年末年始が終わり、ふと「最近お酒が増えているかもしれない」と感じたことはありませんか。
そんなときに耳にするのが「ドライ・ジャニュアリー」という言葉です。1月のあいだ、あえてお酒を飲まない期間をつくるこの取り組みは、海外を中心に広がり、日本でも少しずつ注目されるようになってきました。
とはいえ、「断酒と何が違うの?」「お酒をやめるなんて自分には無理そう」「本当に意味があるの?」と、疑問や不安を感じる方も多いと思います。
この記事では、精神科医・臨床カウンセラーの視点から、ドライ・ジャニュアリーの意味や背景、心と体に起こりうる変化を、専門的かつやさしく解説していきます。
お酒との付き合い方を見直す、ひとつのヒントとして読んでみてください。
第1章|ドライ・ジャニュアリーとは何か
「ドライ・ジャニュアリー」という言葉を初めて聞いたとき、どんな印象を持たれたでしょうか。
「1か月もお酒をやめるなんて大変そう」「ストイックな健康法なのでは」と感じる方も少なくありません。ですが、実はこの取り組みは、意志の強さや我慢を競うものではなく、自分の心と体の状態を知るための“実験期間”のような位置づけで広がってきました。
この章では、ドライ・ジャニュアリーの基本的な意味や始まった背景、よく混同されがちな「断酒」との違いについて整理していきます。まずは言葉の正しい理解から、一緒に確認していきましょう。

ドライ・ジャニュアリーの意味と発祥
ドライ・ジャニュアリー(Dry January)とは、その名の通り「1月(January)をドライ=お酒を飲まずに過ごす」取り組みのことです。
発祥はイギリスで、2013年ごろから公的な健康キャンペーンとして広まりました。背景には、アルコール摂取量の増加による健康問題への懸念があります。
重要なのは、ドライ・ジャニュアリーが「病気の治療」や「依存症対策」だけを目的にしたものではない、という点です。
多くの人にとってこれは、
- 普段の飲酒習慣を一度リセットしてみる
- お酒が自分の生活や気分にどんな影響を与えているかを知る
- 無意識の習慣に気づく
といった、セルフケアや自己理解の側面が強い取り組みです。
実際、参加者の中には「1か月やってみて、改めてお酒の必要性を考えた」「やめてみたら思ったより楽だった」という声もあれば、「やめることでストレスを感じた」という正直な感想もあります。
そのどちらも、気づきとしてはとても大切なものです。
なぜ「1月」に行われるのか
ドライ・ジャニュアリーが1月に行われる理由には、心理的・社会的な背景があります。
まず、日本でも海外でも、年末年始は飲酒の機会が増えやすい時期です。忘年会、新年会、家族や友人との集まりなど、お酒が自然に生活の中心に入り込みやすくなります。その反動として、1月は「少し立ち止まって生活を整えたい」と感じやすいタイミングでもあります。
また、新年は「リセット」や「再スタート」を意識しやすい時期です。
目標設定や生活改善と同じ文脈で、「お酒との付き合い方を見直す」ことが自然に受け入れられやすいのです。
心理学的に見ても、期間があらかじめ決まっている行動変容は、ハードルが下がります。
「一生やめる」ではなく、「まずは1か月だけ」という区切りがあることで、挑戦しやすくなるのです。
「断酒」との違いを整理する
ドライ・ジャニュアリーは、しばしば「断酒」と混同されますが、両者は目的も位置づけも異なります。
一般に医療や支援の文脈で使われる断酒は、アルコール依存症など、明確な健康リスクがある場合に推奨される行動です。
一方、ドライ・ジャニュアリーは、必ずしも問題飲酒がある人だけを対象にしているわけではありません。
あくまで、
- 今の自分の飲酒量や飲み方を見直す
- 心身の変化を観察する
- 習慣としてのお酒との距離感を考える
といった「気づき」を目的とした取り組みです。
そのため、「できなかったから意味がない」「途中で飲んでしまったから失敗」という考え方は、本来の趣旨とは少し違います。
むしろ、「なぜ飲みたくなったのか」「どんな場面で欲しくなったのか」に目を向けること自体が、ドライ・ジャニュアリーの大切な価値と言えるでしょう。
「お酒をやめる」のではなく「関係を見直す」
臨床の現場でも、「お酒をやめなければならない」と思った瞬間に、強い抵抗感や不安が生じる方は少なくありません。
お酒は、リラックスや人間関係、ストレス対処と深く結びついていることが多いからです。
ドライ・ジャニュアリーは、「お酒を敵にする」取り組みではありません。
むしろ、お酒が自分にとってどんな役割を果たしているのかを、少し距離を置いて眺めてみる時間です。
この視点を持つことで、「やめる・やめない」という二択ではなく、「どう付き合うか」という柔軟な選択肢が見えてくるようになります。
