誰かを思いやり、寄り添おうとする気持ちは、本来とても大切で温かいものです。

しかし、日々の中で「人の感情に振り回されて疲れてしまう」「相談を受けると自分までしんどくなる」と感じることはありませんか。

それは“あなたが弱いから”ではなく、心が繊細に反応しているサインかもしれません。

近年、医療・介護・保育・カウンセリングの現場だけでなく、家庭や職場でも注目されているのが「共感疲労」です。

この記事では、共感疲労の意味や原因、セルフチェック、そして今日からできる対策まで、やさしく丁寧に解説していきます。

共感疲労とは?——意味と原因

私たちは日常の中で、誰かの悩みに耳を傾けたり、苦しみに共感したりする場面が少なくありません。

特に看護師や介護士、カウンセラー、教師など、対人援助職に従事している方は「人のために尽くす」姿勢が求められる中で、知らず知らずのうちに自分の心が疲弊してしまうことがあります。

このような状態は「共感疲労(compassion fatigue)」と呼ばれ、近年では精神的健康の課題として注目されています。

この章では、共感疲労の定義とその背景にある原因について、やさしく、しかし専門的な視点から解説していきます。


共感疲労の定義(compassion fatigue)

共感疲労とは、他者への共感が繰り返される中で、心身に疲れが蓄積していく心理的状態を指します。

特に、他人の苦痛やトラウマに深く関与することが多い援助職(医療者・介護職・教育者・心理職・家族介護者など)で頻発します。

米国のトラウマ専門家であるFigley(1995)は、共感疲労を「他者の苦しみに共感することによって生じる二次的ストレス反応」と定義しました。

これは、直接的にトラウマを経験したわけではないにも関わらず、他者の痛みに感情移入しすぎることで、まるで自分自身がその体験をしているかのように心身が反応してしまう現象です。

共感疲労の特徴的な症状

共感疲労は、ICD-11やDSM-5-TRの診断名として明確に記載されているわけではありませんが、「二次的外傷性ストレス(secondary traumatic stress, STS)」という概念に非常に近く、臨床的にも注意が必要とされています。

以下のような症状が見られることが多いです。

  • 情緒的な枯渇(他人に対して温かい気持ちが持てなくなる)
  • 罪悪感や無力感(助けられないことへの苦しみ)
  • 慢性的な疲労や睡眠障害
  • イライラ・感情の起伏が激しくなる
  • 自分自身の生活への無関心

とくに医療・福祉・教育・心理支援といった分野では、「共感すること」自体が業務の中核にあるため、共感疲労は職業的リスクとしても重要です。

なぜ共感疲労が起こるのか?

共感は本来、人間関係の中で大切なスキルですが、共感しすぎることは、逆に心のバランスを崩すリスクにもなります。

心理学では、このような過度な共感により自己と他者の境界線があいまいになり、自他の区別がつきにくくなる現象を「感情の融合」と呼びます。

また、ミラーニューロンと呼ばれる神経回路が活性化することで、他者の表情や声のトーン、身体の状態に対して自分の身体もまるでそれを経験しているかのように反応します。

これにより、日々の業務で他者の痛みに接し続けると、脳や身体に強い負荷がかかり、ストレスホルモン(コルチゾールなど)の慢性的な分泌が続くことがわかっています。

心理的・社会的要因も関与

共感疲労の背景には、以下のような要因が複雑に絡んでいます:

  • 責任感の強さ・まじめさ:完璧主義的傾向がある人ほど共感疲労に陥りやすい
  • 自己犠牲の価値観:他人のために自分を後回しにしがち
  • 相談相手がいない孤立した環境
  • 職場の心理的安全性が低い:ミスが言えない、助けを求めづらい雰囲気

特に、医療・福祉・心理職においては、患者や利用者に“共感すること”が当然とされ、その結果、「共感する自分でなければならない」というプレッシャーに苦しむ人も少なくありません。


