大切な人を亡くした後の深い悲しみは、とても自然な心の反応です。しかし、半年・1年と時間が経っても気持ちが重く沈んだまま、日常生活の立て直しが難しいと感じている方も少なくありません。「この悲しみは普通なのだろうか」「いつか軽くなるのだろうか」と不安を抱えたまま、ひとりで苦しんでいる方も多いのではないでしょうか。

本記事では、近年注目されている 持続性複雑悲嘆障害(Prolonged Grief Disorder/PGD) について、専門的な知見をもとにやさしく解説します。「通常の悲嘆との違い」「症状の特徴」「背景にある心理」といったポイントを、読者の方の心に寄り添いながら丁寧にお伝えします。ご自身やご家族の理解に役立つ内容をまとめました。

第1章:持続性複雑悲嘆障害とは何か

大切な人を失ったとき、心に深い痛みが生まれるのはとても自然なことです。多くの場合、時間の経過とともに少しずつ気持ちの波が穏やかになり、ゆっくりと「日常を取り戻す」プロセスが進んでいきます。

しかし、一部の方では、長期間にわたり強い悲しみや喪失感が続き、生活や人間関係に大きな支障が出ることがあります。こうした状態は単なる「長引く悲しみ」とは異なり、医学的には 持続性複雑悲嘆障害(PGD) と呼ばれています。

この章では、通常の悲嘆とPGDの違い、DSM-5-TRで示されている特徴、うつ病やPTSDとの違いについて、専門的な内容をわかりやすく整理していきます。

●1-1. 通常の悲嘆と持続性複雑悲嘆障害の違い

大切な人を失う経験は、誰にとっても人生の中で最も大きなストレスの一つです。心理学・グリーフケアの領域では、死別後に起こる深い悲しみを「悲嘆(グリーフ)」と呼び、これは自然な心の反応として位置づけられています。

通常の悲嘆では、涙が止まらなくなったり、ふとした瞬間に寂しさが押し寄せたり、集中力が低下したりすることがよくあります。しかし、多くの方は数週間から数か月の間に、少しずつ気持ちの波が落ち着き、亡くなった人との思い出を抱えながらも日常生活に適応していきます。

一方、持続性複雑悲嘆障害では、喪失後6か月〜1年以上経過しても、次のような状態が強く続くことが特徴です。

  • 「会いたい」「戻ってきてほしい」という強い思慕が続く
  • 喪失の現実を受け入れられず、気持ちが止まっているように感じる
  • 過度の罪悪感や“自分だけが生きていてよいのか”という思い
  • 日常生活・仕事・対人関係への大きな支障
  • 活動量の低下、孤独感、虚無感の持続

このようにPGDは単なる長引く悲しみではなく、日常機能に顕著な影響を及ぼしている点が特徴です。

●1-2. DSM-5-TRでの特徴

DSM-5-TR(精神疾患の診断・統計マニュアル)では、持続性複雑悲嘆障害は以下のような特徴をもつ状態としてまとめられています。

  • 死別後12か月以上(子どもの場合は6か月以上)強い悲嘆が続いている
  • 死別に関連した思慕が持続し、感情の波が強い
  • 喪失を受け入れることが困難
  • 自分への強い罪悪感、自責感
  • 回避行動(亡くなった人を思い出す場所・話題を避ける)
  • 社会的孤立、活動の縮小
  • “人生が止まってしまった”という感覚

ただしこれは診断基準ではなく「特徴」を示すものであり、医療広告ガイドラインに基づき、自己判断は控えつつ、必要に応じ専門家に相談することが推奨されます。

●1-3. うつ病・PTSDとの違い

持続性複雑悲嘆障害は一見、うつ病やPTSDと似た症状がみられることがあります。しかし、それぞれの心理的プロセスは異なります。

●うつ病との違い

  • うつ病の場合:
    → 無価値感、すべてに対する興味喪失、自己否定が中心。
  • PGDの場合:
    → 感情の焦点は“亡くなった特定の人への思慕や喪失”に向き続ける。

つまり、うつ病は「自分」に向かう苦しみ、PGDは「喪失対象」に向かう苦しみが中心です。

●PTSDとの違い

  • PTSDでは“命の危険を感じる出来事”に関連した恐怖が再体験として現れます。
  • PGDでは“喪失に関する感情”が中心で、恐怖反応とは異なる心理的プロセスが働きます。

