行動療法(CBT)が有効であり、恐怖を引き起こす状況に少しずつ慣れていく「曝露療法」や、歪んだ思考を修正する訓練が中心になります。

薬物療法としては、SSRI系抗うつ薬が用いられることもあります。


原因③:発達障害(ASD・ADHD) ― 社会的失敗経験からの自己防衛

発達障害(ASD:自閉スペクトラム症、ADHD:注意欠如・多動症)は、引きこもりの背景として非常に重要な要因の一つです。

ASDでは、他者の感情を読み取ることや暗黙のルールを理解することが難しく、学校や職場で「浮いてしまう」「誤解される」といった経験を重ねやすい傾向があります。

その結果、対人関係に強いストレスを感じ、「自分は社会に馴染めない」と思い込んでしまうことがあります

一方、ADHDでは「忘れ物が多い」「集中できない」「ミスを繰り返す」などの特性により、他人からの評価が低下しやすく、自尊感情の低下を招きます。

これらの経験が積み重なると、失敗を避けるために社会的活動を控え、自室や家庭内に閉じこもる行動へとつながります。

DSM-5-TRやICD-11でも、ASDやADHDにおける「社会的機能障害」は診断上の重要な要素とされており、発達特性に応じた環境調整や支援が不可欠です。

カウンセリング、ソーシャルスキルトレーニング、服薬(アトモキセチンやグアンファシンなど)を組み合わせることで、社会生活への再適応を支援できます。


原因④統合失調症・双極性障害などによる社会的機能低下

統合失調症では、妄想・幻聴・思考障害などの陽性症状だけでなく、「意欲低下」「感情の平板化」「社会的引きこもり」などの陰性症状が長期に続く場合があります。

本人は現実と幻覚の区別が難しくなり、他者との交流に不安や恐怖を抱くことがあります。

そのため、症状の経過中や回復後も、再発への恐れから外出を避ける傾向が見られます。

また、双極性障害では、うつ状態の期間に引きこもりが強くなることがあります。

特に抑うつエピソード中は、気力・集中力が低下し、社会生活が難しくなることが多いです。

これらの疾患では、抗精神病薬や気分安定薬を中心とした薬物療法に加え、精神科デイケアやリワークプログラムを通じた社会機能の回復支援が有効です。


「二次的ひきこもり」:精神疾患の結果としての孤立

「二次的ひきこもり」とは、もともと精神疾患が先にあり、その結果として社会的孤立が生じている状態を指します。

例えば、うつ病や発達障害を抱える人が周囲の誤解や支援不足によって孤立し、結果的に長期の引きこもり状態に陥るケースです。

このような場合、「ひきこもり」自体が病気の原因ではなく、症状の一部または結果であることを理解することが重要です。

精神科臨床では、一次的(社会的要因が主)と二次的(精神疾患が主)を見極めたうえで、個別の治療計画を立てます。

支援機関や医療機関の連携により、段階的な外出支援・心理療法・服薬管理・家族支援を組み合わせることで、再社会参加を目指すことが可能です。


まとめ
  • 引きこもりの背景には、うつ病、社交不安障害、発達障害、統合失調症、双極性障害など多様な精神疾患が関係している。
  • 引きこもることは「怠け」ではなく、脳の機能変化や心理的防衛反応として現れている行為。
  • 発達特性や過去の失敗体験が引きこもり行動を強化することがある。
  • 精神疾患が原因の場合、治療・支援による改善が可能であり、早期受診が鍵となる。

次の章では、「自分や家族がひきこもりの兆候に気づくためのセルフチェックとサイン」について解説します。

引きこもりを見極める兆候サインとセルフチェック診断

引きこもりの状態は、単に「外に出たくない」だけではなく、心の中で苦しんでいるサインであることも少なくありません。

うつ病や不安障害などの精神疾患が背景にある場合、本人の意志だけでは抜け出すことが難しくなることもあります。

この章では、日常生活で見られる変化や、セルフチェックの視点から、引きこもりの兆候とその危険サインを丁寧に見ていきます。


日常生活で現れる症状・引きこもりの兆候(睡眠・食事・対話・感情表現)

