食べることは、生きるうえで欠かせない営みです。
しかし、心が追い詰められたとき、食事が「苦しみ」や「コントロール」の手段になってしまうことがあります。
摂食障害は、単なる食の乱れではなく、心のSOSが表に現れた状態です。
そこでこの記事では、
- 摂食障害に関する4つの症状・定義
- 摂食障害の原因、背景
- 摂食障害における治療・回復の道筋
- 再発予防のセルフケアや家族にできるサポート
を、専門的な視点から徹底的に解説します。
摂食障害とは?基本の理解と種類
摂食障害は、食行動の問題にとどまらず、心理的・社会的な苦しみと深く関わる「こころの病」です。
この章では、摂食障害とは何かという基本的な定義と、代表的な種類(拒食症、過食症、過食性障害、ARFIDなど)について、最新の診断基準を踏まえながらご紹介します。
摂食障害の定義と DSM-5-TR/ICD-11 における位置づけ
摂食障害は、食行動・体重・体型に関する極端な思考や行動によって、心身に重大な影響を及ぼす精神疾患です。
単なる「ダイエットのしすぎ」や「食べすぎの癖」とは異なり、本人の意志だけではコントロールが難しい状態で、早期の理解と支援が重要です。
精神疾患としての正式な位置づけ
- DSM-5-TR(アメリカ精神医学会の診断マニュアル)では、「摂食および摂取障害(Feeding and Eating Disorders)」というカテゴリーに分類されています。
- ICD-11(世界保健機関WHOの国際疾病分類)においても、摂食障害は独立したカテゴリとして位置づけられています。
このように、摂食障害は国際的にも医学的にも明確に定義されている「精神疾患」です。
診断の特徴的ポイント
- 体重や体型に対するゆがんだ認識(ボディイメージの障害)
- 極端な食行動(食事制限、むちゃ食い、嘔吐、下剤乱用など)
- 体重や体型が自己評価に過度に影響する傾向
- 本人が病識を持ちにくい(=自分が病気だと気づかない)ことも多い
また、摂食障害は10〜20代女性に多いとされますが、実際には性別・年齢に関係なく誰でも発症する可能性があります。
近年は男性や中高年層のケースも注目されてきています。
主な4つのタイプ ― 「拒食症(神経性やせ症)」「過食症(神経性過食症)」「過食性障害」「回避・制限性食物摂取症(ARFID)など」
摂食障害にはいくつかのタイプがあります。
それぞれ症状や特徴が異なり、治療方針も変わってきます。ここでは代表的な4つの疾患について説明します。
タイプ1:神経性やせ症(拒食症):「食べること」が恐怖や不安と結びついてしまう状態
このタイプでは、極端な食事制限が続き、体重が大きく減少してしまいます。
ときに BMIが17未満になるほど、身体は痩せ細ってしまうことがあるので、注意が必要です。
心の中ではなにが起きているのか
- 少し体重が増えるだけで、強い不安に襲われてしまう
- 鏡に映る自分の姿が「太っている」と感じられてしまう
- 「食べないこと」が安心感や「うまくやれている」という感覚と結びつく
こうした状態は、「痩せたい」ではなく、「食べることがこわい」という感覚が中心にあります。
周囲から見てどれほど痩せていても、本人はそれを受け入れられないことが少なくありません。
身体への影響
栄養が不足することで、身体と心に深い影響が及びます。
- 無月経(生理が止まる)
- 骨がもろくなる(骨粗しょう症)
- 脱水や体力低下
- 不整脈や電解質異常 → 場合によっては 命に関わることがあります。
タイプ2:神経性過食症(過食症):過食と排出行動の「苦しいループ」に悩まされる状態
このタイプでは、短時間に大量に食べてしまう「むちゃ食い」と、その後に「嘔吐を意図的に誘発する」「下剤や利尿剤を使う」などの排出行動を繰り返します。
心の中ではなにが起きているのか
- 強いストレスや不安を、食べることで一時的に和らげようとする
- 「食べてしまった」→「自分はダメだ」という自責感
- その苦しさから「吐いて帳消しにしよう」としてしまう
この繰り返しは 本人が望んだものではなく、苦しみからの「必死の対処」 であることが多いです。
身体への影響
- 電解質バランスの乱れ(低カリウム血症は特に危険)
- 胃腸や喉の炎症
- 歯のエナメル質が弱くなる(胃酸による)
- 抑うつや不安症との併発も多い
