「理由もないのにイライラして、家族に当たってしまう」
「夜、なかなか眠れない…」。
そんな心と体の不調に、一人で悩んでいませんか?
それはもしかしたら、産前産後や更年期の、女性特有のホルモンバランスの乱れが影響しているかもしれません。
産前産後や更年期には、ホルモン変化、睡眠不足、ストレス、身体疾患などが重なり、心身の不調が出ることがあります。
漢方医学では、こうした女性のライフステージに伴う精神神経症状や身体症状を「血の道症(ちのみちしょう)」と捉えることがあります。
そんな女性の心身の波を穏やかに整える目的で処方される漢方薬があります。それが今回ご紹介する「女神散(にょしんさん)」です。
この記事では、
- 女神散とは何か?
- 女神散はどのような不調に効くのか?
- 他の漢方と何が違うのか?
- 副作用などの注意点は?
などをあなたの心に寄り添いながら、分かりやすくお伝えします。
女神散(にょしんさん)とは?女性のライフステージ・自律神経の悩みに効く理由
江戸時代から続く「女性の守り神」のような漢方薬
「女神散(にょしんさん)」という名前を初めて聞いたとき、どこか神秘的で救われるような響きを感じる方も多いのではないでしょうか。
この薬剤は、江戸時代の名医・浅田宗伯(あさだそうはく)が、当時の女性たちが抱えていた特有の不調を改善するために「安栄湯(あんえいとう)」という処方を改良して広めたものです。
現代の医学的分類においても、更年期障害や、月経前不快気分障害など、ホルモンバランスの変動が精神症状に影響すると考えられる疾患はいくつか存在します。
女神散は、まさにこうした女性のライフステージに伴う「血の道症(ちのみちしょう)」、つまり月経、妊娠、出産、更年期など女性ホルモンの変化に伴って現れる精神不安への選択肢として長く愛されてきました。
精神科の臨床現場では、症状の程度、生活への支障、希死念慮の有無、妊娠・授乳の状況などを評価したうえで、心理社会的支援に加えて薬物療法を検討することがあり、この女神散も候補となることがあります。
特に、のぼせやイライラなど気の上衝と言われる「気逆(きぎゃく)」の状態や、血の巡りが滞る「瘀血(おけつ)」という状態が関与する症状に対して用いられることがあり、まさに現代女性の「守り神のような存在」と言えるでしょう。
女神散に含まれる成分と構成(気・血の巡りを整える)
女神散がなぜこれほどまでに多岐にわたる不調に効くのか。
その秘密は、絶妙なバランスで配合された非常に多くの生薬にあります。生薬の構成は製剤(製造している製薬会社)や流派によって若干異なり、同じ「女神散」でも、構成する生薬が20種類となることもあれば、10〜15種類程度となることもあります。
一般的な漢方薬が5〜10種類程度の生薬で構成されることが多い中、これほど多くの成分が含まれているのは、女性の不調が複雑に絡み合っていることを当時の医師たちが深く理解していた証左でもあります。
主な構成生薬とその働きを専門的に紐解いてみましょう。

- 熱を冷まし、精神を安定させる群(黄連・黄芩など) 「黄連(おうれん)」や「黄芩(おうごん)」は、清熱薬(せいねつやく)として分類され、体内にこもった熱とされる状態を鎮める作用があると考えられています。
- 漢方医学では、イライラやのぼせを「熱」や「気逆」などの概念で捉えることがあります。これらの生薬は、そうした状態に対して用いられます。
- 血(けつ)の巡りを改善し、栄養を補う群(当帰・川芎など) 「当帰(とうき)」や「川芎(せんきゅう)」は、漢方における血(けつ)を補い、血行を促進する代表的な生薬です。
- 漢方では、血の巡りの乱れが、肩こりや頭痛、めまいなどの不調と関連すると考えられており、これらの症状に対して用いられます。
- 気を巡らせ、停滞を解消する群(木香・香附子など) 「木香(もっこう)」や「香附子(こうぶし)」は、停滞した「気(エネルギー)」を動かす「理気薬(りきやく)」と呼ばれます。
- 喉のつかえ感や胸の圧迫感、気分の落ち込みなど、気の巡りの乱れが関与すると考えられる症状に対して用いられます。
特に、のぼせがあるのに足元は冷えるといった「上熱下寒(じょうねつげかん)」の状態にある方に、女神散の構成成分は非常に理にかなった効果を発揮します。
