「彼の言動に怯えてしまう」「怒らせないように気を遣ってしまう」――そんな日常が続いているなら、それはもしかするとDV(ドメスティック・バイオレンス)のサインかもしれません。
DVは身体的な暴力だけでなく、言葉や態度による心理的支配やモラハラなど、目に見えにくい形でも起こります。
この記事では、DV加害者となりやすい男性の心理や特徴、そして被害者が取るべき安全な行動と心のケアについて、専門的な視点からわかりやすく解説します。
DVとは?定義・診断チェックリスト
家庭や恋人との間で起こる暴力や支配行動は、「DV(ドメスティック・バイオレンス)」という言葉で広く知られるようになりました。
しかし一方で、DVの定義や種類については、誤解や偏ったイメージが根強く残っているのも事実です。
「怒って叱っただけ」「愛しているからこその行動」といった言い訳の裏に、暴力や支配の構造が隠れていることも少なくありません。
この章では、DVの正確な定義と分類、そして関係性ごとの特徴について、精神科的な視点も交えて丁寧に解説していきます。
身体的・精神的・性的・経済的・社会的DVの分類
DVは単に「殴る・蹴る」といった身体的暴力にとどまらず、多様なかたちで人を傷つけ、支配しようとする行動全般を含みます。以下に、代表的なDVの分類を紹介します。
身体的DV
暴力の中でも最も認識されやすいのが、身体への直接的な攻撃です。
殴る・蹴る・物を投げつける・髪を引っ張る・首を絞めるなどの行為はもちろん、壁を殴る・机を叩くなど「威嚇によって恐怖を与える行為」も身体的DVに含まれます。
これらは明確に身体への危害を加えるものであり、緊急性・危険性が高いとされます。
精神的DV
「お前なんて誰にも相手にされない」「バカじゃないのか」などの暴言や侮辱、無視、人格否定、過剰な束縛、無視による制裁など、心理的に相手を傷つける行動もDVです。
これは見えにくく、自分が被害者であると気づきにくい特徴があり、長期的な精神的ダメージにつながることがあります。
特にうつ病、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の引き金になるケースも少なくありません。
性的DV
本人の意思に反して性行為を強要することは、結婚していても明確な性的DVです。
「夫婦なのだから応じるのが当然」という考え方は、相手の同意を無視した一方的な支配であり、性的虐待にあたります。
また、避妊をさせない・ポルノの強要・性器への暴力・羞恥心を煽る言動なども含まれます。
経済的DV
お金の使い方を一方的に管理・制限する行為もDVに該当します。
たとえば「生活費を極端に与えない」「収入をすべて取り上げる」「働かせない」「勝手に借金を作る」などです。
経済的自由を奪われることで、被害者が加害者から逃げ出せなくなる構造が生まれます。
社会的DV
友人や家族との関係を遮断する、SNSやスマホの履歴を監視する、外出や連絡を制限するといった行動も、相手を社会的に孤立させるDVです。
これにより、被害者が「逃げる場所も相談相手もいない」と感じるようになり、支配関係が強化されていきます。
「怒り」「しつけ」「支配」の違いを整理する(境界線の理解)
DVの判断を難しくするのが、「これはしつけなのか、怒りなのか、それとも暴力なのか?」という曖昧さです。ここでは、その違いを丁寧に整理してみましょう。
怒りと暴力は違う
人間である以上、怒りの感情が湧くこと自体は自然です。
しかし、怒ったからといって人を傷つけていい理由にはなりません。
「怒り」は感情ですが、「暴力」は行動です。
怒りを感じても、それをコントロールし、適切な形で表現することが求められます。
しつけと支配の違い
しつけとは、相手の成長や自立を目的とした指導です。
対して支配とは、相手の自由を奪い、自分の意のままに操ろうとする行為です。
たとえば「夜遅くまで遊ぶな」と言う場合でも、それが相手の体調や安全を気遣った言葉ならしつけですが、「言うことを聞かないと殴る」という脅しが伴えば、それは支配です。
無自覚な加害性に気づく
「そんなつもりじゃなかった」「自分もストレスがたまっていた」という言い訳の陰には、自分の行動の影響に無自覚な加害性が潜んでいます。