引きこもりが始まる際、最初に表れるのは「生活リズムの乱れ」や「些細な会話の減少」など、日常の中に潜むささやかな変化です。

これは本人にとっても周囲にとっても見逃しやすいですが、心のSOSが形を変えて表出していることが多くあります。

睡眠の乱れと日中の活動低下

夜型化、昼夜逆転、不眠や過眠など、睡眠の変化は特にわかりやすいサインの一つです。

精神疾患、とくにうつ病や不安障害、統合失調症などにおいても、睡眠障害は診断基準の一部として重要視されています(ICD-11でも明示的に示されている)。

「ずっと眠い」などの変化が続いている場合は、心のバランスが崩れている可能性があります。

食欲の低下・過食

急に食事をとらなくなった、あるいは過剰に食べるようになったという変化も、内面のストレスや抑うつの表れかもしれません。

特に、無気力感とともに「食事すら面倒」と感じる場合、うつ状態が背景にあることがあります。

家族との会話の減少

「話しかけても返事が返ってこない」「必要最低限のやりとりしかしない」など、対話の回避も大きなサインです。

感情表現も乏しくなり、喜怒哀楽が見えにくくなってくると、感情鈍麻や引きこもり傾向の深刻化が疑われます。

感情の起伏が乏しい・急に怒る

引きこもりの中には、表情がなくなったり、感情の起伏が極端になったりするケースも見られます。

感情表現が乏しい場合には、感情鈍麻(emotional blunting)と呼ばれる状態があり、これは統合失調症スペクトラム障害やうつ病でも見られます。

一方で、急に怒りっぽくなる場合には、内面のストレスが限界に達している可能性もあります。


本人が感じる苦痛・家族が気づくサイン・診断リスト

ひきこもりは、本人の意志だけで起こるものではありません。

背景には「つらい」「外に出るのが怖い」「誰とも話したくない」といった、強い苦痛や恐怖があることが少なくありません。

その苦しみは言葉にならないことも多く、以下のような視点で「心のSOS」を見つけることが大切です。

家族が早めに気づけるサイン・簡易診断リスト

家族は、「以前と何が変わったか」に注目するとよいでしょう。

たとえば:

  • 趣味をしなくなった/好きなことに無関心になった
  • 身だしなみを整えなくなった(風呂に入らない、着替えない)
  • 部屋からほとんど出ない、家族との接触を避ける
  • スマホやSNSの利用が極端に増える/逆にまったく使わない
  • 「生きている意味がわからない」「消えたい」などの言葉が出る。(特に危険なサイン)

こうした変化は、単なる反抗や気分のムラではなく、「心が限界に近づいている」サインかもしれません。

まとめ
  • 睡眠・食事・会話の減少など、日常の些細な変化に注意を向けましょう
  • 感情の平板化や、突然の怒り・回避行動は「感情鈍麻」や「心のSOS」の可能性があります
  • 「無気力」「自傷」「暴力」などが見られる場合は、危険サインとして早急な対応が必要です
  • 家族の気づきが早ければ早いほど、回復への道は開けやすくなります
  • 苦しさは「甘え」ではなく、支援を必要とする“病のサイン”です

ひきこもりのサインに気づいたとき、多くの方が「でも、病院に行くほどでは…」とためらいを感じます。

ですが、精神疾患が関係している場合、適切なタイミングでの受診や相談が、回復への第一歩になります。

次の章では、「精神疾患との関係性」について詳しく掘り下げていきましょう。

引きこもりの専門的な支援・治療の選択肢

ひきこもりの状態が長期化した場合、自力での回復は難しくなることが多く、早期の専門的な支援が回復の鍵となります。

精神科や心療内科での治療に加え、地域の支援機関やカウンセリング、訪問支援など、多様なアプローチを組み合わせることで、本人の安心感と信頼関係を築きやすくなります。

この章では、精神医療や福祉サービスを中心とした治療・支援の選択肢について、具体的にご紹介します。


精神科・心療内科での診断と治療(薬物療法・心理療法)

ひきこもりの背景にうつ病、不安障害、統合失調症、発達障害などの精神疾患がある場合、医療的な介入が必要です。

精神科・心療内科では、ICD-11などの診断基準に基づいて評価が行われ、必要に応じて薬物療法や心理療法が提供されます。

診断のプロセス

初診では、問診と心理検査を通じて、症状の経過・背景・生活状況を把握します。

診断には、DSM-5-TRやICD-11のガイドラインが用いられ、うつ状態や不安、幻覚・妄想、意欲の低下などが評価されます。

また、発達障害の傾向や過去の適応不全が明らかになることもあります。

薬物療法の役割

うつ病に対してはSSRIなどの抗うつ薬、不安障害には抗不安薬、統合失調症には抗精神病薬が用いられます。

薬物療法は症状の安定化を助け、社会復帰への足がかりになりますが、あくまで「補助的な支え」として考えるべきです。

副作用や効果の出現時期などについても、医師との継続的な対話が大切です。

心理療法(認知行動療法など)