バーンアウトや二次的外傷ストレスとの違い

共感疲労は、よくバーンアウト症候群(燃え尽き症候群)二次的外傷性ストレス(STS)**と混同されることがあります。

それぞれの違いを整理すると、以下のようになります。

概念定義主な原因主な症状
共感疲労他者の苦しみに共感しすぎることによって起こる心的疲労過剰な共感・感情移入情緒的な枯渇、無力感、イライラ
バーンアウト長期的な仕事のストレスにより情熱が失われ、無気力になる状態業務過多・人間関係・無力感疲労感、意欲低下、離職願望
二次的外傷性ストレス他者のトラウマ体験を聞くことで、まるで自分が被害者であるかのような反応をする外傷的な話の反復的な接触フラッシュバック、過覚醒、回避行動

共通点と相違点

共感疲労と二次的外傷ストレス(STS)は非常に似ており、共感疲労はSTSの前段階とされることもあります

共感のしすぎによって心が削られ、日々の生活にまで支障をきたすようになると、やがてバーンアウトやうつ病につながる危険もあるため、早期のケアが重要です。

また、共感疲労は「優しさ」や「誠実さ」という美徳が裏目に出ることで起こる点で、自己否定感や自責の念が強くなる傾向があり、自覚しづらいという問題もあります。


まとめ
  • 共感疲労とは、他者の苦痛に共感しすぎることで心が疲弊する状態
  • ICD-11やDSM-5-TRには直接の診断名はないが、臨床上はSTSに近い概念として扱われる
  • ミラーニューロンやストレスホルモンが関与し、心身両面に影響を及ぼす
  • 責任感・共感性・職場環境など、複数の要因が絡んでいる
  • バーンアウトやSTSとは異なるが、重なり合う部分も多く、進行すると深刻な心の不調に至る可能性がある

共感疲労が起きる原因

共感疲労は単に「優しすぎるから」「感受性が高いから」起きるわけではありません。

その背景には、心理的な傾向や環境要因、そして脳の働きまで、さまざまな要因が絡み合っています。

この章では、共感疲労を引き起こす主な原因を「心理学的要因」「環境的要因」「脳科学的な側面」の3つに分けて解説します。


要因1:心理学的要因(共感過多・境界線の弱さ・責任感)

共感疲労を引き起こすもっとも根本的な土壌は、本人の性格傾向や認知のあり方にあります。

特に次のような心理的特徴を持つ方は、共感疲労に陥りやすいとされています。

1. 共感過多(過剰な感情移入)

他者の感情に過敏に反応し、自分のことのように感じやすい人は、「共感しすぎること」によって自らの感情が揺さぶられ、精神的な消耗を引き起こします。

心理学ではこの傾向を「過剰同一化(over-identification)」と呼び、相手の苦しみと自分の感情が混ざり合ってしまう状態とされています。

  • 相手が泣くと自分も涙が止まらなくなる
  • 「私がもっと助けてあげないと」と思いつめる
  • 患者や利用者の苦しみを「自分の責任」のように感じる

このような過剰な感情移入は、共感そのものがストレスの発生源となり、心の防御力を低下させます。

2. 境界線(バウンダリー)の弱さ

「他者と自分の間に健全な心理的な境界線を保てるかどうか」は、共感疲労を防ぐうえで極めて重要です。

心理学ではこの境界線を**「バウンダリー」**と呼びます。

  • 「相手の感情は相手のものである」と適切に線を引く
  • 相手の問題を自分が引き受けすぎない
  • NOと言うスキルを持つ

これらが十分にできないと、共感が「自他融合」状態に陥り、自分を守れなくなります

とくに支援職は、「相手を受け止めなければならない」という使命感から、バウンダリーを見失いやすい傾向があります。


要因2:環境的要因(感情労働・職場の負荷・家庭内での役割)