このように、女神散は「熱を鎮める」「血の巡りを整える」「気の巡りを整える」という3方向からのアプローチを行います。
漢方理論と現代医学の概念は必ずしも1対1に対応するものではありませんが、漢方における『気・血・熱』の概念は、現代医学でいうストレス応答や自律神経機能、炎症反応などと一部重なる側面があるとも考えられています。
- 女神散のルーツ: 江戸時代から続く伝統的な処方で、女性の「血の道症」の薬剤として知られている。
- 適応証:気の上衝や気滞、瘀血。具体的には更年期に伴う不調や月経前後の心身の変化、イライラや不安などの症状。
- 成分の特徴: 10〜20種類もの生薬を配合し、心身の乱れを包括的に整える。
- 精神科的視点: 脳の興奮(熱)を鎮めつつ、血流を改善することで、心身両面の緊張を緩和する。
女神散がいかに女性の心と体に寄り添う構成になっているか、ご理解いただけたでしょうか。
しかし、漢方において最も大切なのは「自分の今の状態(証)」にその薬剤が合っているかどうかを見極めることです。
次の章では、具体的に女神散がどのような症状に効果を発揮するのか、より詳しく掘り下げていきます。
女神散の主な効果・効能|どのような症状におすすめ?
更年期障害に伴うのぼせ・イライラ・不安感
更年期(ICD-11における閉経関連障害)の時期は、卵巣機能の低下に伴い、脳の視床下部の体温調節機能が変化している状態です。
視床下部は自律神経のコントロールセンターでもあるため、ホルモンの乱れがダイレクトに体温調節や血管反応の不安定さを引き起こし、「のぼせ(ホットフラッシュ)」や、自分でも制御不能なほどの「イライラ」を引き起こします。
精神医学的な視点で見ると、この時期のイライラは、脳機能が変化して感情コントロールが不安定になっている状態と捉えられます。
治療は症状やリスクに応じて、生活指導、HRT(ホルモン補充療法)、非ホルモン薬、漢方薬などを検討します。
女神散に配合された黄連(おうれん)や黄芩(おうごん)は、漢方医学における「熱」をさます目的で用いられます。その結果として脳の興奮を鎮め、昂った感情を穏やかにクールダウンさせることが期待されます。
「家族の些細な言動にカッとなってしまい、後で激しく落ち込む」 「理由のない不安感に襲われて、動悸が止まらなくなる」 こうした、感情のジェットコースターに疲弊している方に、女神散は非常に心強い味方となり得ます。

自律神経失調とも関連し得る「血の道症」の改善
東洋医学には「血の道症」という独特の概念があります。
これは、月経、妊娠、出産、更年期など、女性特有の生理現象に伴って現れる精神神経症状や身体症状の総称です。
現代医学とは異なる概念ですが、自律神経の働きと関連する部分が多く、特に「頭痛、めまい、肩こり、不眠」といった多種多様な症状が代表的なものとして挙げられます。
女神散は、これらの症状を「血(けつ)の滞り」と「気(き)の逆流」として捉えます。
自律神経の働きが乱れると、血管の収縮・拡張や体温調節がスムーズにいかなくなり、上半身はほてる一方で足元は冷えるといった症状が見られることがあります。
女神散は、10〜20種類もの生薬が相互に作用し、滞った血流を促しながら、逆流した気を本来の位置へと引き戻します。
これにより、めまいやのぼせ、締め付けられるような頭痛から解放し、心身ともに「風通しの良い状態」へと導いてくれる可能性があるのです。
産後や生理前の精神不安定(産後うつ・PMS)治療の補助的位置付け
産後や生理前は、急激なホルモン値の変動により、脳内の神経伝達物質(セロトニンなど)のバランスが一時的に不安定になる可能性が指摘されています。
DSM-5-TRで定義される「月経前不快気分障害(PMDD)」や「周産期に発症する抑うつ」の基準に該当するほど重い症状が出ることも少なくありません。
特に産後は、寝不足や育児のプレッシャーも重なり、心身ともに極限状態にあります。
産後うつ病は悲しいことに自殺のハイリスクとなり得るため、診断評価と重症度判定が非常に重要で、適切な心理社会的支援や環境調整、薬物療法が推奨されます。漢方薬のみで対応することは危険を伴いますが、薬物療法の補助的な位置付けとして女神散は検討され得る薬剤です。