DVは、加害者の「意図」ではなく、相手に与える「影響」で判断されるべきです。
- DVは身体的暴力だけでなく、精神的・経済的・社会的支配も含む広い概念
- 恋人・夫婦・家族など親密な関係でこそ、DVは見えにくくなる傾向がある
- 怒りやしつけとDVは異なる概念であり、相手の尊厳を奪う行為はすべてDVと捉える視点が大切
- 「自分には関係ない」と思っている人ほど、無自覚な加害性を抱えている可能性がある
DVに関する正しい理解を深めることで、自分自身の関係性を見直すきっかけが生まれます。
しかし、それだけでは不十分なこともあります。特に男性がDV加害者となる背景には、社会的・心理的な要因が複雑に絡んでいます。
次の章では、「なぜ男性がDVに及んでしまうのか?」という加害側の心理や行動パターンについて、精神科医の視点から掘り下げていきます。
男性がDV加害者となる心理背景・原因
DVの加害行動は、「怒りっぽい性格だから」「愛情が強いから」といった単純な理由では説明できません。
実際には、心理的な未解決の課題や、ストレス、環境要因が複雑に絡み合っています。
中には、自分では「DVをしている」という自覚がないまま、相手を支配してしまう男性も少なくありません。
この章では、男性がDV加害者となる心理的背景を、臨床的視点から丁寧に解説していきます。
支配欲・依存・トラウマ(幼少期の暴力体験)
男性がDVを行う背景には、「支配」と「依存」という相反する感情が同居していることがあります。
支配欲とは、相手を自分の思い通りに動かすことで安心感を得ようとする心理です。
裏を返せば、自分の中にある「不安」や「無力感」に耐えられず、相手をコントロールすることで心の安定を保とうとしているのです。
幼少期の体験が影響することも
精神医学の臨床では、幼少期に暴力を目の当たりにした人が、成人後に同じパターンを繰り返すケースが確認されています。
たとえば、子どもの頃に「父親が母親を怒鳴る姿を見て育った」場合、それが「親密な関係では怒鳴るのが当たり前」という無意識のモデルになることがあります。
これは「トラウマの再演(リピティション・コンパルション)」と呼ばれ、過去の痛みを無意識に再現してしまう心理的現象です。
依存関係からの支配
DV加害者の中には、実はパートナーへの依存が非常に強い人もいます。
「離れたら生きていけない」と感じるほど相手に執着し、その不安を埋めるために暴力で関係をつなぎ止めようとするのです。
このような「愛情と支配の混同」は、共依存的な関係を形成しやすく、被害者側も「怒らせた自分が悪い」と思い込みやすくなります。
感情の扱い方を知らない男性たち
日本の男性の中には、幼い頃から「泣くな」「弱音を吐くな」と感情表現を抑え込まれて育った人も少なくありません。
その結果、「怒り」だけが唯一の感情表現として残ってしまうことがあります。
自分の悲しみや孤独を「怒り」で覆い隠す――このパターンは、DV加害行動の深層にしばしば見られます。
ストレス・アルコール・職場要因などの影響
DVの引き金となる外的要因の一つに、「ストレス環境」があります。
長時間労働や職場でのプレッシャー、経済的不安、人間関係の摩擦など、慢性的なストレスが積み重なることで、感情のコントロールが難しくなることがあります。
ストレス自体がDVの直接的原因ではありませんが「怒りのはけ口」として家庭内の安全な相手に向けてしまうケースは少なくありません。
アルコールの影響
アルコールは抑制機能(理性)を低下させ、攻撃的な衝動を高めます。
特に飲酒習慣が長い人や、依存症傾向がある場合には、飲酒時にDVが起こる頻度が高まる傾向があります。
研究によれば、DV加害者の一定数はアルコール使用障害を併発しており、暴力のパターンと飲酒行動が結びついていることが指摘されています。
アルコールをやめるだけで暴力行為が減少するケースも多く、精神科的な介入(依存症治療・心理教育)は有効です。
職場文化と「男らしさ」へのプレッシャー
職場での上下関係や「男は強くあるべき」「感情を出すな」といった価値観が、家庭内でも持ち込まれることがあります。