心理的な要素だけでなく、置かれている環境が共感疲労を引き起こす大きな引き金になります。

特に、感情的なやりとりが日常的に求められる場面では注意が必要です。

1. 過剰な感情労働

感情労働とは、自分の本音を抑えながら、職務上ふさわしい感情を演じることを指します。

看護師・介護士・保育士・接客業・心理職などは、常に「笑顔」や「共感的な態度」が求められます。

  • 苦しくても「共感し続ける」ことが業務の一部
  • つらい話を聞いても顔に出せない
  • 自分の感情を吐き出す機会がない

このように感情を抑圧する時間が長くなることで、内面にストレスが蓄積していきます

2. 過重な業務負担・人手不足

慢性的な人員不足や業務の煩雑さ、長時間労働が続くと、「共感する余力」が奪われていきます

共感にはエネルギーが必要ですが、そのエネルギーが業務やタスク処理に奪われてしまうと、心が枯渇したような感覚になります。

  • 「話は聞いたけれど、何も感じなくなってきた」
  • 「以前ほど優しくなれない」

このような状態は、共感疲労が進行しているサインかもしれません。

3. 家庭内でのケア・役割負担

共感疲労は職場だけでなく、家庭内でも起こりうるものです。

たとえば、以下のような状況が続くと疲弊していきます。

  • 認知症や障害を持つ家族の介護
  • 子どもの不登校や心の問題への対応
  • 配偶者や家族の精神的不調へのサポート

家庭では「休まる場所がない」「自分の時間がない」と感じる人も多く、24時間の共感労働状態にあると言えます。


要因3:脳科学的な側面(ミラーニューロン・ストレス反応、神経疲労)

共感疲労は、単なる心理的反応にとどまらず、脳や神経系の働きとも深く関係しています。

ここでは脳科学の視点から共感疲労を見ていきましょう。

1.生まれつき共感ネットワーク(ミラーニューロンを含む)の反応が強い

「ミラーニューロン」と呼ばれる神経細胞群は、他者の行動や表情を見たときに、自分の脳でも似たような反応を生じさせる働きを持つことが確認されています。

これは、人が他者の痛みや感情を理解するための重要な仕組みです。

  • 他者の痛みに敏感な人ほど「共感関連の脳ネットワーク」が強く反応する傾向がある
  • その反応が続くと、感情的な疲労を感じやすくなる可能性がある

という、関連性が指摘されています(まだ研究途上)

2. ストレス反応の慢性化(交感神経優位)

他者の苦しみに日常的にさらされると、脳の扁桃体(不安・恐怖を司る部位)が過敏化し、交感神経が優位な状態が続きます

この状態では、以下のような身体的・精神的な不調が生じやすくなります。

  • 慢性的な緊張感や不眠
  • 胃腸症状(過敏性腸症候群など)
  • 抑うつ感や焦燥感

脳は「自分が危機にさらされている」と誤認し、戦闘・逃走反応(fight or flight)を繰り返すようになります。

これが日常的に起こると、共感する力そのものがストレス源となり、共感疲労を悪化させます。

3. 神経回路の「リセット」ができない

共感疲労が慢性化していくと、脳が本来持つ「感情を切り替えるスイッチ」がうまく働かなくなります。本来であれば、仕事のあとはリラックスしたり、眠って脳を休めたりすることで回復するはずですが、以下のような状態になると注意が必要です。

  • 仕事を終えても、頭の中で利用者のことがぐるぐるする
  • 患者の言葉が夢に出てくる
  • プライベートの時間にも情緒が不安定になる

これは脳が「オン・オフの切り替え機能」を失っている状態であり、感情疲労の深刻なサインです。


まとめ
  • 共感疲労の背景には、心理的な傾向・環境要因・脳の働きが複雑に絡んでいる
  • 過剰な共感や境界線のあいまいさが心の摩耗を招く
  • 感情労働・業務負荷・家庭でのケア負担など環境要因も大きい
  • ミラーニューロンやストレス反応によって、脳が慢性的な緊張状態に陥る
  • 脳の「リセット機能」が働かないと、共感疲労は悪化していく可能性がある

共感疲労の原因を知ることで、「自分の責任ではなかったんだ」と安心できた方もいるかもしれません。

次章では、日々の中で実践できる「共感疲労のセルフチェック方法」について、わかりやすくご紹介していきます。

共感疲労のセルフチェック – 疲労しやすい職種は?