女神散は、「虚(きょ)」と「実(じつ)」が入り混じった複雑な状態にも推奨されます。
「涙が止まらなくなる」「子供を可愛いと思えない自分を責めてしまう」といった産後のメンタル不調に対し、血を補い(補血)、気の巡りを良くすることで、張り詰めた心の糸を優しく緩めてくれる効果が期待できます。
ただし、授乳中に使用する場合は、治療上の有益性と母乳栄養の有益性を考慮し、医師・薬剤師と相談して判断する必要があります。
- 更年期の症状: 漢方学における「熱」を鎮める生薬が、ホットフラッシュや制御不能なイライラに有効となる可能性がある。
- 自律神経の安定: 上半身の熱感と下半身の冷えを整え、めまいや頭痛などの不定愁訴を改善する可能性がある。
- ホルモン変動への対応: 生理前(PMS/PMDD)や産後の急激なメンタル不調に対し、気血を整える観点から補助的に処方されることがある。
- 包括的アプローチ: 多種多様な症状が同時に現れる「女性特有の不調」を包み込むような効果が期待される。
注意すべき副作用と飲み合わせ
女神散は、精神的な不安定さや更年期特有ののぼせ、イライラに使われる漢方薬ですが、医薬品である以上、副作用の可能性はゼロではありません。
特に、気・血・水のバランスを整える過程で、一時的に胃腸に負担がかかったり、含まれる生薬の成分が体に蓄積して血圧などに影響を与えたりすることがあります。
安全に、そして効果を最大限に引き出すために知っておくべきポイントを、専門的な視点から紐解いていきましょう。
胃腸への影響(下痢・胃もたれ)について
女神散には、血の巡りを良くする「川芎(センキュウ)」や「当帰(トウキ)」、気を静める「香附子(コウブシ)」など、多くの生薬が含まれています。
これらの成分は、「血の巡り」や「気の巡り」を整える目的で用いられ、月経や更年期周辺の不調に用いられますが、もともと胃腸がデリケートな方(胃腸虚弱の方)にとっては、少し刺激が強く感じられることがあります。
具体的には、飲み始めてから「胃が重たい感じがする」「軽い吐き気がする」「お腹がゆるくなって下痢気味になった」といった症状が出ることがあります。
これは、漢方医学でいう「証(しょう)」が十分に合致していない場合や、胃腸が著しく弱い方の場合に起こりやすい反応です。
もし胃腸に違和感を覚えたら、まずは無理をせず医師に相談してください。
多くの場合は服用を調整することで治まりますが、症状が続く場合は、構成生薬を変更した別の処方への切り替えを検討するタイミングかもしれません。
甘草(カンゾウ)による偽アルドステロン症・ミオパチーのリスク
女神散を服用する上で、特に注意すべき副作用として、甘草に関連する偽アルドステロン症や低カリウム血症に伴うミオパチーがあります。
これは、女神散の構成生薬に含まれる「甘草(カンゾウ)」の主成分であるグリチルリチンが原因で起こります。
甘草は多くの漢方薬に配合されており、抗炎症作用がありますが、長期使用や体質によっては、体内にナトリウムと水が溜まり、カリウムが失われてしまいます。
その結果、以下のような症状が現れることがあります。
- 血圧の上昇: もともと高血圧がない方でも、血圧が高くなることがあります。
- むくみ(浮腫): 顔や手足が腫れる感覚。
- 低カリウム血症による筋力低下: 手足に力が入らない、激しい倦怠感、筋肉痛のような痛み(ミオパチー)。
添付文書では、血清カリウム値や血圧値に十分留意するよう記載されています。
特に、他にも漢方薬を飲んでいる場合や、甘草・グリチルリチン酸を含む医薬品、サプリメント等を併用している場合は、成分の重複に注意が必要です。
定期的な血液検査でカリウム値をチェックしながら、安全に服用を継続することが推奨されます。
肝機能障害・黄疸
女神散では、まれに肝機能障害や黄疸が報告されています。多くは薬物性肝障害として考えられており、免疫学的機序や代謝過程が関与する可能性が指摘されていますが、詳細な機序は完全には解明されていません。
ただ、肝障害は女神散に特有の副作用ではなく、漢方薬全般で起こりうるものです。
他の漢方薬や西洋薬との併用上の注意
「漢方薬なら西洋薬と併用しても大丈夫」と思われがちですが、実は相互作用に気を配る必要があります。
