「うちの子、最近学校に行かなくて…」「気づいたら腕を傷つけていて、どうしたらいいのかわからない」

──そんな不安を抱えながら、どこに相談すればいいのか分からずにいる親御さんは、少なくないのではないでしょうか。

東急田園都市線・用賀駅から徒歩1分。

ビルの5階に静かに構える「ファミリーメンタルクリニックまつたに」は、児童・思春期精神医療の専門クリニックとして、2005年の開業以来7,000例以上の子どもと家族に向き合ってきた場所です。

今回は、松谷克彦院長に、精神科医としての道のり、開業の背景、治療への考え方、そして現代の子どもたちをとりまく課題について、詳しくお話を伺いました。


精神科を志したきっかけ – 「職人技」への憧れ

編集部)本日はよろしくお願いします。まずは松谷院長が精神科を志したきっかけを教えてくれますか?

こちちらこそよろしくお願いします。

まず、自分の中で「医者になりたい」と思った根本的な動機がありました。

それは、“職人”になりたい、という感覚でした。

手に職を持ち、自分自身の技術や経験によって価値を提供する存在になりたい、という思いがあったんです。

とはいえ、医学部6年生になるまで、自分がどの診療科に進むかを決めきれていませんでした。

ただ内科などの臨床現場を回っていると、診療の多くが検査データや数値を中心に進んでいきます。

もちろんこれはこれで大変重要な医療ですが、「これは自分が思い描いていた“職人”の世界なのだろうか」と、どこか違和感を覚えるようになりました。

そんなとき、精神科の先輩医師が書いた本を読む機会があり、その本の中で、とある精神科医——戦後、九州大学で精神科教授を務めた臨床医の話が紹介されていました。

その先生は、患者さんを診て「この人は2週間後、こういう状態になるだろう」とか、「この人は表情が暗いね。病理が重いのかもしれない」といったコメントをされるのですが、それが驚くほど正確に当たるそうです。

筆者が「どうしてそこまで分かるのですか」と尋ねたところ、その先生は「前にも似た人を見た気がするんだよね。なんとなく」と答えたそうです。

その“なんとなく”という言葉に、私は強く惹かれました。

それは決して曖昧という意味ではなく、長年の経験の積み重ねによって磨かれた、言葉では説明しきれない臨床感覚——まさに職人の世界だと感じたのです。

「ここに、自分が求めていた医師としての在り方があるのかもしれない」

そう思ったことが、精神科の道に進む決定的なきっかけになりました。


クリニック開業のきっかけ──「早期ケアの実現」と「親子とじっくり向き合うための場」

編集部)ありがとうございます。職人としての精神科医に憧れたわけですね。ちなみにクリニックを開業したのはどのような背景からでしょうか?

開業の動機は大きく2つあります。

一つは、早期介入の必要性を痛感したことです。

これまで児童思春期の治療(摂食障害、家庭内暴力、統合失調症など)に携わってきましたが、思春期に問題が顕在化する子たちの多くは、幼少期から何らかのサインを出しています。

しかし、周囲が気づけなかったり、手当てする余裕がなかったりして、悪化してから病院に運ばれるケースが後を絶ちません。

もっと地域の学校と連携したり、小回りの利く場所で、学童期やそれ以前からサポートしたいと考えました。

もう一つの理由は、入院医療のあり方が変わってしまったことです。

1990年代、精神科の入院治療はある意味「患者と医療従事者たちの共同生活の場」でした。

家族が治療を全面的に医師に委ね、病院という小さな社会の中で子どもたちが育っていく。

医師や看護師が子どもと一緒に山に登ったり、年末年始を一緒に過ごしたり、二十歳になればお祝いの一杯飲む。

今では考えられませんが、昔は長期的な関わりの中で、人間関係を学び、社会性を身につけてから退院していく「育てる医療」が可能だった時代です。

しかし現在は、医療への信頼低下や、3ヶ月程度で症状が改善すれば退院を求められる時代の変化により、こうした関わり方は困難になりました。

私は患者としっかり向き合う診療方針が性に合っていたため、「それなら外来という形で、特に年少のお子さんとそのご家族にじっくり向き合う場をつくろう」と思い、その決断がファミリーメンタルクリニックまつたにの開業のきっかけになりました。


「症状」の背景にあるのは、いつも「関係性の問題」

編集部)ご説明頂きありがとうございます。ちなみに現在、来院される方の悩みとしては、どんなものが多いですか?