他人の気持ちに寄り添うことが多いあなた——その優しさが、いつの間にか心の疲労に変わってはいないでしょうか。

日々の生活のなかで「ちょっとおかしいな」と感じるサインを見逃さないことが、心の健康を守る第一歩になります。

この章では、共感疲労のサインと、特に支援職でよく見られる典型的なパターンを詳しくご紹介します。


こんなサインがあれば要注意 – 共感疲労のチェックリスト(簡易自己診断)

以下の項目に5つ以上あてはまる方は、共感疲労の可能性が高いといえます。
(※あくまで目安であり、診断ではありません)

  • □ 他人の相談を受けると、自分のことのように苦しくなる
  • □ 最近、感情が湧きにくい・喜怒哀楽が鈍くなっている
  • □ イライラすることが増えた
  • □ 自分の時間が取れず、心が休まらない
  • □ 夜中に何度も目が覚める
  • □ 気力が湧かず、仕事や家事がつらい
  • □ 他人に冷たく接してしまうことに罪悪感がある
  • □ 「やっても意味がない」と感じる瞬間がある
  • □ 「また相談か」と思ってしまう自分がいる
  • □ 自分のことを後回しにしてしまいがち

支援職に多い共感疲労のパターン

共感疲労は、特に「感情労働」と呼ばれる職種において顕著に現れます。

感情労働とは、労働の一部として「共感すること」「感情に配慮すること」が求められる仕事を指します。

医療・福祉従事者

看護師・介護職・ソーシャルワーカー・精神保健福祉士などは、日常的に患者さんや利用者さんの苦しみ、死、暴力、貧困、虐待といった「過酷な現実」と向き合っています。

  • 「命の現場」で冷静さを保ちながら感情を揺さぶられる
  • 患者や家族の不安・怒りを受け止める機会が多い
  • チーム内の支援が少なく、自分一人で抱えがち

教育関係者・保育士

子どもたちや保護者との関係においても、共感の力が必要とされますが、過剰な要求やクレーム、保護者対応のプレッシャーが重なると、共感疲労が進行します。

  • 「先生なら何でも聞いてくれる」という期待を一身に背負う
  • 感情的な親への対応に疲弊する
  • 子どもの悩みに寄り添いすぎて、自分の感情が後回しになる

心理職・カウンセラー・相談員

心理職は「共感」が職業スキルの中核を成すため、共感しすぎると自分のメンタルが摩耗してしまうというジレンマを抱えます。

  • 職業的には“聴き役”であっても、感情は人間として受け取ってしまう
  • 境界線の維持(バウンダリー)が難しい
  • 「この人を助けられないかも」という無力感が積み重なる

管理職・人事担当者・リーダー

職場の中で「相談役」や「聞き役」になっている立場の人も、部下や同僚のメンタルや人間関係のケアを担うことで、知らず知らずのうちに共感疲労を抱えることがあります。

  • メンバーの問題を一人で抱え込んでしまう
  • 聞いているうちに感情移入しすぎてしまう
  • 「自分がしっかりしなければ」という思いが強すぎる

まとめ
  • 共感疲労は、他者への思いやりが強い人ほど気づきにくい心の疲労です
  • 感情の枯渇、イライラ、不眠、無力感などがサインとして現れます
  • 感情労働に従事する支援職では特に注意が必要です
  • チェックリストで自分の状態に気づくことが予防の第一歩です
  • 「優しさ」が自分を傷つけないよう、心のケアが重要です

次の章では、こうした共感疲労を防ぐために「今日からできる具体的な対策」について、セルフケアの方法や感情との付き合い方を中心に解説していきます。

あなたの心を守る実践的なヒントを一緒に見つけていきましょう。

共感疲労を放置するとどうなる?