職場で感じる屈辱や無力感を「家では自分が主導権を握ることで取り戻す」――この心理構造も、DVを助長する要因です。
つまり、DVは個人の問題であると同時に、「社会的なジェンダー規範」が影響する問題でもあるのです。
- 男性がDVを行う背景には、「支配」と「依存」という相反する心理がある
- 幼少期の暴力体験や感情抑圧など、無意識のトラウマが再現されることがある
- ストレス・アルコール・社会的プレッシャーがDVの引き金となる
- DVの自覚を持つことが、加害行動を止める第一歩になる
DVは単なる「暴力」ではなく、心の傷や社会構造の反映でもあります。
では、逆に男性が被害者になるケースはどうでしょうか。
実は、男性が女性から暴力や精神的支配を受ける「男性被害DV」も少なくありません。
次の章では、社会的に見過ごされがちな「男性が被害者となるDV」の実態と、支援を受けるための方法について解説します。
男性がDV被害者となるケースもある
社会通念として「DV=男性加害者・女性被害者」という構図が根強く残っており、男性が声を上げにくい現状がありますが、しかし実際には、女性から男性への暴力や精神的な支配も確かに存在しており、深刻な精神的・社会的ダメージを引き起こします。
この章では、男性被害者としてのDVの実態と、それが社会に見えにくくなってしまう構造について掘り下げていきます。
女性からの暴力・モラハラ・経済的支配
DVは「力の強い男性が弱い女性にふるうもの」というイメージが強いですが、性別にかかわらず、人は誰でも加害者にも被害者にもなりえます。
男性がパートナーである女性から暴力やモラルハラスメント(モラハラ)を受ける事例は、近年ようやく社会的に注目されるようになってきました。
身体的暴力も存在する
女性が男性に対して平手打ちをしたり、物を投げつけたり、爪でひっかいたりするなど、身体的な暴力をふるうケースは少なくありません。
多くの男性は「これくらい我慢すべき」と思いがちですが、それが日常的に繰り返されると、心身への影響は甚大です。
また、力で反撃した場合に「暴力をふるったのは男のほう」と認識されるリスクを恐れ、抵抗できないまま関係が継続してしまうこともあります。
このような状況は「相手に逆らうと社会的に不利になる」という恐怖感を伴い、心理的な支配構造を形成します。
精神的なモラルハラスメント
「あなたが全部悪い」「情けない男ね」など、人格を否定するような言動が繰り返されることで、男性の自己評価が大きく傷つきます。
加えて、無視、責め立て、感情の起伏で相手を翻弄する行動なども、典型的なモラハラの特徴です。
こうしたモラルハラスメントは、表面上は「会話のやりとり」に見えても、継続することでうつ病や不安障害などの心身症状を引き起こすリスクがあります。
経済的DV
男性が家計を握っているとは限りません。
たとえば、女性側が資産や収入を持ち、男性には一切の自由なお金を与えず、生活費や移動費さえ制限することもあります。
また、共働きであるにもかかわらず「家事はすべてあなたの役目」と強要されることで、精神的な疲弊や自己肯定感の低下が生まれることもあります。
経済的な自由を奪われた男性は、離れたくても離れられない「心理的拘束」の状態に陥りやすく、DVからの脱出が難しくなる要因となります。
子どもを介した心理的支配
離婚後の共同親権問題や、子どもに会わせてもらえない・悪口を吹き込まれるといった状況も、心理的なDVの一種と考えられます。
子どもを利用して相手を精神的に追い詰める行動は、性別を問わず非常に深刻な影響を与えます。
男性被害者が声を上げにくい社会構造
男性がDVの被害を受けていると訴えることには、大きな壁があります。
それは、個人の弱さではなく、社会全体の構造や文化によって作られた「抑圧された男性性」によるものです。
「男が被害者になるはずがない」という偏見
多くの人は、「男なんだから暴力くらい我慢できるだろう」「泣くなんて情けない」といった無意識の偏見を持っています。
このような価値観は、男性自身にも内面化されており、たとえ被害を受けても「自分が弱いからいけない」「男なのに情けない」と自己否定に陥りやすくなります。
このような社会通念のもとでは、男性が被害を打ち明けることは、「男らしさを失うこと」と感じられ、沈黙を強いられる原因になります。