クリニックには不登校や自傷行為(リストカット)、激しいかんしゃくなどの相談が多く寄せられますが、これらはあくまで「行動面」の表れに過ぎません。

その背景にあるのは、多くの場合「関係性の問題」です。

子供が不安や不満を抱えたとき、親に言っても怒られる、あるいは分かってもらえない。

そうした孤立した状況で、自分自身のイライラを処理しようとした結果がリストカットや不登校なのです。


初診の流れ──信頼関係を築くことから始まる

編集部)なるほど、個人の問題ではなく周りとの関係性に着目するわけですね。実際、初診はどのような流れで進むのでしょうか?

初診では、親御さんが事前に書いた予診票(行動面の記録)はいったん横に置き、まずお子さん本人と話すことを重視しています。

会話は「どの学校に通ってるの?」「担任の先生の名前は?」といった、答えやすい客観的な質問からスタートします。

そして「先生って優しい?怖い?」といった情緒的な問いに移り、子どもが周囲の大人をどう見ているか、どれほど信頼できているかを丁寧に探っていきます。

「お母さんやお父さんが心配して連れてきてくれたと思うけど、あなた自身は何が困ってる?」

──この回答の一言が、治療の方向性を定める鍵になります。

子どもの視点を最優先にする姿勢を示すことで、「ここは自分の気持ちを話せる場所だ」という感覚が子供の中にも生まれていきます。

初診の大きな目的は、療=「子どもの気持ちを優先する場所」であることを親子の双方に理解してもらうことす。

治療のゴールは、「親の主訴(困った行動を止めてほしい)」を「子どもの主訴(分かってほしいという気持ち)」へと変換することにあるのです。

治療の中心にあるもの──「誰が、どう子どもの不安をケアするか」

治療の核となる問いは、「子どもの不安を、誰がどのようにケアするのが最適か」というものです。

最も効果的なのは、親が子どもの気持ちを共感的に受け取れるようになることです。

「辛いんだね」と気持ちをただ受け止めるだけでも、子どもの不安は大きく和らぎます。

しかし、親自身が自分の幼少期の経験(親から冷たくあしらわれたり、寂しさがあった経験)の影響から子どもにうまく関われない場合もあります。

そのような場合はまず親へのカウンセリングを先行させることもあります

クリニックには臨床心理士が複数在籍しており、プレイセラピーや個別カウンセリングを組み合わせながら、親子それぞれに必要な支援が提供されています。

子どもの問題は、子ども一人だけの問題ではなく、家族という関係性の中で生じているものだからです。

診療室の棚に飾られる、場を和ませる動物たち。

薬は「主役」ではない──薬を処方ケースはわずか1割

編集部)なるほど。子どもだけでなく、親も含めてカウンセリングしていくと。だから「ファミリーメンタルクリニック」というクリニック名なのですね。

ちなみに薬物治療など診療方針について伺ってもよろしいでしょうか?

薬物療法に対するスタンスは、一貫して慎重です。

治療は原則、認知行動療法を主軸にしており、薬を処方するのは全体の1割程度にとどまります。

特に思春期の子どもには、アルコールに近い作用を持つ抗不安薬は使用しません。

依存性のリスクに加え、理性のブレーキが外れて逆に興奮状態(脱抑制)を引き起こす危険性があるためです。

薬を使う場合も、ごく少量の抗精神病薬を「補助的に」処方する形をとります。

患者さんへの伝え方も「あなたがイライラをコントロールしようとする力を、この薬が少し後ろから後押ししてくれるよ」という言葉で説明します。

「風邪薬がウイルスを直接倒すのではなく、体が自力で治るのを助けるように、精神科の薬も本人の自然治癒力が働くまでの環境を整えるための道具」という考え方が根底にあります。

 「飲めば全部よくなる」みたいな位置づけはせず、薬への過度な期待や依存を防ぎながら、「治す主役はあなた自身だ」というメッセージを一貫して伝え続けることが重要だと思います。