ひきこもりの原因に、過去のトラウマや対人不安、自己否定感がある場合、心理療法が非常に有効です。

認知行動療法(CBT)は、不安や回避行動に対するアプローチとしてエビデンスがあり、少しずつ「できること」を増やしていく方法がとられます。

対面での実施が難しい場合には、オンラインCBTや逐次的な短期療法も活用できます。

カウンセリング・訪問支援・家族支援の併用

ひきこもりの支援は、「病気を治す」ことだけがゴールではありません。

心のケアや生活の再構築、人とのつながりを少しずつ取り戻すために、さまざまな支援の形が必要です。

医療・福祉・心理・家族、それぞれが役割を担いながら、無理のないステップで回復を支えていくことが大切です。


カウンセリング ― 否定されない対話の場

カウンセリングは、本人が自分の気持ちや考えを安全に言葉にするための「居場所」として機能します。

ひきこもり状態にある方の中には、「自分はダメだ」「誰にもわかってもらえない」と深く思い込んでしまっている方も少なくありません。

そんなとき、診断や評価を下すのではなく、ただその人の気持ちに耳を傾け、否定せずに受け止めてくれる存在がいるだけで、心の緊張が少しずつほぐれていくことがあります。

臨床心理士や公認心理師、精神保健福祉士などの専門家が対応することが多く、1対1の対話を通して、自分自身との関係を見つめ直すサポートが行われます。

「話すことが苦手」という方にも配慮し、沈黙も大切にしながら進められますので、安心して利用できる支援の一つです。


訪問支援 ― 「外に出られない」に寄り添うアプローチ

外出が困難な方にとって、病院や支援機関に行くこと自体が大きなハードルになることがあります。

そうした場合には、支援者が自宅を訪問する「訪問カウンセリング」や「訪問看護」といった支援方法が役立ちます。

訪問支援では、本人の生活空間に合わせて対応が進められ、緊張や不安を最小限に抑えながら信頼関係を築いていきます。

「まずは顔を合わせるだけ」「玄関先であいさつをするだけ」など、小さなステップから始めることができるのも特徴です。

このような訪問型の支援は、自治体の保健福祉課や地域のNPO団体などが提供しており、精神保健福祉士や看護師、心理職など多職種が連携して対応します。

「外に出るのがこわい」という気持ちに寄り添いながら、少しずつ人と関わる力を取り戻すプロセスを支えてくれます。


家族支援 ― 本人とともに「支援される側」へ

ひきこもりの状態が長引くと、家族もまた疲れや不安を抱え、「どう接すればよいかわからない」「つい強く言ってしまって後悔している」と悩むケースが少なくありません。

そのようなご家族には、「ペアレントトレーニング」や「家族会(当事者家族向けの勉強会や相談会)」への参加がすすめられます。

これらの場では、ひきこもりや精神疾患に関する正しい知識や、関わり方の工夫、他の家族の体験談などが共有され、安心感やヒントを得ることができます。

また、第三者の専門家(臨床心理士・精神保健福祉士・精神科医など)からアドバイスを受けながら、「本人にとって負担にならない距離感」や「安心できる関係性」を探っていくことが、回復の土台を築く大切なステップとなります。

家族が孤立せず、相談できる環境を持つことも、ひきこもり支援の大事な一部なのです。


ひとつの支援ではなく「複数の支援の組み合わせ」を

カウンセリング・訪問支援・家族支援は、それぞれが単独で完結するものではなく、組み合わせて活用することに意味があります。

たとえば、本人は訪問支援から始め、少しずつ外出できるようになったらカウンセリングへ。

ご家族は同時に家族会に参加して支え方を学びながら、本人の変化に合わせて関わり方を調整していく。

このように多角的な支援を受けることで、本人の「変わりたい」「外に出たい」という芽が安心の中で育まれていきます。

焦らず、否定せず、支援者と家族が寄り添いながら、本人のペースで歩みを進めることが、回復の鍵となります。

まとめ
  • 精神科・心療内科では、ICD-11に基づく診断と薬物・心理療法が受けられます
  • カウンセリングや訪問支援を組み合わせることで、本人の安心と信頼を高めます
  • ひきこもり地域支援センターでは、公的機関として包括的な支援を無料で提供しています
  • オンライン診療やカウンセリングは、外出困難な方の重要な選択肢になります
  • 支援は「一人で抱えず誰かとつながる」ことから始まります