ただし、突然死や事故死など「トラウマ性喪失」ではPGDとPTSDが重なりやすいことが知られており、症状が複雑化しやすい点が重要です。

●1-4. なぜこれほど苦しく感じるのか

PGDでは「悲しみが止まってしまう」感覚が特徴的です。多くの方が語る言葉として、

  • 「頭ではわかっているのに、心が追いつかない」
  • 「あの日のことが何度もよみがえる」
  • 「何かを楽しむと、亡くなった人を裏切るように感じる」

などがあります。
このような“喪失の再体験”や“罪悪感”は、心理学では「複雑性悲嘆」を形づくる重要な要素とみなされています。

また、愛着の強さと悲嘆の深さには関連があり、とても大切な関係ほど喪失後の影響が大きくなることがあります。

まとめ
  • 悲嘆は自然な反応だが、持続性複雑悲嘆障害(PGD)は長期間にわたり強い苦痛が続く状態を指す
  • DSM-5-TRでは「持続的な思慕」「喪失の受容困難」「罪悪感」「機能低下」などが特徴として示されている
  • うつ病やPTSDとは心理的プロセスが異なり、焦点が「亡くなった特定の人」に向かう点が特徴
  • 突然死・事故死などトラウマ性喪失では苦痛が複雑化しやすい
  • 自己判断ではなく、苦痛が続く場合は専門家への相談が推奨される

第1章では、持続性複雑悲嘆障害の基本的な特徴や、通常の悲嘆との違いについて整理しました。ここまで読んで、「自分の気持ちはここに当てはまるのだろうか」「どうして悲しみが続いてしまうのだろう」と感じた方もいるかもしれません。悲しみの長期化には、いくつかの心理的・社会的な背景が関係していることが分かっています。

次の章では、なぜ悲嘆が複雑化するのか という心のメカニズムについて、専門的な理論をもとにやさしく解説します。過去の出来事や環境がどのように影響するのかを理解することで、「回復への道筋」が見えやすくなります。続きを一緒に見ていきましょう。

第2章:なぜ悲嘆が長期化するのか—背景にある心のメカニズム

悲しみが長く続いてしまう背景には、単に「気持ちが弱い」「立ち直りが遅い」といった個人的な問題ではなく、いくつもの心理的・社会的な要因が関係しています。とくに、突然の別れや心の準備ができない状況での喪失は、心への衝撃が大きく、その後の回復プロセスに深い影響を与えます。また、周囲のサポートの有無や、亡くなった方との関係の強さ、文化的な価値観なども、悲嘆の経過を大きく左右します。

この章では、持続性複雑悲嘆障害がどのように形成されるのかを、心理学の観点からやさしく丁寧に解説します。自責感・トラウマ・孤立など、複数の要因がどのように重なりあって心の負担となるのか、一緒にひも解いていきましょう。

●2-1. 悲しみが「複雑化」する心理的プロセス

喪失体験は、心の中でさまざまな形で処理されていきます。通常の悲嘆では、「受容」「適応」「再構築」といったプロセスがゆっくりと進み、感情が波のように揺れながらも、少しずつ生活が整っていきます。

しかし、持続性複雑悲嘆障害では、このプロセスが途中で止まってしまうことがあります。その背景には、次のような心理的メカニズムが関係しています。

◆1)「喪失の現実」を心が受け止めきれない

喪失体験のショックが大きいほど、心は“防衛的に”現実から距離を置こうとします。
そのため、

  • 頭では理解しているのに、心が拒否する
  • “まだどこかにいる気がしてならない”
  • “受け入れたら本当に終わってしまう気がする”
    といった状態が続くことがあります。

これは決して異常ではなく、心がこれ以上傷つかないように作動する自然な防衛機制です。ただ、この反応が長期化すると悲嘆が複雑化しやすくなります。

◆2)強い罪悪感・後悔の気持ち

「もしあのとき、もっとできることがあったのでは……」
「自分のせいでこうなってしまったのでは……」

こうした罪悪感は、悲嘆にともなう非常に一般的な反応です。
しかし、強すぎる罪悪感は「現実の受容」を妨げ、心の回復を遅らせてしまいます。

特に次のような状況では複雑化しやすいことが知られています。

  • 最期の時間に立ち会えなかった
  • 医療判断や介護について迷いがあった
  • 喧嘩したまま別れてしまった
  • 予期せぬ突然死で、何もできなかった感覚が強い