昨今の悩みの傾向・変化について – AIによるカテゴリー信仰問題

編集部)薬物療法に対する慎重なスタンスがよく分かりました。親にとっても子供の薬物依存は怖いと思うので、とてもクリーンな診療方針だと感じます。ちなみに最近患者さんの悩みの傾向や変化はありますか?SNS、スマホ依存、生成AI依存など。

最近は「うちの子はADHDではないか」「ASDの傾向があると思う」と、特定の診断名を求めて来院する親子が増えている気がします。

ChatGPTなどの生成AIに症状を入力して「〇〇と言われた」と持参する方も少なくないありません。

自分や子どもを何かのカテゴリーに当てはめることで安心感を得たい──そのような感覚は理解できます。

しかし「AIの回答はあくまで統計的なアルゴリズムです。平均的な傾向を示すことはできても、『あなたの子どもだからこそ』という個別の文脈を読むことはできません」

大切にするべきなのは、その子にしか当てはまらない「唯一性(ユニークさ)」への深い理解です。

「あなたはこういう育ち方をして、今こういう状況だから、そうなるのは当然だよね」──この言葉こそが、子どもの心を開く鍵になると言います。

診断名で安心するより、その子の個別の物語を丁寧に読み解いていくことが、根本的な支援につながっていくと思います。


コロナ禍が残した「後遺症」──つながり方を知らない子どもたち

もう1つ、特に近年の変化として感じているのが、コロナ禍(2020〜2022年)が子どもたちの人間関係の発達に与えた影響です。

黙食、ソーシャルディスタンス、活動制限──あの3年間で、子どもたちは「けんかして、仲直りする」という、一見泥臭いコミュニケーションの経験を奪われました。

相手の気持ちを読んだり、衝突を乗り越えて関係を修復したりする能力は、経験の積み重ねによってしか育ちません。

その結果、集団の中でのつながり方がこなれていない子が増えているように感じます。

クラス内で居場所がなくなっても、他のクラスに友人がいれば支えてもらえる。

そうした「根っこの張り合い」が弱いために、少しのつまづきが不登校に直結してしまうケースが目立ちます。

コロナ禍の後遺症を持つ子どもたちへのケアは、今まさに必要な課題でしょう。

症状として表れた後に対処するだけでなく、予防的・早期的な関わりの重要性はこれからますます高まっていくと思います。


最後に、受診を迷っているご家族へメッセージ

編集部)なるほど、過度なカテゴリー信仰とコロナ禍の後遺症…、どちらも一つの社会問題と言えそうです。それでは最後に「自分の子を精神科に連れて行くべきか…」と迷っている親御さんに向けて、メッセージをお願いします。

精神科への受診は、早ければいいというわけではありません。

無理やり連れてこられた子どもは、かえって医療への不信感を抱いてしまうことがある。

「症状をとにかく止めてほしい』ではなく、『背景にある気持ちを一緒に考えたい』、『必要なら自分たち親も変わる覚悟がある』──そう思っていただけたときが、私たちの出番です。

薬に頼らずとも、親子の関わり方を見直し、改善するだけで数ヶ月のうちに問題が解決するケースも、決して珍しくありません。

一見遠回りに見えますが、子どもの気持ちに寄り添い、家庭の関係性を整えることが、実は一番の近道になるのです。

子どもの「問題行動」は、SOSのサインかもしれません。

その背後にある気持ちに気づき、家族全体で向き合っていく。そのプロセスを丁寧に支えるために我々は存在します。

「うちの子は大丈夫だろうか」と感じ始めたとき、一つの選択肢として頭の片隅に置いていただければと思います。

クリニック情報

ファミリーメンタルクリニックまつたに

  • 所在地:東京都世田谷区用賀4-4-8 第二福島ビル5階
  • アクセス:東急田園都市線「用賀駅」北口より徒歩1分
  • 電話:03-3704-2481
  • 診察スタイル:完全予約制。初診は院長が事前に電話で現状確認を行い、ミスマッチを防止
  • 特徴:精神療法中心・薬物療法は最小限、臨床心理士複数在籍、院内にプレイルームあり
  • 公式サイトhttps://www.matsutani-clinic.com/