他人に深く共感することは、人間関係を豊かにし、信頼を育む大切な力です。

しかし、その共感が過剰になり、自分の心や体をすり減らしてしまう状態を「共感疲労」と呼びます。

とくに医療職や福祉職、教育現場など、日常的に人と深く関わる仕事をしている方には、気づかぬうちに進行してしまうリスクがあります。

この章では、共感疲労を放置したときに起こりうる影響について、精神医学的な視点から丁寧に解説します。


慢性疲労・無力感・離職リスク

共感疲労を自覚しながらも対処できずにいると、まず現れるのが慢性的な疲労感です。

睡眠や休息をとっても回復せず、心身ともに重だるい状態が続きます。

これは、情緒的エネルギーが枯渇し、自律神経やホルモンバランスに影響を及ぼすためです。

特に、他者の苦しみに日々さらされる職種(看護師、介護士、カウンセラー、教師など)では、「自分はもっと頑張らなければ」という責任感が強くなり、限界を超えても働き続けてしまう傾向があります。

やがて、感情が鈍くなり、「何をしても心が動かない」「人の話を聞いても辛くならなくなった」といった無力感や脱感作(emotional numbing)の症状が見られるようになります。

これは一種の防衛反応ですが、本来の“共感する力”を失わせ、援助職としての充足感も得られにくくなっていきます。

最終的には、「もう人と関わるのがつらい」「仕事に行きたくない」といった感情が強まり、離職やキャリア中断のリスクにもつながります。

実際、米国の対人援助職を対象とした調査でも、共感疲労が離職意向を強める有意な因子であることが示されています。


うつ病・不安障害などの併発リスク

共感疲労の状態が長期化すると、医学的な精神疾患の発症リスクも高まります

代表的なものがうつ病性障害(ICD-11: 6A70)全般性不安障害(ICD-11: 6B00)です。

うつ病は、気分の持続的な低下、意欲の喪失、集中力の低下、自己評価の低下などが主症状で、感情的エネルギーの枯渇によって引き起こされやすくなります。

特に、他者への配慮を優先しすぎて自己ケアを後回しにする人は、「人に迷惑をかけてはいけない」という思考パターンが強まり、うつ的認知を助長する傾向があります。

また、共感疲労の影響で起こる睡眠障害・胃腸症状・動悸などの身体化症状は、不安障害と重なりやすく、「過去の相談場面が何度も頭に浮かぶ」「助けられなかった罪悪感が抜けない」といった反芻思考や予期不安を抱えやすくなります。

DSM-5-TRやICD-11では、これらの症状が機能障害を引き起こしている場合には、精神疾患としての診断基準を満たすとされており、専門的な介入が必要となるケースも少なくありません。


早めに対処すべき理由

共感疲労の怖さは、「優しさゆえに」見過ごされやすい点にあります。

本人も周囲も「真面目でいい人だから」と思いがちですが、本当は苦しんでいるサインを見逃している場合が多いのです。

特に共感疲労は、早期であればあるほどシンプルな介入(休息・役割の調整・境界の再設定)だけで回復しやすいという特徴があります。

逆に、我慢を続けてしまうと、症状が複雑化し、慢性化しやすくなります。

また、支援職に従事する方の場合、共感疲労の影響はサービスの質や患者・利用者との関係性にも波及します。

結果的に、支援対象者との関係性が悪化し、二次的なストレス源となることもあります。

「自分を守ることは、他者を守ることにつながる」その意識を持ち、早期のセルフケアや専門家への相談をためらわないことが、長く健康に支援を続けるための鍵になります。


まとめ
  • 共感疲労を放置すると、慢性疲労や無気力感が強まり、離職のリスクも高まる
  • うつ病や不安障害など、精神疾患を併発するケースもある(ICD-11準拠)
  • 感情の鈍麻、罪悪感、無力感が積み重なり、機能障害につながることもある
  • 早期の対処により回復しやすく、心の健康と仕事の質を守ることができる