タイプ3:過食性障害(過食はあるが、嘔吐や下剤使用などの排出行動がないタイプ)
「むちゃ食い」が起こる点は過食症と同じですが、自分で吐いたり、下剤を使って帳消しにしようとはしません。
心の中での感情
- 食べる手が止まらなくなる 自分では抑えられない感覚
- 食後に押し寄せる 強い罪悪感や自己嫌悪
- 「またやってしまった…」という失望感
とてもつらい状態ですが、誰にも言えず、「人に理解されない苦しさ」 を抱え込んでしまう人が多いです。
身体への影響
排出行動がないため、体重が増えやすくなり、
- 肥満
- 高血圧
- 糖尿病
- 脂質異常症
などの生活習慣病につながることがあります。
思春期〜成人初期に多いですが、40〜50代での発症も決して珍しくありません。
タイプ4:回避・制限性食物摂取症(体重や見た目ではなく、「食べる感覚そのもの」がつらい状態)
このタイプでは、「太りたくない」から食べないのではありません。
食べること自体に「怖さ」や「嫌悪感」がともなうことがあります。
よくある理由
- 食感やにおい、見た目に対する 強い感覚過敏
- 「喉に詰まる気がする」という恐怖
- 過去の嘔吐体験や窒息の記憶が結びついている
そのため、食べられる食品が少なくなり、結果として栄養が偏ったり不足したりします。
特徴的な点
- 体型や体重へのこだわりはほとんど見られません。
- ここは、他の摂食障害と大きく異なるポイントです。
身体への影響
- 発育遅延(子ども・思春期の場合)
- 貧血
- 栄養失調
発達特性(ASD / ADHD)との併存が見られる場合もあります。
- 摂食障害は、単なるダイエットのしすぎではなく、れっきとした精神疾患です。
- 主な種類は以下の通りです:
- 拒食症(極端な痩せ志向と栄養制限)
- 過食症(むちゃ食い+嘔吐・下剤)
- 過食性障害(むちゃ食いのみ)
- ARFID(感覚過敏や恐怖による摂取制限)
- 摂食障害の種類ごとに、心理的背景や身体への影響、治療方針が異なります。
摂食障害についての基本的な分類と特徴をご理解いただけたでしょうか。
では、なぜこのような行動や思考が生まれてしまうのでしょうか?
次の章では、摂食障害の「原因」や「発症メカニズム」を、生物学的・心理的・社会的な観点から詳しく掘り下げていきます。
摂食障害はなぜ起きる?原因・背景を理解する
摂食障害は、単なる「食の問題」ではなく、心と身体、そして社会との関係が複雑に絡み合って生じる疾患です。
なぜ自分や身近な人が苦しむことになったのか、その背景を知りたいと願う方も多いでしょう。
この章では、摂食障害が生じる主な要因を〈生物学的・心理的・社会的〉の3側面から紐解き、さらに発症のきっかけや転機についても詳しく解説します。
生物学的・遺伝的要因(脳・感情制御・神経伝達物質など)
摂食障害は、心の問題として語られることが多い一方で、近年の研究では生物学的な脳の働きや神経系の異常も深く関わっていることがわかってきました。
原因1:脳内の報酬系と食行動の関係
私たちが何かを食べたときに「おいしい」「幸せだ」と感じるのは、脳の中にある報酬系という仕組みが働くからです。
この報酬系は、ドーパミンという神経伝達物質がかかわり、喜びや満足感を感じさせてくれます。
しかし、摂食障害では、この報酬系の反応の仕方が通常と少し異なる場合があります。
たとえば、拒食症の方の場合、「食べること」よりも「食べないこと」に対して安心感や達成感が生じてしまうことがあり、これは脳の構造的な問題で「意志が強い・弱い」という話ではありません。
脳の反応がそのような方向に傾きやすくなっているために、結果として食行動が歪んで見えているだけなのです。
原因2:セロトニンやドーパミンなど神経伝達物質のバランス悪化
食欲や気分、衝動のコントロールに深く関わっているセロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質も、摂食障害ではバランスが崩れやすいことが知られています。
- セロトニンは「心の落ち着き」や「満足感」に関わります→ この調整がうまくいかなくなると、不安(自分は太ってるのではないか…?など)が強くなったり、気持ちが揺れやすくなってしまいます。
- ドーパミンは「やる気」や「報酬」を感じる仕組みをつかさどります
