コロナ禍を経て、企業と従業員の「健康」を取り巻く環境は一変しました。
ストレスチェック制度は形骸化し、産業保健の現場では紙ベースの管理や属人的な運用が依然として残る——。そんな状況のなかで、データの力を活かし、企業・健保・従業員の三者をつなぐ新しい健康経営の形を提案しているのが、株式会社JMDCの『Pep Up for WORK』です。
今回は、株式会社JMDC プロダクトビジネス本部 事業推進部 部長 野本 有香氏にお話をお伺いしました。
医療・健診データの解析に強みを持つJMDCが、産業保健の領域に踏み出した背景には、「健康を守るだけでなく、予防し、生産性へつなげる」という確かな使命感がありました。
データプラットフォーマーが挑む“次世代の健康経営”とは——。
◎お話を伺った方のプロフィール

野本 有香 | 株式会社JMDC プロダクトビジネス本部 事業推進部 部長
大阪大学人間科学部を卒業後、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。エンゲージメント・マネジャーとして、ヘルスケアを中心とする多数の企業に対してコンサルティングを行う。その後、2021年より株式会社JMDCに入社。当初は製薬企業に対する医療ビッグデータ利活用コンサルティング事業の立ち上げを担い、製薬企業向けの営業マネジャーも務めた。その後、「健康経営アライアンス(R)」の立ち上げに携わるなど、企業の健康経営支援に軸足を移し、現在も事業拡大に注力。
※「健康経営アライアンス(R)」は、オムロン株式会社の登録商標です。
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
健保から企業へ ― JMDCが見据える新たな健康経営のかたち
医療データプラットフォーマーとして知られる株式会社JMDCは、これまで全国の健康保険組合と連携し、健診やレセプトデータをもとに疾病リスク分析や予防支援を行ってきました。2000万人を超える医療データを保有する同社は、まさに「日本の健康データインフラ」といえる存在です。
しかし、長年にわたり健保と加入者の健康を支えてきたJMDCが、いま「企業」向けの新サービスを立ち上げた背景には、明確な問題意識がありました。
それは――「企業と従業員の間に健康の対話が生まれていない」という現実です。
健保がどれほど充実した施策を用意しても、実際に従業員と日々向き合うのは企業の人事部門や産業保健スタッフです。ところが、健保と企業の間には情報の壁があり、せっかくの健康データが十分に活用されていませんでした。健診結果は健保に、ストレスチェックは企業に、産業医面談は別の管理システムに――。それぞれが分断された状態では、従業員の健康を包括的に把握することができません。
この課題を解決するために開発されたのが、企業の産業保健をデジタルで支える『Pep Up for WORK』。
従来は紙やExcelで管理されていた健康診断結果、ストレスチェック、産業医コメントなどを一元化し、企業が健康課題の全体像を把握できるようにしました。また、個人向けPHRサービス「Pep Up」と連携することで、従業員が自分の健康データを能動的に確認し、行動変容を促すことも可能にしています。
「私たちが目指したのは、企業・健保・従業員が一体となって“健康をつくる”仕組みをデータで実現すること。産業保健という枠を超え、心身両面から健康を支えることを目標にしました。」
そう語るのは、プロダクトビジネス本部 事業推進部 部長の野本有香氏です。
産業保健の現場を効率化するだけでなく、企業が健康経営を自ら推進できる新たな基盤として注目を集めている『Pep Up for WORK』についてさらに掘り下げて見ていきます。

非効率な産業保健業務にメス ― データでつなぐ現場改革
企業の産業保健活動は、社員の健康を守る重要な基盤でありながら、その運用にはいまだ多くのアナログ作業が残っています。
健康診断の結果は紙やExcelで個別管理され、産業医や保健師とのやり取りはメールやファイル添付で行われる――。
形式上は「管理されている」ように見えても、実際にはデータがつながらず、分析に活かせないという課題が多くの企業に共通しています。
JMDCが企業の人事・健康推進部門へのヒアリングを重ねる中で浮かび上がったのは、こうした「業務の非効率」と「データの分断」でした。
産業医の高齢化や専門人材不足も相まって、ITツールの導入が進みにくい現場も少なくありません。
さらに、ストレスチェックも法定義務として“実施すること”が目的化しており、結果を職場環境の改善に結びつけられていない企業が大半を占めます。
「ストレスチェックを単なる“義務”で終わらせず、職場改善の出発点にしていく。そのために必要なのが、データの可視化と活用です」
そう語る野本氏の言葉を体現しているのが、『Pep Up for WORK』の特徴です。
このプラットフォームでは、健康診断・ストレスチェック・産業医面談記録など、これまでバラバラに扱われていたデータをクラウド上で一元管理。
人事担当者や産業医、保健師など複数の関係者が同じ情報基盤で従業員の状態を把握できるようになりました。
これにより、従来のように「データを集めるための作業」に追われる時間が削減され、職場改善に向けた分析と対話に注力できるようになっています。