今日からできる共感疲労の対策(セルフケア編)

共感疲労は、決して「弱さ」や「メンタルの脆さ」から生まれるものではありません。

むしろ、他者の痛みに敏感で、思いやりが深く、誠実に向き合ってきた証拠です。ただ、その優しさが続きすぎると、心のエネルギーは静かに減っていきます。

この章では、今日からできる具体的なセルフケアを、精神医学・心理学の知見をもとに紹介します

心理的境界線(バウンダリー)の作り方

「バウンダリー」とは、心理的な“境界線”のことです。

他者の感情や問題が自分の心に深く入り込みすぎないように、自分自身を守るための線引きを意味します。

バウンダリーが曖昧になると、心はすり減り、やがて共感疲労へとつながっていきます。

1. 自分の領域を知る

まず大切なのは、「自分が守るべきもの」をはっきりさせることです。たとえば…

  • 自分の感情
  • 自分の時間
  • 自分のエネルギーや体調
  • 自分の役割・責任の範囲

これらが他者によって侵害されると、心は警戒モードに入り、疲れやすくなってしまいます。

2. 言葉でやさしく線を引く

自分を守るためには、やんわりとでも「距離」をつくる言葉を使うことも大切です。

  • 「今は少し時間をくださいね」
  • 「一度持ち帰って考えてみますね」
  • 「できる範囲で対応します」

これらは“冷たさ”ではなく、“優しさを持続させるための工夫”です。

3. 共感と感情移入を混同しない

共感とは、相手の感情を理解すること。

感情移入とは、相手の感情と一体化してしまうこと。この2つは似て非なるものです。

  • 共感:相手に寄り添いながらも、自分自身を保てる状態
  • 感情移入:相手の感情に巻き込まれ、自分も同じように傷ついてしまう状態

支援職やケアをする立場の人ほど、この違いを意識することが大切です。

4. 「誰の課題か?」を意識する(課題の分離)

相手の問題を“自分が解決しなければならない”と思い込んでしまうと、どんどん心が重たくなります。

そんなときは一度、静かに問い直してみてください。

「これは本当に自分が背負うべき課題なのか?」

それだけで、心が少し軽くなることもあります。


感情を抱え込まない技術(コーピング・スキル)

「コーピング」とは、ストレスに対処するための心理的な技術のこと。

特に共感疲労を感じやすい方には、「感情を溜め込まない」工夫がとても大切です。

1. 自分の感情に名前をつける(ラベリング)

マインドフルネスやセルフモニタリングの一環として、自分の内側に湧いている感情を「言葉」にしてあげましょう。

  • 「いま、少しイライラしている」
  • 「なんだかモヤモヤしている」
  • 「疲れていて、集中できないかも」

このようにラベルをつけるだけで、脳の“感情エリア”である扁桃体の過剰な活動が落ち着き、冷静さを取り戻すことが研究でも示されています。

2. 感情を受け止めたあとは“切り替える”時間を

人の相談を受けたあとなど、感情を引きずりやすい場面では、意識的に“リセットの儀式”を取り入れてみてください。

  • 深呼吸を3回
  • 手を洗う(「感情を流す」象徴行動)
  • 5分だけ外の空気を吸う
  • 温かい飲み物をゆっくり飲む

これらは小さなことのようでいて、心理的にはとても強力な“区切り”になります。

3. 頭の中の渋滞を紙に書き出す(ジャーナリング)