罪悪感は“愛情の裏返し”でもありますが、過度に抱え続けると心が止まったように感じることがあります。

◆3)「反すう(同じ考えがぐるぐる回る)」が悲嘆を強める

心理学では、同じ考えや記憶が繰り返し浮かぶ状態を「反すう思考」と呼びます。

  • あの日の光景が何度も浮かぶ
  • もっと◯◯していれば……という後悔が繰り返される
  • 亡くなった方の言葉や表情が離れない

反すうは、つらい記憶を強化し続けるため、感情が鎮まるまでの時間を長引かせてしまいます。

●2-2. トラウマ性喪失・突然死がもたらす影響

持続性複雑悲嘆障害のリスクが高まるケースとして、「トラウマ性喪失」があります。これは、心の準備がまったくできないまま起こる喪失のことを指します。

◆1)突然死・事故・自殺による喪失

  • 交通事故
  • 災害
  • 自殺
  • 心疾患の急変
  • 事件による死亡

こうした予期しない別れは、
「何が起きたのかわからない」「頭が真っ白になる」という強いショックを伴います。

そのため

  • 死亡の場面をフラッシュバックする
  • 思い出したくないのに記憶が蘇る
  • 遺体確認の場面が反復される
    など、PTSDに近い反応が同時に起こることがあります。

トラウマ反応と悲嘆の両方が重なることで、心の処理が複雑になり、通常の悲嘆プロセスが妨げられることがあります。

◆2)「心があの日に留まってしまう」感覚

突然死の遺族の方はよく、
「気付くと、心が“あの日”に戻ってしまう」
と話します。

感情の一部が“過去に凍結”した状態になり、

  • 時間が進まない感覚
  • 何をしても虚しく感じる
  • 思考が辛い場面に引き戻される

などが続くことがあります。

◆3)「避けたい気持ち」と「近づきたい気持ち」の葛藤

亡くなった方を思い出すことはつらく、避けたくなる一方で、忘れてしまうのも怖い——。
この相反する感情の葛藤は、多くの遺族が経験します。

しかし、この葛藤が強すぎると

  • 遺品を一切見られない
  • 会話を避ける
  • 記念日や誕生日に強い苦痛を感じる

といった「回避行動」が強まり、悲嘆の消化が進みにくくなります。

●2-3. 社会的孤立とサポート不足が悲嘆を長期化させる

悲嘆の長期化には、“周囲との関係性”という社会的な側面も深く関わっています。

◆1)周囲の「そろそろ元気になってほしい」という無意識の圧力

日本では「悲しみを早く乗り越えるべき」という期待を抱かれやすい文化があります。
周囲の何気ない言葉が、遺族にとっては深いプレッシャーになることがあります。

  • 「もう一年経つでしょ?」
  • 「前を向くべきだよ」
  • 「気持ちを切り替えなさい」

これらは善意から向けられる言葉ですが、遺族が“悲しみを語りづらい空気”を生み、孤独を深める要因となります。

◆2)頼る相手がいない・気持ちを話せない

悲嘆ケアでは「気持ちを語ること」が重要といわれています。しかし、

  • 仕事で忙しい
  • 家族が悲しみを避けている
  • 打ち明けるのが相手に負担になりそう
  • 「誰にもわかってもらえない」と感じる

こうした状況は心の孤独感を強め、悲しみをより抱え込みやすくします。

◆3)亡くなった方との関係の深さ

親・配偶者・子ども・パートナー・親友など、関係の深い相手ほど悲嘆は強くなりやすいことが知られています。
特に、同居していた家族を失った場合は、環境の変化が非常に大きく、適応に時間がかかることがあります。

●2-4. 文化的背景と個人の価値観

悲嘆は、個人の性格だけでなく、文化的・社会的背景によっても形が変わります。

◆1)「我慢する文化」が感情処理を遅らせる

日本では「弱さを見せない」「迷惑をかけない」という価値観が根強く、悲しみを表現することが“良くないこと”とされがちです。

  • 涙をこらえる
  • 本音を言えない
  • 周囲に「大丈夫」と振る舞う

こうした行動は短期的には状況を保てますが、長期的には心の負担を大きくし、複雑悲嘆につながることがあります。

◆2)宗教観・死生観

死に対する考え方は文化や家庭の価値観によって異なり、「故人はどこにいるのか」「亡くなった後の関係はどう続くのか」という理解が、悲嘆の進み方に影響します。

  • 仏教的な“成仏”観
  • 先祖とのつながり
  • 葬儀・法要の意味

これらが心の整理を助けることもあれば、逆に重荷になる場合もあります。


まとめ
  • 悲嘆が複雑化する背景には、心理的要因(罪悪感・反すう・現実受容の困難)、社会的要因(孤立・周囲の期待)、文化的要因(我慢の価値観)が重なる
  • トラウマ性喪失や突然死では、ショックが大きく、悲嘆とPTSDが同時に起こり、回復が遅れやすい
  • “受け入れたいのに受け入れられない”という葛藤は多くの遺族に見られる自然な反応
  • 悲嘆の長期化は「気持ちが弱い」からではなく、複数の背景が重なることで生じるもの
  • 支援・理解・語りの場の不足は孤立を深め、複雑悲嘆のリスクを高める