特にストレスチェック機能は多くの企業から評価されているポイントだそうです。
低コストかつ見やすい画面設計、充実した分析レポートによって、導入企業の多くがこの機能から利用を開始しています。また、従業員はPep Up等の個人アカウントを通じて簡単に受検でき、ストレスチェックを入口に従業員の健康意識にも寄与しています。
『Pep Up for WORK』によって、健診・面談・ストレスチェックが孤立していた従来の構造を脱し、企業・健保・従業員が同じデータを共有することで、“改善アクション”につながります。
次の章では、『Pep Up for WORK』というプロダクトがどのようにして誕生したのか、その背景を深掘りします。

現場から生まれた進化 ― 共創が支えるプロダクト開発
『Pep Up for WORK』の開発初期、JMDCにとって大きな転機となったのが、最初に導入を決めた企業との出会いでした。
当時、同社は複数の競合と提案を競っており、機能面では後発。決して有利な状況ではありませんでした。
それでも選ばれた理由は、「完成度」ではなく「共に成長していける姿勢」でした。
「私たちは、最初から完璧なシステムを提供できたわけではありません。
むしろ、現場の声を聞きながら一緒に磨き上げていく姿勢を大切にしていました。
そのスタンスに共感いただけたことが、最初のご契約につながったのだと思います。」
と、ご担当者は当時を振り返ります。
導入後は、ミーティングを重ねながら、現場の課題を一つずつ解決していきました。
ストレスチェックの結果画面の改善、管理画面の操作性向上、分析レポートのカスタマイズ対応など――。
ユーザーの要望を即座に開発チームへフィードバックし、機能改善を反映するスピード感が、現場の信頼を確立しました。
ユーザー企業の声から生まれた改善点が標準機能として実装され、次の導入企業では初期段階から使える仕組みへと発展。
その積み重ねが、『Pep Up for WORK』をより汎用性の高い健康経営プラットフォームへと成長させたのです。
また、プロダクトの導入支援の枠を超え、健康経営を文化として根づかせる伴走者として、企業の変革を後押ししてくれる存在と言えるかもしれません。
企業も個人も“データでつながる”社会へ
『Pep Up for WORK』は、いまや多くの企業の産業保健を支えるプラットフォームとして浸透しつつあります。
しかし、JMDCが見据えている未来は、単なる企業内システムの効率化にとどまりません。
その視線の先にあるのは――「企業と個人の垣根を超え、健康データが循環する社会」です。
これまでJMDCの「Pep Up」シリーズは、主に健康保険組合を通じて提供されてきました。
健保が中心となり、加入者に健康情報を届ける仕組みとして発展してきたのです。
しかし近年、企業自らが健康経営の主体となる流れが加速し、「健保を介さず、企業単体でもデータを活用したい」というニーズが高まりつつあります。
野本氏はその変化をこう語ります。
「これまで健保経由でしか利用できなかった仕組みを、企業単体でも導入できるようにすることで、より多くの組織がデータドリブンな健康経営に踏み出せます。産業保健を効率化するだけでなく、従業員一人ひとりが自分の健康を“自分ごと”として考えられる環境づくりを進めたいと考えています。」
さらにJMDCが注力しているのが、PHR(Personal Health Record)のポータビリティ化です。
転職、副業、リモート勤務――。働き方が多様化するなかで、健康データが企業や健保の枠に閉じてしまう構造では、本人の長期的な健康支援が難しくなります。
そこで同社は、個人が自分の健康データを安全に保有し、異なる職場や環境でも継続的に活用できる仕組みの実現を目指しています。
この発想は、単なるテクノロジーの話ではありません。
健康データを共通言語として、企業も個人も、そして社会全体もつながっていく。
データを通じて「誰もがウェルビーイングを実感できる社会」を築くことこそ、JMDCが描く未来像なのです。
『Pep Up for WORK』はその第一歩として、企業・健保・従業員の間に橋をかけ、「健康を共につくる」時代のインフラへと進化を続けています。ウェルビーイングを実現する新たな社会モデルの姿そのものです。