- ドライ・ジャニュアリーは「1月のあいだお酒を飲まない」セルフケア的な取り組み
- 発祥はイギリスで、健康意識の高まりとともに広がった
- 目的は断酒そのものではなく、飲酒習慣や心身の変化に気づくこと
- 「一生やめる」のではなく、「まずは1か月」という区切りが特徴
- できた・できなかったよりも、気づきを得ることが大切
では、実際にドライ・ジャニュアリーを行うと、心と体にはどのような変化が起こるのでしょうか。
「よく眠れるようになった」「気分が安定した」という声がある一方で、「不安が強くなった」「イライラした」という感想を持つ人もいます。
次の章では、アルコールが心身に与える影響を踏まえながら、ドライ・ジャニュアリー中に起こりやすい変化を、医学的・心理学的な視点から整理していきます。
良い変化も、つらさも含めて、「なぜそう感じるのか」を一緒にひも解いていきましょう。
第2章|心と体に起こる変化を専門的に見る
ドライ・ジャニュアリーを実践した人の感想を見ていると、「体が軽くなった」「よく眠れるようになった」といった前向きな声がある一方で、「不安感が強くなった」「イライラすることが増えた」と戸惑う声も少なくありません。
こうした違いが生まれる背景には、アルコールが心と体に与えている影響の大きさがあります。
この章では、医学的・心理学的な視点から、ドライ・ジャニュアリー中に起こりやすい身体面・メンタル面の変化を整理していきます。「良い変化」だけでなく、「つらさを感じる理由」も含めて理解することで、自分の状態を冷静に見つめるヒントになるはずです。

身体に起こりやすい変化
まず、多くの人が実感しやすいのが、身体面の変化です。
特に挙げられやすいのが「睡眠の質」です。
アルコールは一時的に眠気を誘う作用がありますが、実際には深い睡眠(ノンレム睡眠)を妨げ、夜中に目が覚めやすくなることが知られています。そのため、飲酒習慣がある人ほど「寝たはずなのに疲れが取れない」という感覚を抱きやすいのです。
ドライ・ジャニュアリーで飲酒を控えると、
- 夜中に目が覚めにくくなる
- 朝の目覚めがすっきりする
- 日中の眠気や倦怠感が軽減する
といった変化を感じる人が少なくありません。
また、アルコールは肝臓や胃腸に負担をかけるため、飲酒を控えることで、胃もたれや食欲不振が改善したり、体重やむくみに変化が出たりするケースもあります。
これらは「体が本来のリズムを取り戻しているサイン」と捉えることができます。
ただし、変化の現れ方には個人差があります。「思ったほど変わらない」と感じる場合でも、それ自体が異常というわけではありません。
メンタルヘルスへの影響
一方で、ドライ・ジャニュアリー中に戸惑いやすいのが、メンタル面の変化です。
特に多いのが、
- 不安感が強くなった
- 気分が落ち込みやすくなった
- イライラしやすくなった
といった感覚です。
これには、アルコールが「感情調整」の役割を担っていた可能性が関係しています。
アルコールには中枢神経を抑制する作用があり、不安や緊張を一時的に和らげる効果があります。そのため、ストレス対処としてお酒を使っていた人ほど、飲まなくなったことで感情が前面に出やすくなることがあります。
これは「悪化」ではなく、むしろ「今までアルコールで覆われていた感情に気づきやすくなった状態」と考えることができます。
臨床の現場でも、「お酒を控えたら、逆に不安を強く感じた」という相談は珍しくありません。その場合、大切なのは「自分は弱い」「向いていない」と判断することではなく、「お酒がどんな役割を果たしていたのか」を理解することです。
「お酒との距離」が見えてくる心理的効果
ドライ・ジャニュアリーの大きな意義のひとつは、「お酒がない状態の自分」を体験できる点にあります。
たとえば、
- 仕事の後、どんなタイミングで飲みたくなるのか
- 人付き合いで、なぜ飲酒が必要だと感じていたのか
- 疲れたとき、本当は何を求めていたのか
こうした問いが自然と浮かび上がってきます。
このプロセスは、自己理解やセルフケアの観点から見ると、とても価値のあるものです。
お酒を「やめる・やめない」という判断よりも前に、「自分がどう感じ、どう対処しているか」を知ることが、長期的なメンタルヘルスには重要だからです。
一方で、強い落ち込みや不安、不眠が続く場合は、無理に続ける必要はありません。そうした場合には、専門家への相談や、別の形での減酒・調整を検討することも、十分に健全な選択です。
- ドライ・ジャニュアリー中は、睡眠の質や疲労感の改善を感じる人が多い
- 一方で、不安感やイライラなどメンタル面の変化が出ることもある
- これはアルコールが感情調整に使われていた可能性を示すサイン
- 良い・悪いで判断せず、「自分の変化に気づく」ことが大切
- つらさが強い場合は、無理せず別の選択肢を考えてよい