第2章では、悲嘆が複雑化してしまう背景について整理しました。「自分の気持ちは決しておかしいものではなかった」「これほど苦しい理由があったのだ」と感じた方もいるかもしれません。悲しみが長期化するのは、心が弱いからでも、立ち直りが遅いからでもなく、とても自然な反応であることが理解いただけたのではないでしょうか。

次の第3章では、持続性複雑悲嘆障害に対してどのような支援や治療があるのか、また日常でできるセルフケアについて詳しく紹介します。専門的な方法から生活の中で取り入れられる工夫まで、心の回復を助けるヒントをお伝えしていきます。

第3章:持続性複雑悲嘆障害の治療と支援—回復へのステップ

悲しみが長期化し、日常生活に支障が出るほどの苦しさを抱えているとき、「この状態はいつまで続くのだろう」「どうすれば少しでも楽になれるのか」と先の見えない不安を感じる方も多いと思います。持続性複雑悲嘆障害では、ひとりで耐え続けることがかえって悲嘆を深めてしまうことがあり、専門的な支援や周囲のサポートが大きな助けとなります。

この章では、実際にどのような治療法があるのか、日常でできるセルフケアは何か、そして周囲の人はどのように寄り添えばよいのかについて、丁寧に解説します。回復への道筋はひとつではなく、複数のステップを積み重ねながら少しずつ心が整っていく過程を理解することで、不安が軽くなり、希望が生まれていくことを願っています。

●3-1. 専門的治療:認知行動療法・悲嘆療法の役割

持続性複雑悲嘆障害に対しては、心理療法(心理カウンセリング)が重要な役割を果たします。中でも研究で効果が確認されているのが 複雑性悲嘆療法(Complicated Grief Therapy)認知行動療法(CBT) などです。

◆1)複雑性悲嘆療法(Complicated Grief Therapy)

複雑性悲嘆療法は、亡くなった人との関係を「手放す」のではなく、新しい形に再統合すること を目的としています。

この療法では以下のようなステップを進めます。

  • 悲しみや罪悪感を言語化し、感情を整理する
  • 喪失の現実を安全な環境で少しずつ受け止めていく
  • 避けていた場所・記憶に、段階的に向き合えるようにする
  • 故人との関係性を「心の中での新しいつながり」として再構築する

“亡くなった人を忘れる”ことを目的とするのではなく、
「悲しみながらも生きていく力を取り戻す」
という温かいアプローチです。

◆2)認知行動療法(CBT)

CBTでは、複雑悲嘆を強める「考え方のクセ」を理解し、苦痛を減らす方法を学びます。

よくみられるパターンとして、

  • 「自分がもっと早く気づいていれば…」という過度な自責
  • 「自分が幸せになってはいけない」という思い込み
  • 「亡くなった人を思い出すと苦しむ」という回避的考え

などがあります。

CBTでは、
“その考えは事実に基づいているか?”
“自分を責めすぎていないか?”
“亡くなった人は本当に自分の幸せを望まないだろうか?”

と、一つひとつ丁寧に検証し、偏った思考をやわらかく整えていきます。

◆3)薬物療法は「補助」として行われることも

複雑悲嘆そのものは薬で直接改善させるものではありませんが、

  • 強いうつ症状
  • 不安・不眠
  • PTSDが重なる場合

などには、医師が抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬などを“補助的に”使用することがあります。
薬は感情を麻痺させるためではなく、生活の土台を整えるためのサポート として用いられます。