→ この反応が過敏になったり鈍くなったりすることで、過食の衝動が強まったり、逆に食事を避けたくなったりすることがあります。
また、感情を整理したり、自分を落ち着けたりする役割を持つ前頭前野と呼ばれる脳の領域の働きが弱まることもあります。
そうすると、「やめたいのに、止められない」という状態が起こりやすくなります。
ここでも大切なのは、これは「意志が弱いから」ではない、ということです。
原因3:遺伝的な素因
摂食障害には遺伝的な素因が関わっていることも分かっています。
双子を対象にした研究では、一卵性双生児(遺伝情報がほぼ同じ)では、摂食障害が同時にみられることが多い、という報告があります。
これは「決まった遺伝子が摂食障害を引き起こす」わけではありませんが、
- ストレスへの感じ方
- 環境の変化への敏感さ
- 感情の揺れやすさ
- 完璧さを求める傾向
といった「性質の土台」に関わる遺伝的影響が、摂食障害の発症しやすさに関係していると考えられます。
つまり、生まれつき繊細で感受性の高い人ほど、心が疲れたときに食行動に影響が現れやすい可能性があるのです。
心理的要因(完璧主義・自己評価の低さ・トラウマ・ストレス・家族関係など)
摂食障害は、「心の声が食行動に表れている」とも言えます。
その背景には、特定の性格傾向や心理的な傷つきが存在することが多いのです。
原因4:完璧主義と自己批判の強さ
多くの摂食障害の方は、非常に高い理想を自分に課す「完璧主義」の傾向があります。
少しでも理想の体型から外れると「ダメな自分」として強く否定し、自己評価が大きく揺らいでしまうのです。
「痩せていないと好かれない」
「細い自分じゃなきゃ意味がない」
「食べたら自分は終わりだ」
こう感じる人は、とても多いです。
この信念は決して「思い込み」ではなく、その人が生きてきた中で身につけざるを得なかった“心のルール” なのです。
このような傾向は「認知のゆがみ(スキーマ)」と呼ばれ、認知行動療法などの心理療法で焦点を当てる部分です。
原因6:トラウマや心の傷
摂食障害の背景には、幼少期の虐待・ネグレクト・いじめといった心理的外傷(トラウマ)が潜んでいることもあります。
こうした経験は、「自分を守るための方法」として、食行動に変化をもたらすことがあります。
原因7: 「痩せていることが美しい」という偏った価値観
日本社会では、「細いこと=美しさ・努力・自己管理ができる証」といった偏った美の基準が根強くあります。
またinstagramやTikTokなどのSNSでは、細い体型のほうが「いいね」がつきやすく、それがまた「細さは褒められるもの」として強化されてしまいます。
特に若年層の女性は、メディアで描かれるモデル体型に影響されやすく、BMIが正常範囲でも太っていると感じて苦しくなることは、決して珍しくありません。
発症のきっかけ・転機(思春期・ダイエット開始・受験・失恋・身近な変化など)
摂食障害は、特定のストレッサーやライフイベントをきっかけに発症することがあります。
きっかけ1:思春期の心と体の変化
初潮や体型の変化、他者との比較、性的な意識の芽生えなど、思春期は自分の身体との関係性が大きく揺らぐ時期です。
この時期に体重への敏感さが増し、過度なダイエットが発症の契機になることがあります。
きっかけ2:ダイエットの開始
「軽い気持ちで始めたダイエットが止まらなくなった」という方は少なくありません。
達成感や体重減少への称賛が強化されることで、極端な制限や過食嘔吐が常態化してしまう場合があります。
きっかけ3:ストレスイベント(受験・失恋・転居など)
人生の節目で起きるストレスも、発症を後押しする要因になります。
コントロールできない状況の中で、「食」だけは自分でコントロールできるという感覚が、摂食行動に向かわせることがあります。
- 摂食障害には、生物学的・心理的・社会的な複数の要因が絡み合っている
- 脳内物質(セロトニン・ドーパミン)や遺伝的素因が背景にあることも
- 完璧主義・自己評価の低さ・トラウマなどの心理的傾向が深く関与する
- ダイエット文化やSNSの体型プレッシャーも大きな社会的要因
- 発症には、思春期やダイエット、受験・失恋などのストレスが関与することが多い
では実際に、摂食障害の方にはどのようなサインや症状が現れるのでしょうか?