相談先が少ない・対応が遅れている
日本ではDV支援の多くが「女性被害者」を前提に構築されており、男性被害者が安心して相談できる場所はまだ限られています。
加えて、行政や支援機関に相談しても、「それはDVではないのでは?」「もっと大変な人もいますよ」と軽視されてしまうケースもあります。
このような経験を通して、「やっぱり男性は相談しても無駄だ」という無力感を抱いてしまう人が少なくないのです。
- 男性がDV被害者になるケースも現実に存在する
- 女性からの身体的暴力、モラハラ、経済的支配などもDVの一種
- 社会的な偏見や「男らしさ」の価値観が、被害の可視化を妨げている
- 支援体制はまだ十分とは言えず、男性被害者が孤立しやすい構造がある
- 被害の自覚を持ち、「これはおかしい」と感じたら相談につなげることが大切
男女問わずDVから抜け出すためには、まずは「安全を確保すること」が最優先になります。
次の章ではDVの経験を経た方がどのように自己回復し、新しい人生を歩み始めていけるのか――その過程に寄り添いながら、回復のステップと支援リソースをご紹介します。
DVを止めるための心のトレーニング・改善方法
DV(ドメスティック・バイオレンス)を繰り返してしまう背景には、感情のコントロールが難しい状況や、関係性における「支配・依存のクセ」が深く関わっていることが多くあります。
たとえ本人が「もう暴力はやめたい」「相手を傷つけたくない」と思っていても、気づけば怒りが爆発してしまう。
――そんな方に必要なのは、自分自身の内側と向き合い、心のトレーニングを重ねることです。
この章では、DVを止めるためにできる具体的な感情コントロール法や、関係性の見直し方、そして修復か距離を取るかの判断軸について解説します。
怒り・不安のコントロール方法(呼吸法・感情日記など)
DVの根底には、突発的な「怒りの爆発」や、「不安・孤独」を暴力で解消しようとする無意識の反応があります。
まずは、自分の感情を“認識”し、“距離を取る”ことが重要です。
怒りは「感じていい」もの ―― ただし行動に移す前に止まる
怒りは自然な感情です。
問題なのは、その怒りを「殴る」「怒鳴る」「支配する」という形で表現してしまうことです。
怒りに任せた行動を抑えるためには、脳が“感情”に支配される瞬間を少しでも遅らせる必要があります。
① 呼吸法(自律神経を整える)
怒りを感じたとき、まず3回、ゆっくりと深呼吸をしてください。
4秒で吸って、7秒で止め、8秒で吐く「4-7-8呼吸法」は、副交感神経(リラックスをつかさどる神経)を刺激し、衝動的な行動を抑える効果が科学的に認められています。
② 感情日記(感情に名前をつける)
自分の感情に“名前”をつけることは、自己理解の第一歩です。
例えば、「今日の夕食の場面で『無視された』と感じて怒りがわいた。でも本当は『寂しかった』『大切にされたい』という気持ちがあった」と書き出すことで、怒りの“奥にある感情”に気づくことができます。
毎日5分、手書きやスマホでの記録を続けることで、感情の傾向やパターンが見えてきます。
これは、認知行動療法(CBT)でも使われる実証済みのアプローチです。
③ ストップ法(反射的な行動を遮る)
感情が高まったときに「STOP!」と自分に言い聞かせる、あるいは手首に輪ゴムをつけて軽く弾くなどの身体的なサインを使う方法も有効です。
これは自傷衝動や依存症治療にも応用されている方法で、“今ここ”に意識を戻すトレーニングになります。
共依存・支配的関係からの脱却
DVは「加害者と被害者」という関係だけでなく、しばしば「共依存関係」として深く絡み合っています。
支配する側・される側の両者が、互いの存在によって自分の価値や安心を保っている構造があるのです。
「愛しているから支配する」は危険なサイン
「誰とも会わないで」「あなたのために怒ってるんだ」という言葉は、一見“愛情”のように聞こえますが、その実態は「コントロール」です。
愛情と支配の境界を見失っている場合は、自分の「相手を思いやるふりをして、実は支配している」行動を振り返る必要があります。
共依存の特徴とは?