ROIより“今やる意味” ― 健康経営を先送りしない理由
「健康経営の重要性は理解している。けれど、投資効果が見えにくく、なかなか踏み出せない」――。
これは、多くの企業の経営層や人事担当者が抱える共通の悩みです。
健康施策は売上や利益に直結しにくいため、どうしても“コスト”とみなされがちです。
しかしJMDCは、健康経営を「未来への投資」と捉える視点こそが重要だと指摘します。
野本氏はこう語ります。
「ROI(投資対効果)が見えにくいからといって後回しにしていると、気づいたときにはもう遅い。
社員の高齢化や生活習慣病リスクが顕在化してからでは、対応コストも時間も何倍にも膨れ上がります。
健康経営は“今やるべき経営課題”なんです。」
JMDCが保有する膨大な健康データからは、健康と生産性の間に確かな相関関係が見えてきています。
生活習慣病やメンタル不調を抱える社員が増えると、プレゼンティーズム(出勤しているが生産性が低い状態)の発生率が上昇し、結果的に企業全体のパフォーマンスを押し下げます。
一方、健康経営に積極的な企業ほど、休職率の低下や離職防止につながる傾向が確認されています。

実際に、『Pep Up for WORK』を導入した企業の多くは、小さな取り組みから変化を実感しています。
最初はストレスチェックや健診データの整理といった限定的な導入から始まり、次第に産業医面談や健康施策の効果検証へと活用範囲を拡大。
「まずはデータを可視化する」という一歩が、組織全体の健康意識を変え、職場のコミュニケーションやエンゲージメント向上にまで波及しています。
「大きな仕組みを一度に作ろうとしなくていい。
自社の課題をデータで“知る”ことから始めるだけでも、企業の未来は確実に変わります。」
野本氏の言葉は、健康経営を難しく考えすぎている企業へのメッセージでもあります。
社員が心身ともに健やかでいられる環境を整えることは、組織の持続的成長を支える最も確実な手段。
そして、その第一歩を“今”踏み出すことこそが、未来への最大のリターンをもたらすのです。
社員が健康で幸せに働ける社会を目指して
『Pep Up for WORK』が描く未来は、単に企業の産業保健を効率化することではありません。
その根底にあるのは、「健康をデータで守り、幸せを社会全体で育む」という理念です。
企業・健保・従業員がそれぞれの立場で健康課題に取り組むのではなく、共通のデータ基盤のもとで支え合う社会を実現すること――。
それがJMDCのめざす方向です。
野本氏は語ります。
「産業保健や健康経営は、特別なことではありません。
誰もが自分の心と体に向き合い、少しでも前向きに働けるようになる――。
その文化を社会全体に広げていくことが、私たちの使命だと感じています。」
データはしばしば「冷たいもの」と思われがちです。
けれど、JMDCにとってデータとは“人の生き方を映す鏡”のような存在です。
健診結果の数値の裏には、一人ひとりの生活や努力、そして日々の変化があります。
だからこそ、同社はデータを“守るべきもの”として扱いながら、人の幸福へ還元する道を模索し続けているのです。
野本氏は最後に、自らの想いをこう語りました。
「私たちはPep Upシリーズを通じて、働く人々のウェルビーイングを実現したいと本気で考えています。
だからこそ、まずは自分たち社員がウェルビーイングであることを大切にしています。
チームの一人ひとりが楽しく幸せに働けているか――それを常に意識しています。」
その言葉には、テクノロジー企業でありながら、“人の幸せを支える会社”としての誇りが感じられます。
『Pep Up for WORK』は、産業保健という地味で複雑な領域に真正面から向き合い、「人の幸せを支えるためのテクノロジー」を磨き続けています。
データで変える健康経営――。
その挑戦は、これからも多くの企業と人々の未来を照らし続けていくことでしょう。