次の章では、本人や周囲が気づくための「症状チェック」や「行動のサイン」を詳しく解説していきます。
早期発見に向けたヒントをお伝えします。
こういうサインに注意 ― セルフチェック診断の視点
摂食障害は、本人が「自分は病気だ」と気づきにくい疾患です。
しかし、早期に気づくことが回復への第一歩です。
この章では、摂食障害に見られる主な症状やリスク、そして発症しやすい傾向について、セルフチェックの視点からわかりやすく説明します。
主な症状、摂食障害のチェックリスト
摂食障害の症状は人それぞれですが、多くの場合、「食べること」「体重」「体型」が心の中で占める割合がとても大きくなることで現れます。
以下のような行動が続いているときは、あなたの心が少し疲れているサインかもしれません。
兆候1. 食事制限(制限的な食べ方)
・「太りたくない」「食べたらだめ」という思いが強く、食事を大幅に減らしてしまう
・炭水化物・油・甘いものなど、特定の食品を“完全に避けよう”とする
・栄養ではなく「カロリーの数字」ばかり見てしまう
はじめは「美容」「健康」「ダイエット」のつもりでも、過度になると心も身体も追い詰められ、疲れやすさ・集中力低下・月経の乱れへつながります。
兆候2. むちゃ食い(過食)
・短時間で一気にたくさん食べてしまう
・食べている最中、「止めたいのに止まらない」と感じる
・食べたあと、強い罪悪感や自己嫌悪に襲われる
多くの場合、ストレス・寂しさ・不安・疲労が引き金になっています。
食べることは「心の痛みをまぎらわせる手段」となりやすいのですが、これはあなたが悪いのではありません。
心が助けを求めている状態なのです。
兆候3. 嘔吐や下剤・利尿剤の使用(排出行動)
・「食べたことをなかったことにしたい」と感じて行ってしまう
・習慣になり、やめようと思ってもやめられない
これらは体に大きな負担をかけ、電解質異常 → 不整脈 → 命の危険につながることもあります。
兆候4. 過度な運動(強迫的な運動)
・「食べた分を消費しなきゃ」と強い不安を感じる
・体調が悪いときでも運動をやめられない
「努力している」ように見えても、実際には心が休む隙間を失ってしまっています。
兆候5. 体重・体型への強いこだわり
・体重計に何度も乗ってしまう
・鏡を見るたびに「まだ太っている」と感じる
・他人の体型やSNSの投稿と自分を比べてしまう
ここにあるのは「美意識」ではなく、自己評価の揺らぎです。
あなたの本当の価値は、体重の数字や鏡に映る形だけでは決まりません。
いま少しでも心に引っかかった方へ
ここまでの行動が生活の中心になっていたり、「自分ではコントロールできない」と感じる瞬間があるなら、それは専門家に頼ってよいタイミング です。
摂食障害は、あなたのせいでも、意志の問題でもありません。
あなたの心が、ずっと頑張り続けてきたからこそ、今、疲れが形としてあらわれているのです。
- 摂食障害のサインは「食べ方の異常」だけでなく、行動・感情・身体・思考に現れます。
- 代表的な症状には、食事制限、むちゃ食い、嘔吐、下剤使用、過度の運動などがあります。
次章では、精神科・心理療法・栄養指導など、治療の全体像について詳しく解説していきます。
診断・治療プロセスと回復までの道筋
摂食障害は「意志の弱さ」や「一時的な悩み」ではなく、医学的な治療が必要な疾患です。
しかし、「どこを受診すればいいのか」「治療には何が行われるのか」「本当に治るのか」と不安を抱える方も多いかもしれません。
この章では、診断から治療、そして回復までの流れを、医学的根拠に基づきながら、わかりやすく丁寧に解説します。
受診や診断のポイント(どの専門科?検査・評価の流れ)
摂食障害の疑いがある場合、最初の受診先は「精神科」「心療内科」「児童思春期外来」などのメンタルヘルス専門科が適切です。
身体的な栄養障害や体重変動がある場合には、内科や小児科などとの連携も必要になるため、多職種連携が可能な医療機関を選ぶことが理想です。
診断はどのように行われる?