DSM-5-TRやICD-11では、共依存という診断名は明記されていませんが、依存症やパーソナリティ障害、境界性機能に関する構造の一部として理解されます。
以下のような特徴がみられることがあります:
- 相手の機嫌や言動に過剰に振り回される
- 自分の欲求を後回しにしてまで相手に尽くす
- 相手がいないと不安で、関係を切れない
- 相手の暴言や暴力を「自分が悪いから」と解釈する
このような関係性から抜け出すには、「自分軸」を取り戻す作業が必要です。
「関係を修復する」「距離をとる」の判断基準
DVが起きた関係の中には、「もう一度やり直したい」という思いがある場合もあれば、「これ以上一緒にはいられない」と限界を感じている場合もあります。
この判断は、被害者・加害者どちらにとっても難しく、迷いの多いテーマです。
「やり直す」と決めるときに必要な条件
暴力が一度でも起きた場合、関係修復には以下のような要素が必要になります:
- 加害者が暴力を認め、責任を取る姿勢がある
- 再発防止のために自発的にカウンセリングやプログラムに参加している
- 相手への謝罪や賠償だけでなく、自身の生き方を見直している
- 被害者が「本当にもう一度信じたい」と心から思えている
「感情的に離れられないから一緒にいる」という選択は、再び同じ苦しみを繰り返す原因になります。
「距離を取る」ことも“責任ある選択”
関係を終わらせることは、「逃げ」ではありません。
むしろ、自分も相手も壊さないために必要な“勇気ある判断”です。
心理的な距離を取り、生活環境を分けることによって、冷静な視点が持てるようになり、「本当にどうしたいのか」が見えてくることがあります。
支援機関や弁護士と連携しながら段階的に距離を置くことも一つの戦略です。
- 怒りは「抑える」のではなく「気づいて距離を取る」ことが重要です
- 呼吸法・感情日記・STOP法などは感情を整理するための基本ツールです
- 共依存関係にあると、DVを繰り返しやすい構造になります
- 自分の価値を“他人の反応”ではなく“自分の内面”で確認する練習が必要です
- 関係修復には“再発防止の努力”と“対等な信頼関係”の回復が欠かせません
- 距離を取る判断も、未来への誠実な選択の一つです
最終章では、DVの関係から離れるための具体的な行動――法的支援やカウンセリング、相談機関の活用方法について、実践的に解説していきます。
最終章、関係を終わらせたい場合:警察や弁護士への相談
暴力的な関係に置かれていると、自分の感情や判断力が徐々に鈍らされ、「逃げたいのに動けない」「本当に助けを求めていいのか分からない」と感じる方も少なくありません。
この章では、安全確保や法的支援、心のケア、周囲との関係の築き直しなど、被害からの回復を目指すうえで重要なステップをご紹介します。
安全確保と法的支援(警察・弁護士・保護命令)
DV関係から離れる際、まず最優先に考えるべきなのは「身の安全」です。
暴力はエスカレートする傾向があり、命に関わるケースも少なくありません。ご自身の安全を守るために、第三者の介入や法的手続きを利用することは決して「大げさ」ではなく、必要不可欠な選択です。
緊急時の対応:命を守るためにできること
緊急の場面では、迷わず110番通報をしてください。
加害者がその場にいても、通報によって警察が介入し、一時的な保護を受けることが可能です。
地域によっては、警察と連携して被害者支援センターや女性相談支援センターが設置されており、安全な一時避難先(シェルター)に繋がることができます。
また、警察は「被害届」や「実況見分」などの法的な記録を作成してくれるため、後の手続きの証拠としても有効です
DVは刑法上の暴行・傷害罪に該当する行為であり、警察の介入は正当な権利の行使です。
保護命令制度の活用
加害者からの接近・連絡・待ち伏せなどを防ぐために、「保護命令」という制度があります。
これは家庭裁判所に申し立てることで発令され、加害者が命令に違反した場合には刑罰(6か月以下の懲役または50万円以下の罰金)も科される強力な措置です。
保護命令には次のような種類があります:
- 接近禁止命令(自宅や職場への接近・電話等を禁じる)
- 退去命令(加害者に自宅からの退去を命じる)
- 子どもへの接近禁止命令
- 被害者の親族などへの接近禁止命令
この制度を活用するには、医師の診断書や警察の記録などの証拠を整えて、家庭裁判所に申し立てる必要があります。
弁護士を通じて進めるとスムーズですが、自治体の女性相談センターなどでも手続きのサポートを受けられます。
弁護士・法テラスの利用
法的な手続きや離婚・慰謝料・親権などに関する相談は、弁護士に依頼することが有効です。
経済的に厳しい場合でも、「法テラス(日本司法支援センター)」を通じて無料相談や弁護士費用の立替制度を利用できる場合があります。
DVの被害者は優先的に支援を受けられることもあるため、早めの相談が重要です。