精神科では、抗不安薬や抗うつ薬(SSRIなど)と漢方を併用することもあります。
服用中の薬剤は医師・薬剤師に確認してもらうことが重要です。以下の点に留意してください。
- 甘草の重複に注意: 先ほど述べた通り、複数の漢方薬を併用する場合、それぞれの薬剤に甘草が含まれていると、合計摂取量が増えて偽アルドステロン症のリスクが増します。処方を受ける際は必ずお薬手帳を提示してください。
- 向精神薬とのバランス: 西洋薬の抗不安薬や睡眠導入剤と一緒に飲む場合、眠気が強く出すぎたり、逆に作用が減弱しないか、経過を観察します。特にDSM-5-TRで定義されるような重度の抑うつエピソードがある場合、希死念慮、育児困難、食事や睡眠が著しく障害されている場合などは、漢方薬のみで解決しようとせず、医師と治療方針をよく相談してください。
- ホルモン療法との兼ね合い: 更年期障害に対してHRT(ホルモン補充療法)を受けている場合は、女神散を含む漢方薬を併用する前に、処方医へ必ず相談してください。併用の可否は症状、既往歴、併用薬、副作用リスクを踏まえて判断されます。
女神散はあなたの味方になってくれる可能性のある薬剤ですが、体の声に耳を傾けながら、専門家と二人三脚で取り入れていくことが大切です。
- 胃腸の不調: 下痢や胃もたれを感じたら、医師に相談を。
- 偽アルドステロン症: 手足のしびれ、むくみ、血圧上昇は「甘草」の副作用の可能性あり。
- 併用の確認: 他の漢方薬やサプリメントとの「甘草被り」がないか必ずチェック。
- 専門家への相談: 違和感があれば自己判断で続けず、精神科医や薬剤師に相談すること。
副作用や飲み合わせについて、少し不安を感じさせてしまったかもしれません。
しかし、これらを正しく知っておくことは、あなたがより安全に健康を取り戻すための大きな一歩となります。
次は実際の「即効性」や「効果を実感できるまでの期間」についてお話ししましょう。
せっかく飲み始めたお薬、いつ頃から変化を感じられるのか、その目安を具体的にお伝えします。
女神散に即効性はある?効果が出るまでの期間
漢方薬と聞くと「長く飲み続けないと効かない」というイメージをお持ちの方も多いかもしれません。
しかし、女神散は「気(エネルギー)」や「血(血液や栄養)」の巡りをダイナミックに整えるとされている漢方薬であり、比較的早い段階で変化を感じられることが少なくありません。
日々の診療でも、患者さんから「飲み始めて数日で、あの耐えがたいイライラが少しマイルドになった」という声をいただくことがあります。
一方で、長年の体質そのものを変えていくには、じっくり腰を据えた取り組みが必要です。
ここでは、症状別の目安期間と、効果を最大限に引き出すための服用タイミングについて詳しくお伝えします。
メンタル症状への変化は数日から2週間が目安(個人差あり)
女神散に含まれる「香附子(こうぶし)」や「木香(もっこう)」といった生薬は、停滞した「気」を巡らせ、自律神経の昂ぶりを鎮める働きが期待されます。
これらの精神的な「昂ぶり」に対するアプローチは、服用開始から数日から1〜2週間程度で何らかの変化を感じられる方もいます。(個人差あり)
例えば、
- 「カッ」となって家族に当たってしまう頻度が減った
- 夜、不安で胸がドキドキして眠れなかったのが、少しリラックスできるようになった
- 頭に血が上るような「のぼせ」が落ち着いてきた
といった変化です。
一方で、更年期に伴う動悸、不安感などは、ホルモン変化に関連する症状として扱われます。
こうした不調については、もう少し時間が必要なことが多く、1ヶ月(生理周期の1サイクル)から3ヶ月程度の継続が望ましいとされています。
「イライラしなくなった」という一時的な変化を超えて、「そういえば最近、生理前の体調不良が軽くなった」「以前よりも疲れにくくなり、冷えやのぼせを感じなくなった」といった状態を目指すなら、焦らずにじっくりと服用を続けていきましょう。
漢方は「今ある火事を消す(標治)」役割と「火事が起きにくい家を作る(本治)」役割の両面を持っています。女神散はその両方を兼ね備えた、心強い味方なのです。
食前と食間、どちらに飲むのが正解?