診断には、DSM-5-TRやICD-11に準拠した基準を用いて、以下のような評価が行われます。
- 食行動のパターン(制限、過食、嘔吐の頻度など)
- BMI(体格指数)や体重の変化
- 身体症状(無月経、低体温、電解質異常など)
- 心理状態(自己評価、罪悪感、抑うつ、不安)
- 合併疾患の有無(うつ病、不安障害、強迫症など)
多くの場合、問診・面接に加え、血液検査・心電図・骨密度測定などの身体評価も併用されます。
思春期のケースでは、本人と保護者の両方からの聞き取りが重要となります。
治療の柱 ― 栄養療法・心理療法・薬物療法・家族療法
摂食障害の治療は、単に体重を増やすことだけが目的ではありません。
心と身体の両方を整えながら、安心して「食べる」感覚を取り戻していくプロセスです。
そのためには「包括的アプローチ」といって、複数の専門家がチームを組んで支える方法が基本になります。
具体的には、栄養療法・心理療法・薬物療法・家族療法の4つの柱を組み合わせて行います。
栄養療法 ― 身体の土台を回復させる第一歩
治療の最初のステップは、「身体を整えること」です。
極端な食事制限が続くと、低体温、脈の乱れ、無月経、脱水、筋力低下など、命に関わる状態に陥ることがあります。
まずは適切な栄養の摂取と体重の回復をめざし、以下のような支援が行われます。
- 食事内容の調整:段階的に摂取量を増やしていくことで、無理のない形で栄養を取り戻します。
- 心理的サポート:食後の不安感や罪悪感が強い場合には、カウンセラーや医師が気持ちの揺れに寄り添います。
- 管理栄養士との連携:食事の記録や補助食品の活用、バランスの良い食事指導などが行われます。
- 医療的介入:体調が著しく悪化している場合には、点滴や経管栄養などを用いることもあります。
「食べること」が怖くなっている方にとって、栄養療法は不安の多い過程かもしれません。
けれど、体のエネルギーが戻ることで、思考の柔軟性や感情の安定も取り戻せるようになります。
心理療法 ― 歪んだ思考や行動を優しく解く
摂食障害では、「太るのが怖い」「食べたら自己嫌悪に陥る」など、極端な思い込みや自己否定的な考え方が根底にあることが多いです。
そうした認知のゆがみを見つめ直し、行動の選択肢を広げていくのが、心理療法の役割です。
特に効果が示されているのが、CBT-E(Enhanced Cognitive Behavioral Therapy)という摂食障害に特化した認知行動療法です。
CBT-Eでは、以下のような課題に取り組みます。
- 「食べること」「体型」に対する極端な信念の見直し
- 「完全でなければダメ」「太ったら価値がない」といった白黒思考の修正
- 衝動的な過食を引き起こす感情や環境のトリガーの特定と、適応的な対処法の学習
また、CBT-E以外にも以下のような心理療法が併用されることがあります。
- 対人関係療法(IPT):人間関係のストレスや孤立感へのアプローチ
- マインドフルネス認知療法:今この瞬間の感覚に気づく力を育て、不安や自己批判から距離を取る方法
- 動機づけ面接(MI):本人が「回復したい」という気持ちを少しずつ育てていく面接技法
心理療法は、「変わりたいけど怖い」「本音を言うのが苦しい」といった気持ちにも寄り添いながら、小さな一歩を積み重ねるプロセスです。
薬物療法 ― 合併する症状への対処として
摂食障害そのものを直接治す薬は限られています。しかし、うつ病・不安症・強迫症・過食衝動などの合併症に対して、薬は役立つことがあります。
代表的な例として:
- 過食・排出型の摂食障害(特に神経性過食症) → フルオキセチン(SSRI) が有効とされることがあります。
- 過食性障害(BED) → 特定の薬(リスデキサンフェタミン等)が選択肢となる国もあります(※国によって承認状況は異なる)。
- 神経性やせ症 → 食事療法と心理療法が中心ですが、オランザピンが体重回復や不安の軽減に寄与することが報告されています。
大切なのは、薬は「治療の中心」ではなく、「回復に向けて心を支える補助」であるということです。