心のケア(カウンセリング・トラウマ治療)
DVから離れたあとも、「私は悪くないのに、なぜか罪悪感が消えない」「怖くて夜が眠れない」といった心の傷が残ることは珍しくありません。
暴力を受け続けたことで、自己肯定感が低下し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ状態に陥る方もいます。
心のケアは、回復へのもう一つの大切な柱です。
DVと心的外傷:見えない傷の存在
精神的なDV(人格否定、無視、暴言、経済的な支配など)は、時間とともに人の心をむしばんでいきます。
DSM-5-TRおよびICD-11においても、繰り返される心理的暴力がPTSDや適応障害のリスクを高めることが指摘されています。
これらの症状は、日常生活や人間関係に深刻な影響を及ぼすことがあります。
カウンセリングの効果と種類
心の傷は、信頼できる第三者との対話によって、少しずつ癒されていきます。
臨床心理士や公認心理師によるカウンセリングでは、自分の気持ちを言語化し、否定されない経験を積むことで、「自分は守られる存在だ」と再認識することができます。
また、DV被害に特化した支援者によるカウンセリングでは、加害者との関係性やトラウマに特化した認知行動療法(CBT)やトラウマ焦点化療法(TF-CBT)などの心理療法が用いられることもあります。
周囲の理解を得るためのステップ(職場・家族への相談)
DV関係から抜け出しても、現実的には「職場にどう説明すればいい?」「家族に言えない」といった新たな壁に直面することがあります。
孤立を深めてしまうと、回復の道のりも長くなってしまいます。
自分の状況を少しずつ周囲に共有していくことは、生活の安定と心の安心感に繋がります。
職場への相談:配慮と支援を得るために
DVによる休職や通院、引っ越しなどの事情を職場に説明するのは勇気が要ることです。
しかし、労働者には「安全配慮義務」があり、勤務先も労働安全衛生法やハラスメント対策の観点から、相談を受け止める義務があります。
産業医・労務担当・上司など、信頼できる人を選び、必要最低限の情報を丁寧に伝えることで、勤務調整や在宅勤務の配慮、通院・カウンセリングの時間確保などのサポートが受けられる可能性があります。
家族・友人への相談:孤立しないための一歩
DV被害を打ち明けることには、恥や恐怖、罪悪感が伴うことが多いです。
しかし、適切な支援を得るためには、信頼できる人に話すことが第一歩となります。
完全な理解を求めなくても、「心配してほしい」「今こんな状況だと知っていてほしい」と気持ちを表現するだけで、孤独感はやわらぎます。
必要であれば、相談先に同席してもらう、支援機関からのパンフレットを一緒に読んでもらうといった方法も有効です。
- DVから抜け出すには、まずは「身の安全確保」が最優先です
- 保護命令や法的支援制度を活用して、加害者と距離を取ることができます
- 心のケアも重要であり、PTSDやトラウマには専門的な支援が効果的です
- 職場や家族など、信頼できる人との繋がりを少しずつ再構築しましょう
- 一人で抱え込まず、支援機関や相談窓口に助けを求めることは「自立」の第一歩です
本記事のまとめ
DVの問題は、表面には出にくい心の支配や恐怖の積み重ねから始まります。
被害者は「自分が悪いのかも」と感じやすく、逃げることすら難しくなってしまうことがあります。
しかし、あなたの感じている苦しさや不安には必ず理由があります。まずは「これはDVかもしれない」と気づくことが、回復への第一歩です。
支配や暴力を振るう男性には、幼少期のトラウマやストレス、依存傾向などの心理的背景があることもありますが、その理解と被害者の安全は別の問題です。
大切なのは、あなた自身の安全を最優先にすること。一人で抱え込まず、専門家や支援窓口に相談することで、状況を変える力を取り戻せます。
本記事のまとめ
- DVは身体的暴力だけでなく、言葉・態度・経済的支配など多面的に起こる
- DV加害者には、支配欲・依存・トラウマ・ストレス耐性の弱さなどが関係することがある
- 被害者は自己否定感に陥りやすく、「自分が悪い」と思い込まないことが重要
- 安全確保(避難・記録・相談)が最優先
- 心のケアとして、臨床心理士・カウンセラー・専門機関への相談が有効
あなたの心と身体が安心できる環境を取り戻すことは、決してわがままではありません。
どうか、少しの勇気をもって助けを求めてください。あなたの安全と回復を支える人たちは、必ずいます。
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【参考文献】
高井由起子「女性への暴力加害者プログラムの実践に関わる実証的研究」
森下順子・安田学・福田公子・小林聡幸・須田史朗「わが国の判例からみたDV(ドメスティック・バイオレンス)被害者の現状と課題:男性被害者の検討」