ドライ・ジャニュアリーによって見えてくる心と体の変化は、人それぞれです。
「意外と楽だった」「思った以上につらかった」――そのどちらも、今の自分を知る大切な手がかりになります。
最終章では、ドライ・ジャニュアリーを無理なく取り入れるための考え方や、注意が必要なケース、そしてこの経験をその後の生活にどう活かしていくかについて整理していきます。
完璧を目指さず、自分に合った形を見つけるためのヒントを、一緒に考えていきましょう。
第3章|無理なく取り組むための考え方と注意点
ドライ・ジャニュアリーを続ける中で、「思ったより簡単だった」「途中でつらくなった」「結局、何日か飲んでしまった」など、さまざまな感想が生まれます。
こうした反応の違いに、正解や不正解はありません。大切なのは、ドライ・ジャニュアリーを“成功・失敗”で評価しないことです。
この章では、無理なく取り組むための考え方、注意が必要なケース、そしてドライ・ジャニュアリーを「その後の生活」にどうつなげていくかについて整理します。
お酒をやめること自体を目的にするのではなく、自分の心と体を理解するプロセスとして捉えてみましょう。
完璧にやらなくていい
ドライ・ジャニュアリーで最も多い誤解のひとつが、「1か月間、完全にお酒を断てなければ意味がない」という考え方です。
実際には、途中で飲んでしまったとしても、その経験自体がとても重要な情報になります。
たとえば、
- どんな場面で飲みたくなったのか
- そのとき、どんな感情があったのか
- 本当にお酒が必要だったのか
こうした点を振り返ることは、飲酒行動の背景を理解するうえで欠かせません。
臨床の現場でも、「やめようとして失敗した経験」から多くの気づきが得られるケースは少なくありません。
むしろ、「全く我慢せずに続けられた」という人よりも、「途中で揺れた人」のほうが、自分のストレスや対処パターンを深く理解できることもあります。
ドライ・ジャニュアリーは、成果を競うチャレンジではありません。
「自分の反応を観察する期間」と捉えることで、必要以上に自分を責めずに取り組むことができます。
つらくなる人・注意が必要なケース
一方で、ドライ・ジャニュアリーがすべての人にとって安全で快適とは限りません。
特に注意が必要なのは、以下のようなケースです。
- 飲酒を控えた途端に、強い不安や不眠が続く
- 気分の落ち込みが著しく、日常生活に支障が出る
- 飲酒をやめること自体に強い恐怖や焦りを感じる
こうした反応は、アルコールが心身のバランスを保つ手段として大きな役割を担っていた可能性を示しています。
この場合、「我慢が足りない」「意志が弱い」と考える必要はありません。
むしろ大切なのは、「今の自分にとって、急激な変化が負担になっていないか」という視点です。
無理に続けるよりも、
- 飲酒量を段階的に減らす
- 休肝日を増やす
- 専門家に相談する
といった選択肢を検討することも、十分に健全な判断です。
ドライ・ジャニュアリーは、健康を守るための取り組みです。
心身の不調を我慢して続けることが目的ではない、という点を忘れないでください。
ドライ・ジャニュアリーを「その後」につなげる
ドライ・ジャニュアリーの価値は、1月が終わった瞬間に消えるものではありません。
むしろ、その後の生活にどう活かすかが重要です。
たとえば、
- 飲む頻度を減らす
- 量を決めて飲む
- 「ストレス解消=飲酒」以外の選択肢を増やす
といった形で、飲酒との付き合い方を再設計することができます。
また、「飲まない時間」を経験したことで、
- 疲れたときは早く休む
- 誰かと話すことで気持ちが軽くなる
- 運動や入浴が意外と効果的だった
など、新しいセルフケアの選択肢に気づく人も少なくありません。
お酒を完全にやめる必要はありません。
大切なのは、「なんとなく飲む」状態から一歩離れ、「自分で選んで飲む」状態に近づくことです。
- ドライ・ジャニュアリーは完璧にやる必要はない
- 途中で飲んでしまっても、そこから得られる気づきは大きい
- 強いつらさや不調が出る場合は、無理をしないことが大切
- 必要に応じて減酒や専門相談も選択肢になる
- 経験をその後の飲酒習慣やセルフケアに活かすことがゴール
ドライ・ジャニュアリーは、「お酒をやめるかどうか」を決めるためのテストではありません。
1か月という区切りの中で、自分の心と体がどう反応するのかを観察し、これまで無意識だった習慣に気づくための時間です。
飲酒を控えて楽になる人もいれば、つらさを感じる人もいます。そのどちらも、今の自分を知る大切なサインです。
完璧を目指さず、比べず、必要なら立ち止まりながら、自分に合ったお酒との距離を探していく――。
ドライ・ジャニュアリーが、そんなやさしい見直しのきっかけになることを願っています。