主治医と丁寧に相談しながら進めます。
家族療法 ― 支える人も治療チームの一員
特に10代〜20代前半の方の摂食障害では、家族療法の重要性が高まります。
本人が治療に前向きになれない場合でも、家族の関わりが回復の鍵になることが多いからです。
代表的なのがMaudsley法(モーズリー法)というアプローチで、家族が治療者の一部として以下のような関わりをします。
- 本人が安心して食べられる環境づくり
- 強制や叱責ではなく、共感的で非対立的な支援
- 家族自身の不安やストレスへのカウンセリングや情報提供
摂食障害は、家族全体の関係性にも影響を及ぼす疾患です。
そのため、家族もサポートを受けながら、本人と一緒に回復を目指していくことが大切です。
入院が必要となるケース・在宅・外来で進むケース
■ 入院が推奨される基準
以下のような状態では、安全確保と集中的な治療のため入院が必要です。
- 著しい低体重(BMIが極端に低い、栄養失調)
- 電解質異常や不整脈のリスク
- 自傷・希死念慮・自殺念慮がある
- 家庭環境での支援が困難
- 外来通院での治療が不十分
入院では、医師・看護師・心理士・栄養士などの多職種チームが24時間体制で回復を支えます。
在宅・外来での治療
状態が安定している場合や、家族の協力が得られる場合は、外来や在宅での治療が中心となります。
週1〜2回の通院に加え、必要に応じて訪問支援やオンライン相談を組み合わせます。
外来でも、通院栄養指導や個別の心理療法は継続的に提供されます。
- 精神科・心療内科が受診先。診断はDSM-5-TR/ICD-11に準拠
- 治療は「栄養・心理・薬・家族」の多面的アプローチが基本
- 状態によっては入院も。外来や在宅治療で進むケースも多い
- 再発を防ぐためには継続的な支援とセルフケアが重要
摂食障害の診断や治療の流れを理解することで、「ちゃんと治療の道がある」と感じられた方もいるかもしれません。
最終章では、そんなあなたや、身近な誰かの回復を支えるために、家族や周囲ができる関わり方や支援のあり方について詳しくご紹介していきます。
セルフケア・家族・周囲ができる支援・再発予防
摂食障害は「治療を受ければ終わり」ではなく、その後の生活の中でいかに心と身体を整え続けられるかが大切です。
回復期には不安定さも残るため、セルフケアと周囲からの温かい支援が必要不可欠です。
また、再発を防ぐためには、日常の中の“ささやかな違和感”に気づき、早めに対処することが鍵となります。
この章では、ご本人ができること、ご家族や周囲が支えられること、社会の場で求められる配慮、そして再発を防ぐヒントについて、精神科医の視点からお伝えします。
本人ができるセルフケア(食事のリズム・栄養バランス・身体を責めない・感情への気づき)
1日3食、なるべく同じ時間に
摂食障害では「空腹かどうかがわからない」「怖くて食べられない」という感覚がよくあります。
そのため、「お腹がすいたら食べる」よりも、「時間で決めて食べる」ことが大切です。
食事のリズムを整えることは、体内時計だけでなく、心の安定にもつながります。
栄養のバランスより「安心して食べられるものから」
「バランスの良い食事」が理想でも、いきなりすべてを実践しようとすると負担が大きくなります。
まずは「安全に食べられるもの」を自分でリストアップしてみましょう。
少しずつ食品の幅を広げていければ十分です。
鏡に映る身体を責めない
回復途中では、「体重が増えること」への不安や葛藤が大きくなります。
そんなときは、「今は回復のために必要なプロセス」と言葉にして、自分の身体を否定しないことが重要です。
体型や見た目よりも、「体調が整っているか」に意識を向けてみましょう。
SNSやメディアからの距離をとる
- 極端な食事制限や過剰な運動を美化する投稿
- 「映える食事」「理想のボディ」といった過剰な美意識の押し付け
- ダイエット広告や体重管理アプリの過度な利用
こうした情報に日常的に触れていると、「こうでなければいけない」という思い込みが強化されてしまいます。