専門家との相談によって、必要性を慎重に判断していくことが大切です。


●3-2. 日常でできるセルフケアと感情の扱い方

「治療にはまだ踏み出せない」「まずは自分でできることを知りたい」という方も多いでしょう。
ここでは、日常生活で取り入れやすいセルフケアを紹介します。

◆1)悲しみを否定しない

悲しみを「なくさなければ」「早く立ち直らなければ」と思うほど、逆に苦しさが増すことがあります。

悲しみは“消す”ものではなく、扱い方を学ぶもの です。

  • 泣きたいときは泣いて良い
  • 気持ちを言葉にする
  • 苦しい日は無理に頑張らない

これらは回復を促す自然なプロセスです。

◆2)「語る」ことで整理が進む

悲嘆研究では、誰かに話を聞いてもらうこと が回復に大きく寄与することがわかっています。

  • カウンセラー
  • 家族
  • 友人
  • 当事者会(グリーフサポートグループ)

どんな形であれ、自分の気持ちを外に表現することは、心の負担を軽くする大切なステップです。

◆3)ジャーナリング(書く習慣)

感情が混乱しているときには、紙やアプリに書き出す「ジャーナリング」が有効です。

書く内容の例:

  • 今日の気分
  • ふと浮かんだ思い出
  • 気持ちの波
  • 自分へのメッセージ

書くことで思考の整理が進み、心のスペースが少しずつ広がっていきます。

◆4)マインドフルネス・呼吸法

悲嘆が強いと、心が激しく揺れたり、不安が高まったりすることがあります。
そんな時は、呼吸に意識を向けるマインドフルネスが役立ちます。

  • ゆっくり吸う
  • 少し止める
  • 長めに吐く

これを数分繰り返すだけでも、身体の緊張が和らぎます。

◆5)生活リズムを極端に崩さない

深刻な悲嘆では、食欲不振・睡眠障害・活動量の低下が起こりやすくなります。
荒れがちな生活リズムを整えることで、心の基盤が安定しやすくなります。

  • 朝起きる時間を一定にする
  • 食事を抜かず、できれば温かいものを
  • 適度な外出や運動を意識する

すべてを完璧にしなくても大丈夫です。
「少しできたら十分」くらいの気持ちで取り組むことが回復につながります。


●3-3. 周囲にできる支援と受診タイミングの目安

複雑悲嘆は本人だけでなく、周囲のサポートによっても大きく変わります。

◆1)励ましすぎない・評価しない

遺族にとって最もつらい言葉は、
「もう元気になったでしょ?」
「前を向かなきゃ」
という“回復の強制”です。

良いサポートとは、
評価やアドバイスよりも、静かな寄り添い
が中心になります。

  • 「話したくなったら、いつでも聞くよ」
  • 「あなたのペースで大丈夫」
  • 「つらかったね」

こうしたシンプルな言葉は、心の孤独感を和らげます。

◆2)危険サインを見逃さない

以下の状態が強く続く場合は、専門家への相談を検討するタイミングです。

  • 喪失から半年〜1年以上、強い悲嘆が変わらない
  • 日常生活がほとんど送れない
  • 自責感が極端に強く、自己否定が続いている
  • 自分を傷つける思いが出てきている
  • 不眠・食欲不振・体調不良が長く続く

専門家に相談することは弱さではなく、心の健康を守るための大切な選択肢です。

◆3)医療機関・相談先

相談先には次のような選択肢があります。

  • 精神科・心療内科
  • 公的な相談窓口(保健所・自治体の精神保健福祉センターなど)
  • グリーフサポート団体(対面/オンライン)
  • 臨床心理士・公認心理師のカウンセリング

受診は“症状が重くなってから”でなくても問題ありません。
「少し話したい」「確認したい」という段階で相談して良いのです。


まとめ
  • 持続性複雑悲嘆障害では、専門的治療(複雑性悲嘆療法、CBT)が有効とされている
  • 薬物療法は主に補助的に使われ、焦点は“感情の処理”と“思考の整理”にある
  • セルフケアとして、語ること・書くこと・マインドフルネス・生活リズムの安定が役立つ
  • 周囲のサポートは「励ましすぎない」「否定しない」寄り添いが中心
  • 長期間つらさが続く場合は、早めの専門家相談が回復への一歩となる

持続性複雑悲嘆障害は、特別な人を失った深い悲しみが長期間続き、日常生活に大きな影響を与える状態です。しかし、その背景には「立ち直れない性格」などではなく、喪失の大きさや突然性、心理的プロセス、社会的孤立など複数の要因が重なっていることがわかっています。悲しみが続くのは弱さではなく、人間として自然な反応です。

回復には専門的な支援やセルフケアが役立ち、少しずつ“心の余白”を取り戻すことが可能です。ひとりで抱え込まず、必要なときには専門家に相談することで、悲しみと共に歩む新しい日常をつくっていくことができます。

<参考文献>