モヤモヤした気持ちや、整理できない思考は、頭の中にためておくよりも、紙に書き出して“外に出す”方が心が楽になります。

支援職や医療従事者のように、感情を日常的に受け止める立場の方にとって、ジャーナリングは心のメンテナンスに非常に有効です。

4. 感情を煽る情報から“あえて距離を取る”

共感疲労を感じやすい方は、情報にも敏感な傾向があります。
以下のようなものは、無意識のうちに心の負担になることがあります。

  • SNSのネガティブな投稿
  • ニュースの刺激的な見出し
  • 職場の不満や愚痴

「見ない時間をつくる」「通知をオフにする」だけでも、驚くほど心の静けさが戻ってくることがあります。


まとめ
  • バウンダリー(心理的境界線)は心を守る最重要スキル
  • 感情は抱え込まず、ラベル付けやデトックス時間でリセット
  • 睡眠・呼吸・小休息などの身体ケアは疲労回復に必須
  • セルフコンパッション(自分への優しさ)は共感疲労の特効薬
  • “優しさ”は消耗される資源。守るための工夫が必要

共感疲労は、誰かを大切に思っているからこそ起きる“心のSOS”です。

決して弱さではなく、むしろあなたが誠実で、他者の痛みに気づける人だからこそ生じる自然な反応です。

もし今、疲れや無力感、イライラ、眠れないといった状態が続いているなら、自分を責める必要はありません。

まずは少し立ち止まり、心を休ませる時間をつくってみてください。

最後に、この記事のポイントをもう一度まとめます。


<本記事のまとめ>

  • 共感疲労とは:他者の感情に寄り添いすぎることで心が消耗する状態
  • 原因:共感過多・境界線の弱さ・感情労働・ストレス環境・脳のストレス反応など
  • サイン:慢性疲労・無力感・イライラ・離職リスク・メンタル不調
  • 対策:境界線の設定、情報と距離を置く、睡眠・運動・休息、職場環境の調整
  • 必要な場合は専門家へ:長期化した不調や日常生活への支障は受診の目安

あなたの心は、あなたが思っている以上に繊細で、そしてとても大切なものです。

どうか“誰かのため”だけでなく、“あなた自身のため”にも優しい選択を続けてあげてくださいね。

【参考文献】

・ヘルスケア従事者やソーシャルワーカー、教師など、対人援助職で共感疲労が高率にみられることが多数報告されている。J-STAGE

・共感疲労は「他者の苦痛への継続的な曝露」によるストレス反応であり、個人要因と職場要因が組み合わさるとするレビュー PMC

・共感疲労やSTSのレビューで、他者のトラウマへの感情的巻き込まれが症状の中心であるとされる ResearchGate

・二次的外傷性ストレスやビカリアストラウマの説明で、クライエントの問題を「自分のものとして抱え込む」ことがリスクになると記載 サイエンスダイレクト

・ミラーニューロン系が「他者の行動観察時」と「自己の行動実行時」の両方で活動することを示した研究 サイエンスダイレクト

・ゆっくりとした呼吸(1分間あたり約6呼吸前後)は心拍変動(HRV)を高め、迷走神経活動・副交感神経活動と関連することが報告されている。サイエンスダイレクト

・運動はうつ病・不安症状の予防・改善と関連し、治療ガイドラインでも推奨されている。PMC

・共感疲労や二次的外傷性ストレスの症状として「情緒的麻痺(emotional numbing)」「共感の低下」が挙げられている。J-STAGE

・米国の看護師などを対象とした研究で、共感疲労やバーンアウトが離職意向と有意に関連することが報告されている。PMC

・共感疲労や関連するバーンアウトが、不安・抑うつ症状と有意に関連することが多数報告されている(ホスピスボランティア、看護師、介護職など)。nursing.ceconnection.com

共感疲労やバーンアウト対策として、早期のセルフケア・勤務負荷の調整・境界設定・スーパービジョンなどが推奨され、症状悪化の予防につながるとされている。APA