最終章:家族ができるサポートと関わり方

引きこもりの状態にあるご家族を支える立場として、どのように接したらよいか悩んでいる方は少なくありません。

「無理に外に出そうとして逆効果になってしまった」「つい叱ってしまったあとに自己嫌悪に陥った」など、家族の対応によって状況が悪化してしまうのではと不安になる方も多いでしょう。

この章では、引きこもりと精神疾患を抱えるご本人に対して、家族ができるサポートや関わり方の基本的な考え方を、心理学的・精神医学的な観点から丁寧に解説します。


非難や説得よりも「安心できる環境づくり」

家族はどうしても「何とかしなければ」という思いから、強い口調で外出や就労を促してしまうことがあります。

しかし、精神疾患を背景にした引きこもりの場合、無理な説得や批判は回避行動を強めてしまい、かえって本人の心を閉ざす原因になります。

特にうつ病や社交不安障害、発達障害の二次障害としての引きこもりでは、「外に出たいけど、出られない」という内的葛藤を抱えているケースが多く見られます。

このような状態では、本人の不安や自己否定感に共感しながら、まずは安心して過ごせる空間や人間関係を作ることが、最も重要な支援になります。

たとえば、

  • 責める言葉ではなく、「あなたがここにいてくれて嬉しい」といった存在を認める言葉
  • 生活リズムや食事、睡眠などの基本的な生活環境を安定させるサポート
  • 沈黙や距離を尊重しつつも、「いつでも話せるよ」という姿勢の継続的なメッセージ

といった関わり方が有効です。

これは「傾聴」や「共感的態度」を基盤とした心理療法的アプローチにも通じるものがあります。

精神科臨床では、家庭が「安全基地(secure base)」として機能することが、回復を支える土台になるとされています。

本人の内面の安心感が高まることで、徐々に外の世界とつながる力が養われていきます。


「待つ」支援と「寄り添う」支援のバランス

引きこもりのご家族を支援する際には、「何もしない」のではなく「寄り添いながら待つ」という姿勢が求められます。

本人のペースを尊重する一方で、完全に孤立させてしまうことも避けなければなりません。

寄り添い型の支援では、以下のような工夫が有効です。

  • 小さな接点を持ち続ける:毎日の挨拶や声かけ、食事の準備など、短時間でも関係性を保つ行動が大切です。
  • 「話を聞いてもらえた」という体験:否定せず、途中で口を挟まずに話を聞くことは、自己表現への恐れを和らげます。
  • 「情報提供」ではなく「共有」:支援制度や治療選択肢について、「あなたも選べるよ」という姿勢で共有することで、本人の主体性を保ちます。

また、本人の調子が良いときにのみ関わろうとするのではなく、状態が悪くても「見守る」「離れすぎない」ことが、長期的には信頼の形成につながります。

まとめ

引きこもりと精神疾患は、密接に関わるテーマです。

しかし、決して「一人の責任」ではなく、誰にでも起こり得る「心のSOS」でもあります。

焦らず、自分や家族を責めず、専門家のサポートを受けながら少しずつ前に進むことが大切です。

本記事のまとめ
  • 引きこもりは「怠け」ではなく、精神疾患が背景にあることが多い。
  • 代表的な関連疾患には、うつ病・不安障害・発達障害・統合失調症などがある。
  • 早期発見・受診により、回復や社会参加のチャンスが広がる。
  • 精神科・心療内科・地域支援センターなど、多様な支援窓口を活用できる。
  • 家族は「非難よりも共感」「急がせず見守る」姿勢が重要。

一歩を踏み出すのに勇気がいるかもしれませんが、引きこもりの背景を理解し、適切な支援につながることで、少しずつ希望の光を取り戻すことができます。

あなたや大切な人の回復の道は、必ず存在します。

【参考文献】

Hikikomori: A Society-Bound Syndrome of Severe Social Withdrawal

Prevalence of and factors influencing Hikikomori in Osaka City, Japan: A population-based cross-sectional study

Association between social isolation and depression onset among older adults: a cross-national longitudinal study in England and Japan

・Hikikomori: A Scientometric Review of 20 Years of Research

・Hikikomori, A Japanese Culture-Bound Syndrome of Social Withdrawal? A Proposal for DSM-V