漢方薬の服用タイミングについて、「いつ飲むのが一番いいの?」という質問は非常に多く寄せられます。
通常、成人では1日7.5gを2〜3回に分け、食前または食間に服用します。
- 食前: 食事の約30〜60分前
- 食間: 食後約2時間(食事と食事の間)
ただし、胃腸が弱く、空腹時に飲むと胃がもたれたり、不快感を感じたりする方の場合は、医師・薬剤師に相談してください。
また、飲み忘れてしまったからといって一度に2回分飲むのは避け、ご自身のライフスタイルに合わせて継続しやすいタイミングを主治医や薬剤師と相談してみてくださいね。
- メンタル症状への即効性: イライラや不安感には数日〜2週間で変化を感じる方もいます。(個人差あり)
- 他の症状改善までの期間: 更年期や生理周期に伴う不調の改善には1〜3ヶ月の継続が必要なこともあります。
- 服用タイミング: 原則として「食前」か「食間」の空腹時に飲む。
- 無理は禁物: 胃が弱い場合は医師・薬剤師に相談します。
女神散と「加味逍遙散」の違いは?使い分けのポイント
漢方医学には「同病異治(どうびょういち)」という言葉があります。
これは、同じ「イライラ」や「のぼせ」という症状であっても、その人の体質や原因によって、全く異なる処方を用いるという意味です。
女神散と加味逍遙散は、どちらも「気(エネルギー)」と「血(血液や栄養)」の巡りを整える働きがありますが、そのアプローチの仕方が異なります。
加味逍遙散は「気の滞りを解きほぐす」ことに長けており、女神散は「乱れた気を静めつつ、血の滞りを取り除く」力が強いという特徴があります。
この微妙な差が、実際の服用感や効果の現れ方に大きく影響するのです。
加味逍遙散:体力低下があり、上半身の熱が強い方に
加味逍遙散は、漢方でいう「虚証(きょしょう)」、つまり体力が中等度以下で、少し疲れやすい方に適した処方です。
精神科的な視点で見ると、ストレスによって自律神経が不安定になり、感情の起伏が激しくなっている状態に有効とされています。
- 主な特徴: 「イライラしたかと思えば、急に悲しくなって泣けてくる」といった、情緒の不安定さが目立つ場合。
- 身体症状: ホットフラッシュ(上半身ののぼせや発汗)が強く、肩こりや疲れやすさを伴う場合。
- 心のサイン: 些細なことに過敏になり、怒りっぽくなる場合(肝の失調)。
加味逍遙散に含まれる「薄荷(ハッカ)」や「山梔子(サンシシ)」は、上半身に溜まった熱を冷ます働きがあります。
いわば「こもった熱を逃がして、風通しを良くする」ような処方です。
もしあなたが「以前より疲れやすくなったのに、頭だけがカッカして落ち着かない」と感じているなら、加味逍遙散が候補になるかもしれません。
女神散:のぼせに加え、めまいや動悸が目立つ方に
一方で女神散は、加味逍遙散よりも少し「体力がある方(中等度以上)」に向いているとされることが多い処方です。
しかし、臨床現場では体力の有無だけでなく、「症状の激しさ」や「随伴症状」に注目して使い分けます。
- 主な特徴: のぼせ(ホットフラッシュ)だけでなく、めまい、激しい動悸、あるいは「頭に血が上る」感覚がより鮮明な場合。
- 身体症状: 脈が力強く打つ感覚、不眠、血圧の変動、あるいは「血の道症」特有の強い不安感。
女神散には「黄連(オウレン)」や「黄芩(オウゴン)」といった、熱感やのぼせを鎮める目的の生薬が配合されています。
これらが「脳のオーバーヒート」のような状態をクールダウンさせ、めまいや動悸を鎮めてくれると考えられています。
加味逍遙散が「風を通す」処方なら、女神散は「燃え盛る火を鎮める」ような処方と言えるでしょう。とはいえ、これらは飽くまでも比喩表現であり、実際の薬剤選択は症状、体質、併存疾患、併用薬などを踏まえて行います。
比較表まとめ
| 項目 | 女神散(にょしんさん) | 加味逍遙散(かみしょうようさん) |
| 主な対象者 | 体力が中等度以上の方 | 体力が中等度以下(虚証)の方 |
| 精神症状 | 激しいイライラ、焦燥感 | 情緒不安定、急に泣きたくなる、抑うつ |
| 主な身体症状 | めまい、動悸、激しいのぼせ | 肩こり、疲れやすさ、冷えのぼせ |
| 作用のイメージ | 燃え盛る火を消し止める | 滞った気の流れをスムーズにする |
| 生薬の特徴 | 黄連・黄芩などの「清熱」成分 | 柴胡・薄荷などの「疎肝」成分 |
| 月経・更年期 | 血の道症に伴う自律神経症状に | 月経不順や更年期の多彩な不調に |
市販薬(ツムラ、クラシエなど)と処方薬に違いはある?