「今の自分に安心をくれる情報だけに触れる」という選択は、心の安定を守るうえでとても重要です
家族・パートナー・友人にできる支援 ―「安心できる関係性」が回復を支える
摂食障害の回復には、周囲の人の理解と寄り添いが大きな力になります。
ただし、「良かれと思って言ったこと」が、思いがけず本人を追い詰めてしまうことも少なくありません。
ここでは、ご家族・パートナー・友人としてできる関わり方を丁寧にご紹介します。
評価やアドバイスよりも、「安心して話せる関係性」を
「ちゃんと食べなきゃ」
「また鏡見て、太ったと思ってるの?」
このような言葉は、悪気がなくても、本人にとっては責められているように感じてしまうことがあります。
大切なのは、「ありのままの気持ちを受け止めてくれる存在」になること。
- 「そう感じたんだね」
- 「それは苦しかったね」
- 「無理に話さなくていいよ。でも、話したくなったらいつでも聞くよ」
といった、否定せずに寄り添う言葉は、本人にとって大きな安心になります。
アドバイスや指導ではなく、共感的に聴くことが何よりの支援になることを、どうか忘れないでください。
食行動や体調の変化に気づく「静かな観察力」
身近な人だからこそ、日常の小さな変化に気づくことができます。
たとえば:
- 食べる量やスピードが急に変わった
- 食事のあとすぐにトイレに行くことが増えた
- ダボっとした服や重ね着で体型を隠すようになった
- 以前よりも無口になった、怒りっぽくなった
こうした変化に気づいたときは、「見張る」のではなく、そっと声をかける姿勢が大切です。
- 「最近、ご飯のあとにすぐ席を立つことが多いけど、何か気になってる?」
- 「何かあったら、遠慮せずに話してね。無理に聞いたりはしないから。」
- 「最近、ちゃんと適切な量を食べれるようになってきたね」
本人の尊厳を守りながら、支える意思をやさしく伝えることがポイントです。
専門機関への相談を、さりげなく支える
本人が「病院に行ってみようかな」と思えたとき、実際に一人で予約を取り、受診し、医師に話す――という一連の行動には、とても大きなエネルギーが必要です。
そのため、周囲の人が以下のようなサポートをすると、安心して第一歩を踏み出せることがあります。
- 受診予約の手伝い
- 通院への付き添い(必要であれば診察室まで同席)
- 情報提供(地域の心療内科や専門クリニック、カウンセラー情報など)
「私がそばにいるから大丈夫だよ」このひとことが、本人にとっては治療に向かう勇気の支えになります。
- 食事のリズム・安心して食べられる範囲から始めるセルフケアが大切
- 家族や友人は、評価せず寄り添いながら見守ることが支えになる
- 学校や職場では、偏ったダイエット文化の見直しと柔軟な配慮が必要
- SNSや体型比較は再発リスクに。日常生活で意識して距離を取ることが予防につながる
終わりに
摂食障害は、心と体の両方に深く影響する病気ですが、適切な理解と支援があれば回復は十分に可能です。
焦らず、少しずつ「食べること」「生きること」を取り戻していく過程が何より大切。
自分を責める必要はありません。
苦しみの背景には、それだけ真剣に生きてきたあなたの思いがあります。
ここで紹介した内容が、回復への第一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
- 摂食障害は「心のバランスの乱れ」が食行動に現れる疾患であり、意志の弱さではありません。
- 種類には「神経性やせ症」「神経性過食症」「過食性障害」「ARFID」などがあります。
- 原因は、生物学的・心理的・社会的な要因が複雑に関係しています。
- 治療では、心理療法(認知行動療法など)・栄養指導・薬物療法を組み合わせて進めます。
- 家族や周囲の理解・支援も、回復の大切な支えになります。
摂食障害は「治る病気」です。
ひとりで抱え込まず、専門家に相談する勇気を持つことが、希望の扉を開く最初の一歩です。
【参考文献】