患者さんからよく「ドラッグストアで売っている女神散と、病院でもらうものは違うのですか?」という質問をいただきます。
市販薬と医療用医薬品では、同じ処方名でも生薬量、エキス量、添加物、用法用量が異なる場合があります。
- 有効成分の濃度(満量処方の有無): 処方薬(医療用製剤)では、添付文書に定められた組成・用法用量に基づいて処方されます。一方、市販薬(一般用)は、自己判断で服用する際の安全性を考慮し、成分量が抑えられている場合があります。
- コスト面: 健康保険が適用される場合、処方薬の方が自己負担額を抑えられることがあります。
- 特に継続して服用する必要があるフェーズでは、経済的な負担も考慮すべき大切な要素です。
- 医師による診断・処方: これが最も大きな違いですが、医療機関では医師が「あなたの今の証」を診断した上で処方します。
- 副作用が出たり症状が変わったりした際には、速やかに医師に相談することで、処方の調整(転方)が可能です。
- 加味逍遙散: 体力がなく、疲れやすい方の「イライラ・のぼせ・情緒不安定」に。
- 女神散: 比較的体力があり、強い「のぼせ・めまい・動悸」がある方のクールダウンに。
- 薬の違い: 市販薬は安全性のために成分が控えめなことが多い。
- 選び方: 症状が激しい場合や長引く場合は、医師の診察を受けて適切な「証」を見極めてもらうことが重要。
終わりに
ここまで、女神散(にょしんさん)について一緒に見てきましたが、いかがでしたでしょうか? 「私のこのつらさも、改善するかもしれない」と、少しでも希望を感じていただけていたら幸いです。
最後に、この記事の大切なポイントをまとめます。
- 女神散は、産前産後や更年期など、女性特有のホルモンバランスの乱れ(血の道症)による不調時に検討される薬剤です。
- 特に、高ぶった気を静める作用が期待でき、「のぼせ(ホットフラッシュ)」や「強いイライラ・不安」がある方に処方されることがあります。
- 加味逍遙散(かみしょうようさん)など他の漢方薬とは、体質や症状の強さによって使い分けられます。
- 副作用(むくみや血圧上昇など)のリスクもあるため、自己判断ではなく、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
更年期における不調は、出口の見えないトンネルのように感じられることもあります。
でも、漢方薬という選択肢を持っておくことで、そのトンネルを少し楽に歩けるようになるかもしれません。
「こんなことで病院に行ってもいいのかな?」と迷う必要はありません。
あなたの心と体が「つらい」と感じているなら、それは十分に医療機関を受診する理由になります。
どうか一人で抱え込まず、医療者に相談してくださいね。
あなたが、あなたらしく、穏やかな毎日を過ごせる日が来ることを、心から応援しています。
監修医プロフィール
監修:小林玲美子 先生

【保有資格】 精神科専門医 / 精神保健指定医 / 日本医師会認定産業医
【経歴・実績】 東京大学法学部を卒業後、アパレル企業にて店舗責任者を経験。その後、医学の道へ転身し、国立大学医学部附属病院にて「ベスト研修医」を受賞。
大学病院、児童相談所、行政機関など幅広い現場で、延べ13,000名以上の診療・治療に従事。
現在は自身のクリニックで診療を行う傍ら、30社以上の顧問医・産業医として企業の健康経営を支援している。
実臨床と社会活動の両面から、「真に必要な治療と医療情報」を届けることを大切にし、女性のライフデザイン支援や企業向けキャリアアップ研修の講師としても活動。
